君に、好きと言われても

月咲やまな

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本編

【第五話】説得

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 戸隠の脚に跨がったまま、瀬田がベルトを緩め、穿いているズボンを下げようとする。そんな姿を目の前にして、戸隠は焦りに焦り、どうにか現状を変える事は出来ないかと必死に考えた。
 だけど脚は彼に乗っかられているせいで逃げられそうに無いし、両手も頭の上で拘束されたままなうえ、紐の様に細いくせして力強い尻尾で拘束部分を押さえられていて全く動かせない。どうにか言葉だけで彼にこの行為を止めてもらわねばならないのだが、慌てているせいもあってか何も良い方法が浮かばない。

 それでも諦めきれず、戸隠は「つ、釣り合わない、よ。私じゃ」と震える声で言った。

「私は、見ての通り、こんなふうにすごく地味だし、スタイルだって平凡そのものだし。解毒薬の研究とはいえども、取り扱う物は物騒なものばかりで危険だし。えっと、その…… 見目麗しき君に好かれる要素は何も無いと、思うのよ。ましてや瀬田君は、イ、インキュバス…… なんでしょ?特定の人と付き合うとか、そもそも出来ないよね?」

「別に、付き合って欲しいとかは無いぞ。魔力の供給源になって欲しから、婚姻の契約は絶対にするつもりだけどな」

「——は?」
 戸隠に呆れ返った顔をされ、瀬田が慌てる。勘違いさせる言葉を口にしたと、すぐに気が付けたからだ。
「あ、いや!ち、違いますよ⁉︎犯すだけ犯して、後はもう浮気する気だとか、逆に先輩の浮気を許す気があるとか、んなのは全く無いっす!オレ達淫魔はもう、伝承通りの悪魔じゃないんですよ!昔はそりゃ、破天荒で淫乱でモラルの欠片も無くて数多の人間達を一夜だけ摘んでは捨ててを繰り返していたらしいっすけど、今はオレ達、最愛の一人しか愛せないんで安心して下さい!その…… 随分と前に、先人達が一人の魔女を怒らせちゃったらしくって『一途な恋心を持て』って呪われて、決めた一人と生涯を添い遂げる悪魔に作り替えられりとかした事もあったんで、もうスッカリ生き方を改めたんっすよ。絶対に浮気とか、しないです。ってか、そもそもそういう気持ちも湧かないし!ちなみに、オレだけ一途とかも納得出来ないんで、先輩側の方も、快楽堕ちさせて、浮気なんかする気も起きないくらいにもするんで、そのつもりで」

 親を真似た口調だったものが素に戻り、真面目な顔をして瀬田が戸隠の両頬をそっと包む。シトリン色の瞳にじっと見詰められ、とんでもない内容を聞かされたというのに、否応無しに彼女の心臓がドクンッと跳ねた。

「…… 信じられるワケがない、よね?あ、いや…… インキュバスだって点は信じてるよ、うん。流石に認める。髪色も一瞬で変化したし、急に生えた耳の上の角とか尻尾とか見ても『嘘だ』って言える程疑り深くは無いし。蠱毒なんて呪術を扱う身としては、人外とかもまぁ…… リアルで居てもおかしくはないよなとも思えるから。大事な神霊君が長生きしてくれているのも、目に見えない何かしらの力の作用なのかなぁとか、思う所もある訳で…… 」

 ゆっくりと、淡々とした口調で戸隠が言う。信じがたい気持ちが多少胸の奥に残ってはいるのだが、言葉にした通り、信じざるおえないとも思えている。そうじゃないと、今まで瀬田が口にした言葉の全ての辻褄が合わないからだ。

「そういえば、先輩の白蛇。ブラックマンバなのに真っ白いとか、マジウケるんっすけど」

「は⁉︎本当に、マイペースだね、君は!」と、急に出た話題に対して戸隠は即座につっこんだ。
 元々白っぽい色や薄茶色だったりする品種なのだが、戸隠の蛇はアルビノ種なので一般的なブラックマンバよりも更に真っ白な体をしている。そんな蛇の方をチラッと見つつ、瀬田が笑いを堪えている。無表情な顔がちょっと崩れた様子を見て、戸隠は『瀬田君も笑うんだ』と少し驚いた。
 だけど…… 笑いを堪えつつも、触れていた戸隠の頰から手を離して、穿いているズボンを更に下ろし始めた事で、彼女はもっと驚きを隠せなくなってしまった。

「待ぁぁぁぁてぇぇぇぇ!下ろさない!ズボンやパンツは、人前じゃ下ろしちゃダメだって、教わって——無いよねぇ!淫魔のご一家ですもんねぇ!」

「まぁ、そうっすね。でも、んな事教えられなくても普通はしないっすよね」と、真顔で言いながら、瀬田が続きをする。そんな彼の行動に対し、『普通はしない』のではないのか!と戸隠が心の中だけでツッコミを入れた。

「ぎゃああああ!」

 悲鳴をあげながら戸隠が瞼をギュッと瞑ったと同時に、瀬田は何十分も前からずっと勃ちっぱなしで、スラックスなどの奥で苦しかった股間をとうとう露わにしてしまった。
「あはは…… 。あーキツかった。って、ダメじゃ無いっすか、先輩。目ぇ瞑っちゃ見えないでしょ、これからナニで何をされるか」
 呆れた様な声色が聞こえたが、だからって瞼を開ける気にはなれない。高裁経験なんぞもちろん無いし、子供の頃などに父親のすらも見る機会が無かったので、どんなモノが今体の上で曝されてしまっているのか想像すら出来ない。だからといって、怖いモノ見たさな気持ちすらも彼女には無かった。
「先輩…… このまま目を瞑ったままでいていいんすか?先輩のファーストキス、オレのちんことする事になっちゃいますよ?唇とするか、ちんことするのだったら、どっちがいいっすか?」

「とんでもない二択を迫るね、君って子は!」

 目を瞑ったまま戸隠がツッコミを入れる。
「まぁ、所詮はオレ、五年分しか人生経験無いっすからね。知識は誕生時に全部両親から受け継がれてますけど、経験に関してはガキそのものなんで。したい事も…… 若いっちゅーか、年齢と欲求が一致しないせいで色々と発想が歪むっちゅーか。んで、どっちにしますかー。このままだとオレ、我慢出来なくって先輩の大事な処女膜、勢いで破っちゃいますよー」
 彼と話すたびに下ネタ全開で、戸隠は頭の中がくらっと揺れた気がした。
「あ、開けます…… 目を開けますから、頼むから急に変な事しないでぇ…… 」
 ボロボロと涙をこぼしながら目を開けたせいで、前があまり見えない。だけど、瀬田の顔が目前にまで迫ってきている事だけは、かろうじてわかった。

「いいですよ。四年我慢したんっすから、数分くらいなら耐えてみせます。じゃあ…… オレとちゃんと唇でキス、しましょうか」

 瀬田の口角が上がり、ちょっと嬉しそうだ。頰もほんのりと染まっていて、高揚感が隠せていない。待ちに待った瞬間が今目の前に迫ってきたのだと思うと、とろんと瞳が溶け出しそうになってきた。

「あ、や…… ま、ちょ、あ、ぁぁぁっ——」

 諦めの悪い戸隠が、近づいてくる唇を前にして情けない声をあげる。顎を引き、一秒でもファーストキスを失ってしまう瞬間を先送りにしたい気持ちを漂わせ続けている。
「逃げないで、先輩。ったく…… じゃあ、こう考えましょう」
 唇が触れそうなくらいの距離まできて、吐息がかかる。林檎のような甘い香りが彼から漂い、戸隠の理性に少しヒビが入った。

「今此処でオレからの誘惑を断固として断ったとします」
「う、うん」
「すると先輩は、親友の死を目の前で見る事になり、見も知らぬ男に嫁ぎ、気持ちよくもない営みを迫られて、義務感のみで子供を生むことになるでしょうね。んでもって微塵も愛の無い家庭で、仕事と子育ての両方に追われ、実家との関係性に苦しみ、疲弊して死んでいく未来が待っています」

 全くもってその通りなのだろうが、改めて言葉にされると、待ち構えている未来は明るいものとは決して言えないなと戸隠は改めて思った。

「だけどココで今オレを受け入れたら、人間同士では味わえない最上級の快楽と愛情をたっぷりと経験し、可愛くって子育ての必要がほとんどない子供達に恵まれ、家庭に縛られないおかげでほとんど今まで通りのリズムで仕事をし、家族達に愛されながら一生を終える事が出来ます。しかも、親友の白蛇と共に」

「家庭に縛られないって…… 何で?」
「んなのはオレらがやればいいだけっすからね。人間と違って睡眠とかいらないんで時間もたっぷりあるから、夜中に掃除や料理の作り置きだ何だやれば、昼間は一緒に仕事だって出来ますよ。子供達だって一年程度で大人になるし、いざとなったらオレの兄弟達に昼間だけ預けるとかも出来ますから」
「…… ウチの実家との、お付き合いとかは」

「オレ、淫魔っすよ?悪魔が人間の呪術師程度に負けると思いますか?先輩と同じで肉体的に作用する魅了チャームは効かないでしょうけど、精神攻撃の方なら任せて下さい。魔女の叔母からも色々教わってもいるんで、今のオレ達は結構厄介な存在っすよ」

 そう言って、瀬田がニヤリと笑う。聞いていて、戸隠も何だか悪くない話の様に思えてきた。
「神霊君は、何で助かるの?」
「先輩がオレと、キスをしてくれたら教えてあげます」
 うぐっ…… と戸隠が声を詰まらせた。せめて視線だけでも逸らしたいが、近過ぎてそれも出来ず、彼の異質な瞳に引き込まれる。
「わ、わかった…… 。でも、軽くね?ちょっとだけ!」
「それでも今は、いいっすよ」
 ふんわりとした笑みを浮かべ、瀬田が嬉しそうに目を細める。普段は見せない表情ばかりを見せられ、戸隠の心臓が段々と鼓動を早めていった。

「目、閉じないで下さいね」
「キスの時って、閉じるものじゃ?」
「ダメっすよ、動揺して恥ずかしくなって、トロンと溶けていく瞳をも味わいたいんで——」

 瀬田が全てを言い終える前に、二人の唇がそっと重なった。
 宣告通り、ただ互いの唇が重なっただけなのに戸隠が激しく動揺し、全身が羞恥に染まる。勝手に閉じていく彼女の瞼の横をそっと撫で、瀬田が『閉じるな』と無言の圧力をかけた。
 口を閉じたまま、軽く何度も唇を啄み、優しく吸い付いた。ちゅっ、ちゅっと何度も聞こえるリップ音が戸隠の耳の奥で甘く響く。その間、ずっと林檎の様な香りが漂い続け、彼女はお酒でも飲んだ時の様にぼぉっとした気分になってきた。

「想像通り、めちゃくちゃ可愛いっすね…… 先輩。魅了チャームは効かなくっても、それでも気持ちいいでしょ?淫魔との触れ合いは」

 全く否定出来ないくらいに全身が軽く震え、戸隠がぐったりとしている。触れ合ったのが唇だけでコレとあっては、この先はどうなってしまうのだろうかと、かなり不安になってきた。
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