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《21》
しおりを挟む「おっと来客中だったか……失礼失礼」
手刀を切りながら入って来たのは、頭に鉢巻を巻いた法被姿の親跡社長。
先日対面した時とは随分と印象が違う。
親跡さんの表情が僅かに引き攣る。
「……社長、以前から何度もお願いしている筈ですが、ノックをお願いします。お客様に大変失礼ですので」
「ははは、硬い事を抜かすな旺亮。愛嬌愛嬌」
社長はニコニコ笑いながら親跡さんの肩を叩いた。
親跡さんは眉間を押さえて「ふー…」と息を吐く。
「それで、何の御用ですか?」
「ちょっと探し物だよ。この辺で私のスマホを見なかったか?」
「それなら先程このソファーの隅で見付けたので、社長の机の上に…」
「そうかそうか、見付けてくれたか。助かった」
朗らかに笑う社長と目が合う。
「歌代製菓の朝比奈です。先日はありがとうございました」
私が挨拶をすると、社長も軽く頭を下げる。
「あぁ、この間のお嬢さんか。わざわざ悪いね」
「いえ、とても立派な酒蔵ですね。圧倒されました」
「ははは、若いお嬢さんに褒められると嬉しいね。ありがとう。もし良ければ施設の中を色々と見てみるかい?」
思いがけない提案に「よろしいんですか?」と食い気味に問えば、社長は嬉しそうに大きく頷く。
「旺亮に案内して貰うといい。な、旺亮」
社長のフリに、親跡さんは「また勝手に…」と苦い顔でぼやく。
「専務がうるさいじゃないですか」
親跡さんが苦々しげに言うと、社長は「おっと……そうだった」と苦笑する。
「今時女人禁制を掲げてる頭の硬い男だからな。もっと時代の変化に合わせて柔軟にならないといかんのに…」
その話を聞いて、先程の男性を思い出す。
もしかして……いや、もしかしなくとも先程の男性が専務だったのか?
『この先は女人禁制区域となっているので、早々にご移動願いたい』
威嚇するかのような厳しい表情と口調を思い出し、酒蔵見学は厳しそうか……と、期待に膨らんだ胸が萎んでいく。
「邪魔したね。大事な話の途中に悪かったね」
社長がドアを閉めるとすぐに親跡さんが頭を下げる。
「申し訳ございません、どうにもウチの社長は間が悪く……」
「あ、いえ、朗らかで温かみを感じる方ですね」
私が褒めたのが嬉しかったのか、親跡さんが優しく目を細めた。
「本日はお忙しい中、時間を作って頂きありがとうございました。今度は夏川と共に出直します」
事務所の入り口で頭を下げると、親跡さんも同じように頭を下げる。
「とんでもない。わざわざ御足労頂いたのに、難癖ばかりつけてしまってすみません」
「いえいえ。妥協せず、お互いが納得いくものを作っていきましょう」
私は「ではまた」と踵を返す。
すると、親跡さんが「少しお待ち下さい」と引き止めてくる。
不思議に思っていると、彼は部屋の奥の方から何やら紙袋を持ってきた。
「自分なりにチョコレートに合いそうな物をいくつかピックアップしました。会社の方々と試飲して頂ければ……と思いまして」
手渡された紙袋は、ずっしりと重い。
「酒が飲めないなりに香りで選んでみました。家族や友人に飲ませて意見を貰ったりもして……」
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