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本編
【第二話】カウントダウン
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「今から先輩の事強姦するんで、オレの嫁になって下さい。あ、ちなみにこの結婚は強制なんで逃しませんよ」
「…… ん?」
(…… 何の冗談だろう?最近の流行りなの、かな?んー若い子にはホントついていけない!)
たこ焼きを抱きしめたまま戸隠が困惑顔をしていると、瀬田はぱっぱと電気ポットを手に取って水を汲みに行き、お茶の用意をし始めた。
「冷める前にまずは腹ごしらえっすよね。飲み物はほうじ茶でいいっすか?こっちを早めに飲まないと、茶葉が痛むと思うんで」
茶筒の中身を確認しながら、瀬田が手際よく作業を進める。許可を求めておきながら、返事も待たずにもうほうじ茶をいれる用意を始めたようだ。
「あ、うん。じゃあ…… それでお願いしちゃおうかな」
「先輩は座っていて下さい。何だったら、先に食べていてもいいっすよ」
「ありがとう。…… えっと、瀬田君も食べる?」
「何言ってるんっすか、あげたくないくせに。それにオレはあんまり食事は家以外ではしないんで、いらないっす」
おいおい、お前何言ってんの?と言いたげな顔をされてしまい、戸隠はうっとまた声を詰まらせた。
確かに食べたいと思って買った物ではあるが、後輩に分けるくらいやぶさかではなかったのだが、こんな言い方をされてしまうと言葉が出てこない。人付き合いというものが苦手な身としては、どう反応するのが正解なのかもわからなかった。
「はいどうぞ、お茶入ったっすよ」
「…… ありがとう」
ソファーに座り一足先にたこ焼きを頬張っていた戸隠の前に、瀬田がほうじ茶の入る湯呑みをそっと置く。そして当然といった雰囲気のまま彼女の隣のスペースに座ると、膝がくっつきそうな位置まで距離を詰めて近づいてきた。
た、食べにくいぞ⁉︎と思うも、言っていいものなのか悩む。いつもは一人掛けの椅子ばかりの場所でしか一緒になった事がなかったので、もしかしてコレが彼にとっては普通の距離感なのかな?など、色々悶々と考えてしまう。だが考えるだけで、結局思いを口にはしないまま彼女は間食を続けた。
「あれ?先輩、昨日まで研究室に蛇なんか居ましたっけ」
「ん?あぁ、この子は私の大事な“神霊”君なの。もうかなりのご高齢で体調が心配だから、引っ越しのついでに持ち込ませてもらったんだ。毒蛇で有名なブラックマンバって種類の子だから研究の題材にもなるし、私物だけど許可してもらえて良かったよ」
「…… シンレイって何っすか?アレってただの蛇っすよね。御大層っすけど…… まさか名前ですか?面白いっすね」
休憩室の片隅に置かれた頑丈なガラスケースの中で、大きな白い蛇がとぐろを巻いて眠っている。そんな白い蛇を遠目でじっと見ながら、瀬田が疑問を口にした。
「あ、そっか…… ごめん。一般人に通じる話じゃ、無いよね」
気不味そうな顔をし、戸隠が自分の膝へ視線を落とす。何でこんな話をしちゃったかなぁと後悔しつつも、大好物であるたこ焼きのおかげで心が解れてしまっているのか、話しを聞いて欲しい気持ちも捨て切れない。
「えっと、話したとして、…… 私の事、変に思わない?」
「まぁ、はい」
表情を変えぬまま、相変わらず気怠げな雰囲気の瀬田が大きく頷いた。
「…… 私のウチはさ、かなり古くから、コドクの研究をしている…… 一族なんだ」
「孤独の研究?ソロ活動が得意的な感じっすか?ソレって、セルフでオレだけのモノになってくれそうな感じがあって、むしろ最高っすね」
「いやいや、そっちじゃ無いよ。それ以前に君の言葉の意味がわかんないし。でも、いやまぁ…… 人とは距離を取れって言われて育ったから、学校には友達も居ないし…… 結果的には、常に孤独ではあったけれども…… 」
三個目のたこ焼きを食べ終わり、ちょっと切なげに戸隠が瞳を揺らす。
理由があったからなので仕方がなかった事だとはいえ、やはり学校生活の十六年間を一人で過ごすのは案外大変で、特に『グループを作って作業をしろ』と言われた時の苦痛をふっと思い出し、戸隠は苦悶の表情を浮かべた。
「…… 古代中国から続く呪術でね、蠱毒っていうものがあるの。こういう字を書くんだけども——」と言いながら、ポケットからメモ帳を出して漢字を書いて見せる。ついでに、神霊の漢字も書いて「ちなみに神霊の字はこうだよ」と瀬田に教える。大好物を食べていて気が抜けたとはいえ、この話題を出したのは間違いだったかなぁと思いつつも、それでも彼ならばちゃんと聞いてくれそうな気がして、戸隠は話を続けた。
「蠱道とか巫蠱って言い方をする事もあるものなんだけれども、まぁ要約すると、毒を使う呪術師的な感じかな」
「へぇ…… なんかカッコイイっすね。それで先輩は、毒の研究をしてるんすね。納得です」
「か、カッコイイなんて初めて言われたよ。あ、いや…… こんな話をしたのは、そもそも君が初めてなのだけれどもね。でも、その、気持ち悪いとか、怖いとか…… 言われるかと思ってた、から…… ちょっとびっくりした、かな」
「オレもまぁ、大概な存在っすからね。人の事とやかく言えないんで」
そう言って、瀬田がコクッと頷く。彼の言葉の意味はやっぱり微塵も理解出来なかったが、釣られて戸隠も同じ様に「そ、そっか」と答えながら頷いた。
「あ、それでね、“神霊”っていうのは…… その、私達にとっての、人生のパートナー的な感じかな。毒を持つ数多な生き物を一つの入れ物に詰め込んで、食い殺し合わせて、最後の一匹を“神霊”として祀る風習が——」まで言って、戸隠が慌てて口を手で塞いだ。実家では馴染み深い普通の行為だが、他者が聞いて平然としていられる様な内容では無いと途中で気が付いたからだ。
(しまった。流石にコレは、き、気味悪がられる!折角普通に雑談までしてくれる、唯一の後輩なのに!)
ダラダラと変な汗が戸隠の額から流れ、かけているダサい眼鏡まで鼻の上を滑って少しずれた。
「つまり要約すると、毒の扱いに長けた先輩は、白蛇しか友達の居ないぼっちって事っすね?」
「そうハッキリ言われると流石に傷付くけど。うん、まぁもうそんな感じでいいよ!」
珍しく、力強い声で戸隠が肯定した。
「んでもって、そんなお友達が寿命で死にそうだと」
「…… う、うん。普通なら飼育下でも十一年程度で寿命がくるからね。扱いにはかなり慎重だし、神霊になれる程の子だからなのか、もう二十五年も生きてくれているけど…… 多分、もう。最近ずっと寝てばかりで食事もあまり食べてくれないし」
「へぇ…… 」と一言こぼし、瀬田がソファーに寄り掛かった。
(流石に、気持ち悪かった…… かな。何か『興味ねえし』って感じでもあるし。いつも無表情な子だからよくわかんないけど)
戸隠が一方的に気不味い気持ちになりながら、四個目、五個目のたこ焼きを頬張った。神霊である蛇が食欲不振である事は気掛かりなままではあるが、自分の食欲とは別物の様だ。
「ねぇ先輩」
「んー?」
「その白蛇、オレなら助けられるって言ったら、この先オレの言う事、何でも聞いてくれませんか?」
「…… え?な、何言ってるの?寿命なんだよ?老衰は動物のお医者さんもでどうにも出来ない事だし、それに瀬田君は薬剤師であってお医者さんじゃないよね?」
「まぁ、その辺の説明は後程って事で。どうします?今ならまだ助けられるっすよ、オレなら」
「いやまぁ…… 助かるなら助けたいけど…… 。『この先』って、それって『今回だけ』とかじゃなくって、『一生』っぽくない?それで『何でもきく』のは、重過ぎないかな」
「命が懸かってますからね」
確かに、と戸隠が頷く。だけど、いったい彼はあの子をどうするというのだろうか?彼女には全く想像がつかず、戸惑うばかりだ。
「あの子は唯一の親友なんっすよね?なら、一生お願い事を聞くくらい、先輩なら出来ますよ」
そう言って、瀬田がちょっと嬉しそうに口元を綻ばせながら、くしゃりと戸隠の頭を撫でた。
「ほら、食べて食べて。これからめっちゃ体力使うんっすから、腹ごしらえしないと死ねますよ」
「え、引っ越しはして来たけど…… この部屋、まだ掃除はしなくても平気だよ?かなり綺麗だし」
話しが噛み合わぬまま、六個、七個、八個目と続けて戸隠はたこ焼きを食べて、口の端っこをソースで少し汚した。
「んな事わかってますよ。…… そういや、先輩。何でこの部屋のベッド、何でシングルなんっすか?オレかなり身長高いから、一緒に寝るには狭いと思うっすけど」と言い、パーテーションの奥にチラリと見えるベッドの方へ瀬田が視線を移した。
「へ?いや、私のベッドだからあれでいいんだよ」
「でもオレ、床じゃ寝られないっすよ?だけどこのソファーだと長さが全然足りないし」
「…… 帰って寝ればいいんじゃないかな。瀬田君が残業をする事は、この先もウチに居る限りは無いと思うし。いざとなったら、仮眠室を借りればいいんじゃないかな」
「何言ってるんすか。残業するなら先輩を残してオレだけ帰るワケ無いじゃないっすか。此処で寝るってんならオレも一緒に横になりますよ。一人なんかにしておいたら先輩、口元にソース付いたままだろうが寝ちゃいそうっすからね」
瀬田が細長い指を戸隠の口元に運び、優しく指先でソースの汚れを拭う。距離感の近さにどぎまぎし、戸隠が頰を赤くしながら視線を横にやり、「…… 君の親の顔が見てみたいよ」と彼女が小さく呟いた。
「あ、見ます?先輩ならいいっすよ」
「え?あ、ガチなあれじゃ無かったんだけど…… 。でも、まぁ、うん。見せてくれるなら見ようかな」
同じベッドで寝るだ寝ないだの冗談から話が逸れるならばコレ幸いと、ズレた話題に戸隠が便乗した。
私服の上に羽織った白衣のポケットから瀬田がスマートフォンを取り出し、保存してある写真を開く。そんな彼を見て、『きっとこの子は言葉を額面通りに受け取るタイプなんだな』と思った。
「コレがウチの家族全員っす。この間オレがスマホで撮ったばかりのやつなんで、ちょっとピント甘いかもっすけど」
「…… わぁ。え?瀬田君のおウチって、芸能一家?モデルさんとか、俳優さんなの?」
小柄な少女を筆頭に、黒髪に眼鏡をかけた一人の青年以外は全て、金髪にシトリン色の瞳をした美形揃いだ。一、二、三と端から数え、全部で十一人居る。小柄な一人以外は成人者の風貌で、親戚一同勢揃いといった感じだ。
「いいえ、ウチの父さんは高校の先生っす。母さんはその学校の校内にあるカフェでウェイトレスのバイトをしているくらいなんで、芸能とかとは一切無関係っすね」
「へぇ…… 」
ご両親の話をされても、それっぽい人が写っていないので何と返事をしていいのかわからない。
「えっと、この子は妹さん?そっくりだねー髪の色とか瞳の色とか、おんなじだ」
写真を指差し、一番小さな少女を話題にしたが、「それ、オレの母さんっす」と言われて戸隠は目を見開いた。
「な、何の冗談…… かな?」
瀬田が『母だ』と言った少女っぽい風貌の子は十一人の中でも飛び抜けて小さく、どう見たって完全に妹だ。それを親だと言われても、戸隠は『そっかー』とは返せなかった。
「この黒髪のが父さんなんっすけどね、幼妻的な女性が好きらしいんで、まぁ母さんがコレなのも色々と納得っすよね」
眼鏡をかけた黒髪の青年を指差し、今度はソレを父だと言う。どう見ても自分と似た様な年齢の人にしか見えず、戸隠は眼鏡を外して眉間をそっと押さえた。
(えっと…… 養子、的なアレかな?お母さんだって言う人以外は、お父さんだそうな人も含めて、みんな二十代って感じだし)
「ちなみに、他のは全部オレの妹と弟っす。可愛いでしょ」
「いやいやいや!流石にソレを信じる程私も馬鹿じゃないよ⁉︎そっくりだけど、そっくりだけどもさ!」
ニコッと笑い、瀬田は戸隠の否定を「…… まぁ、いずれ信じますよ」と軽く流した。
九個目、十個目のたこ焼きを食べ、容器の中が空っぽになった。
「君はもう…… 冗談が過ぎるよ。いくら私が人付き合いしてこなかった身だとしても、冗談とそうじゃ無い話の区別くらいは出来るんだからね」
お腹がいっぱいになり、戸隠がふぅと息を吐く。大好物を全て一人で食べ切り、彼女は大満足のままソファーに背を預けた。
「あ、食べ終わったんすね。んじゃ先輩、早速ショーツを脱いでベッドに上がって、自分から脚開いてくれませんか?」
「——っん⁉︎」
急に言われた言葉の意味がわからず、戸隠がぎょっとした顔を瀬田に向ける。
「あの白蛇、助けたいっすよね?なら腹ごしらえも済んだ事だし、早くして下さい」
「へ?いや、あの…… ごめん、何の話に…… 戻ったのかな?」
「オレ、先輩が食べ終わるの待ってたんっすよ。部屋に入る前にまず言いましたよね?強姦するって。そのついでに白蛇も助けてあげますんで、ほら早く」
「…… あはは…… えっと、随分と大人向けな、冗談だね。ごめん…… ちょっと何言ってるかわかんないや。えっと、食器の片付けは自分でやるから、今日はもう帰っていいよ。きっと研修で疲れたんだね!」
ソファーから立ち上がり、戸隠が湯呑みを持って一歩踏み出す。だが、瀬田はその湯呑みをすっと彼女の手の中から抜き取ると、それをテーブルに戻して戸隠の腰をギュッと抱き、軽々と横向きにして持ち上げた。
「ぎゃあああああ!」
床から足が離れ、米袋でも持って歩くみたいに戸隠が運ばれて行く。
「五月蝿いっすよ、先輩。でもまぁ、此処は防音だろうから叫んでも問題無いでしょうけど」
腰を抱き上げたまま、瀬田がベッドに向かって歩き出す。戸隠は現状が全く把握出来ず、バタバタと暴れて「おろしてぇぇ!」と叫んだが、小柄なせいもあって、それは全くの無駄に終わった。
「…… ん?」
(…… 何の冗談だろう?最近の流行りなの、かな?んー若い子にはホントついていけない!)
たこ焼きを抱きしめたまま戸隠が困惑顔をしていると、瀬田はぱっぱと電気ポットを手に取って水を汲みに行き、お茶の用意をし始めた。
「冷める前にまずは腹ごしらえっすよね。飲み物はほうじ茶でいいっすか?こっちを早めに飲まないと、茶葉が痛むと思うんで」
茶筒の中身を確認しながら、瀬田が手際よく作業を進める。許可を求めておきながら、返事も待たずにもうほうじ茶をいれる用意を始めたようだ。
「あ、うん。じゃあ…… それでお願いしちゃおうかな」
「先輩は座っていて下さい。何だったら、先に食べていてもいいっすよ」
「ありがとう。…… えっと、瀬田君も食べる?」
「何言ってるんっすか、あげたくないくせに。それにオレはあんまり食事は家以外ではしないんで、いらないっす」
おいおい、お前何言ってんの?と言いたげな顔をされてしまい、戸隠はうっとまた声を詰まらせた。
確かに食べたいと思って買った物ではあるが、後輩に分けるくらいやぶさかではなかったのだが、こんな言い方をされてしまうと言葉が出てこない。人付き合いというものが苦手な身としては、どう反応するのが正解なのかもわからなかった。
「はいどうぞ、お茶入ったっすよ」
「…… ありがとう」
ソファーに座り一足先にたこ焼きを頬張っていた戸隠の前に、瀬田がほうじ茶の入る湯呑みをそっと置く。そして当然といった雰囲気のまま彼女の隣のスペースに座ると、膝がくっつきそうな位置まで距離を詰めて近づいてきた。
た、食べにくいぞ⁉︎と思うも、言っていいものなのか悩む。いつもは一人掛けの椅子ばかりの場所でしか一緒になった事がなかったので、もしかしてコレが彼にとっては普通の距離感なのかな?など、色々悶々と考えてしまう。だが考えるだけで、結局思いを口にはしないまま彼女は間食を続けた。
「あれ?先輩、昨日まで研究室に蛇なんか居ましたっけ」
「ん?あぁ、この子は私の大事な“神霊”君なの。もうかなりのご高齢で体調が心配だから、引っ越しのついでに持ち込ませてもらったんだ。毒蛇で有名なブラックマンバって種類の子だから研究の題材にもなるし、私物だけど許可してもらえて良かったよ」
「…… シンレイって何っすか?アレってただの蛇っすよね。御大層っすけど…… まさか名前ですか?面白いっすね」
休憩室の片隅に置かれた頑丈なガラスケースの中で、大きな白い蛇がとぐろを巻いて眠っている。そんな白い蛇を遠目でじっと見ながら、瀬田が疑問を口にした。
「あ、そっか…… ごめん。一般人に通じる話じゃ、無いよね」
気不味そうな顔をし、戸隠が自分の膝へ視線を落とす。何でこんな話をしちゃったかなぁと後悔しつつも、大好物であるたこ焼きのおかげで心が解れてしまっているのか、話しを聞いて欲しい気持ちも捨て切れない。
「えっと、話したとして、…… 私の事、変に思わない?」
「まぁ、はい」
表情を変えぬまま、相変わらず気怠げな雰囲気の瀬田が大きく頷いた。
「…… 私のウチはさ、かなり古くから、コドクの研究をしている…… 一族なんだ」
「孤独の研究?ソロ活動が得意的な感じっすか?ソレって、セルフでオレだけのモノになってくれそうな感じがあって、むしろ最高っすね」
「いやいや、そっちじゃ無いよ。それ以前に君の言葉の意味がわかんないし。でも、いやまぁ…… 人とは距離を取れって言われて育ったから、学校には友達も居ないし…… 結果的には、常に孤独ではあったけれども…… 」
三個目のたこ焼きを食べ終わり、ちょっと切なげに戸隠が瞳を揺らす。
理由があったからなので仕方がなかった事だとはいえ、やはり学校生活の十六年間を一人で過ごすのは案外大変で、特に『グループを作って作業をしろ』と言われた時の苦痛をふっと思い出し、戸隠は苦悶の表情を浮かべた。
「…… 古代中国から続く呪術でね、蠱毒っていうものがあるの。こういう字を書くんだけども——」と言いながら、ポケットからメモ帳を出して漢字を書いて見せる。ついでに、神霊の漢字も書いて「ちなみに神霊の字はこうだよ」と瀬田に教える。大好物を食べていて気が抜けたとはいえ、この話題を出したのは間違いだったかなぁと思いつつも、それでも彼ならばちゃんと聞いてくれそうな気がして、戸隠は話を続けた。
「蠱道とか巫蠱って言い方をする事もあるものなんだけれども、まぁ要約すると、毒を使う呪術師的な感じかな」
「へぇ…… なんかカッコイイっすね。それで先輩は、毒の研究をしてるんすね。納得です」
「か、カッコイイなんて初めて言われたよ。あ、いや…… こんな話をしたのは、そもそも君が初めてなのだけれどもね。でも、その、気持ち悪いとか、怖いとか…… 言われるかと思ってた、から…… ちょっとびっくりした、かな」
「オレもまぁ、大概な存在っすからね。人の事とやかく言えないんで」
そう言って、瀬田がコクッと頷く。彼の言葉の意味はやっぱり微塵も理解出来なかったが、釣られて戸隠も同じ様に「そ、そっか」と答えながら頷いた。
「あ、それでね、“神霊”っていうのは…… その、私達にとっての、人生のパートナー的な感じかな。毒を持つ数多な生き物を一つの入れ物に詰め込んで、食い殺し合わせて、最後の一匹を“神霊”として祀る風習が——」まで言って、戸隠が慌てて口を手で塞いだ。実家では馴染み深い普通の行為だが、他者が聞いて平然としていられる様な内容では無いと途中で気が付いたからだ。
(しまった。流石にコレは、き、気味悪がられる!折角普通に雑談までしてくれる、唯一の後輩なのに!)
ダラダラと変な汗が戸隠の額から流れ、かけているダサい眼鏡まで鼻の上を滑って少しずれた。
「つまり要約すると、毒の扱いに長けた先輩は、白蛇しか友達の居ないぼっちって事っすね?」
「そうハッキリ言われると流石に傷付くけど。うん、まぁもうそんな感じでいいよ!」
珍しく、力強い声で戸隠が肯定した。
「んでもって、そんなお友達が寿命で死にそうだと」
「…… う、うん。普通なら飼育下でも十一年程度で寿命がくるからね。扱いにはかなり慎重だし、神霊になれる程の子だからなのか、もう二十五年も生きてくれているけど…… 多分、もう。最近ずっと寝てばかりで食事もあまり食べてくれないし」
「へぇ…… 」と一言こぼし、瀬田がソファーに寄り掛かった。
(流石に、気持ち悪かった…… かな。何か『興味ねえし』って感じでもあるし。いつも無表情な子だからよくわかんないけど)
戸隠が一方的に気不味い気持ちになりながら、四個目、五個目のたこ焼きを頬張った。神霊である蛇が食欲不振である事は気掛かりなままではあるが、自分の食欲とは別物の様だ。
「ねぇ先輩」
「んー?」
「その白蛇、オレなら助けられるって言ったら、この先オレの言う事、何でも聞いてくれませんか?」
「…… え?な、何言ってるの?寿命なんだよ?老衰は動物のお医者さんもでどうにも出来ない事だし、それに瀬田君は薬剤師であってお医者さんじゃないよね?」
「まぁ、その辺の説明は後程って事で。どうします?今ならまだ助けられるっすよ、オレなら」
「いやまぁ…… 助かるなら助けたいけど…… 。『この先』って、それって『今回だけ』とかじゃなくって、『一生』っぽくない?それで『何でもきく』のは、重過ぎないかな」
「命が懸かってますからね」
確かに、と戸隠が頷く。だけど、いったい彼はあの子をどうするというのだろうか?彼女には全く想像がつかず、戸惑うばかりだ。
「あの子は唯一の親友なんっすよね?なら、一生お願い事を聞くくらい、先輩なら出来ますよ」
そう言って、瀬田がちょっと嬉しそうに口元を綻ばせながら、くしゃりと戸隠の頭を撫でた。
「ほら、食べて食べて。これからめっちゃ体力使うんっすから、腹ごしらえしないと死ねますよ」
「え、引っ越しはして来たけど…… この部屋、まだ掃除はしなくても平気だよ?かなり綺麗だし」
話しが噛み合わぬまま、六個、七個、八個目と続けて戸隠はたこ焼きを食べて、口の端っこをソースで少し汚した。
「んな事わかってますよ。…… そういや、先輩。何でこの部屋のベッド、何でシングルなんっすか?オレかなり身長高いから、一緒に寝るには狭いと思うっすけど」と言い、パーテーションの奥にチラリと見えるベッドの方へ瀬田が視線を移した。
「へ?いや、私のベッドだからあれでいいんだよ」
「でもオレ、床じゃ寝られないっすよ?だけどこのソファーだと長さが全然足りないし」
「…… 帰って寝ればいいんじゃないかな。瀬田君が残業をする事は、この先もウチに居る限りは無いと思うし。いざとなったら、仮眠室を借りればいいんじゃないかな」
「何言ってるんすか。残業するなら先輩を残してオレだけ帰るワケ無いじゃないっすか。此処で寝るってんならオレも一緒に横になりますよ。一人なんかにしておいたら先輩、口元にソース付いたままだろうが寝ちゃいそうっすからね」
瀬田が細長い指を戸隠の口元に運び、優しく指先でソースの汚れを拭う。距離感の近さにどぎまぎし、戸隠が頰を赤くしながら視線を横にやり、「…… 君の親の顔が見てみたいよ」と彼女が小さく呟いた。
「あ、見ます?先輩ならいいっすよ」
「え?あ、ガチなあれじゃ無かったんだけど…… 。でも、まぁ、うん。見せてくれるなら見ようかな」
同じベッドで寝るだ寝ないだの冗談から話が逸れるならばコレ幸いと、ズレた話題に戸隠が便乗した。
私服の上に羽織った白衣のポケットから瀬田がスマートフォンを取り出し、保存してある写真を開く。そんな彼を見て、『きっとこの子は言葉を額面通りに受け取るタイプなんだな』と思った。
「コレがウチの家族全員っす。この間オレがスマホで撮ったばかりのやつなんで、ちょっとピント甘いかもっすけど」
「…… わぁ。え?瀬田君のおウチって、芸能一家?モデルさんとか、俳優さんなの?」
小柄な少女を筆頭に、黒髪に眼鏡をかけた一人の青年以外は全て、金髪にシトリン色の瞳をした美形揃いだ。一、二、三と端から数え、全部で十一人居る。小柄な一人以外は成人者の風貌で、親戚一同勢揃いといった感じだ。
「いいえ、ウチの父さんは高校の先生っす。母さんはその学校の校内にあるカフェでウェイトレスのバイトをしているくらいなんで、芸能とかとは一切無関係っすね」
「へぇ…… 」
ご両親の話をされても、それっぽい人が写っていないので何と返事をしていいのかわからない。
「えっと、この子は妹さん?そっくりだねー髪の色とか瞳の色とか、おんなじだ」
写真を指差し、一番小さな少女を話題にしたが、「それ、オレの母さんっす」と言われて戸隠は目を見開いた。
「な、何の冗談…… かな?」
瀬田が『母だ』と言った少女っぽい風貌の子は十一人の中でも飛び抜けて小さく、どう見たって完全に妹だ。それを親だと言われても、戸隠は『そっかー』とは返せなかった。
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眼鏡をかけた黒髪の青年を指差し、今度はソレを父だと言う。どう見ても自分と似た様な年齢の人にしか見えず、戸隠は眼鏡を外して眉間をそっと押さえた。
(えっと…… 養子、的なアレかな?お母さんだって言う人以外は、お父さんだそうな人も含めて、みんな二十代って感じだし)
「ちなみに、他のは全部オレの妹と弟っす。可愛いでしょ」
「いやいやいや!流石にソレを信じる程私も馬鹿じゃないよ⁉︎そっくりだけど、そっくりだけどもさ!」
ニコッと笑い、瀬田は戸隠の否定を「…… まぁ、いずれ信じますよ」と軽く流した。
九個目、十個目のたこ焼きを食べ、容器の中が空っぽになった。
「君はもう…… 冗談が過ぎるよ。いくら私が人付き合いしてこなかった身だとしても、冗談とそうじゃ無い話の区別くらいは出来るんだからね」
お腹がいっぱいになり、戸隠がふぅと息を吐く。大好物を全て一人で食べ切り、彼女は大満足のままソファーに背を預けた。
「あ、食べ終わったんすね。んじゃ先輩、早速ショーツを脱いでベッドに上がって、自分から脚開いてくれませんか?」
「——っん⁉︎」
急に言われた言葉の意味がわからず、戸隠がぎょっとした顔を瀬田に向ける。
「あの白蛇、助けたいっすよね?なら腹ごしらえも済んだ事だし、早くして下さい」
「へ?いや、あの…… ごめん、何の話に…… 戻ったのかな?」
「オレ、先輩が食べ終わるの待ってたんっすよ。部屋に入る前にまず言いましたよね?強姦するって。そのついでに白蛇も助けてあげますんで、ほら早く」
「…… あはは…… えっと、随分と大人向けな、冗談だね。ごめん…… ちょっと何言ってるかわかんないや。えっと、食器の片付けは自分でやるから、今日はもう帰っていいよ。きっと研修で疲れたんだね!」
ソファーから立ち上がり、戸隠が湯呑みを持って一歩踏み出す。だが、瀬田はその湯呑みをすっと彼女の手の中から抜き取ると、それをテーブルに戻して戸隠の腰をギュッと抱き、軽々と横向きにして持ち上げた。
「ぎゃあああああ!」
床から足が離れ、米袋でも持って歩くみたいに戸隠が運ばれて行く。
「五月蝿いっすよ、先輩。でもまぁ、此処は防音だろうから叫んでも問題無いでしょうけど」
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貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
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