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【本編】
【第40話】断罪の始まり・前編
大時計の針が開始の時間を告げたと同時に、日乃元ノ國の皇王である皇小雪がメイン会場に姿を現した。と同時に参加者全員が頭を下げ、彼の言葉を待つ。傍若無人を体現している姫麗ですらも頭を下げている。一応はカーテシーの体を保てているので、練習くらいはしてきたのだろう。
「——皆の者、よくぞこの実りの季節に集ってくれたね。秋は天地が恵みをもたらす時であり、人もまた、その努力と歩みの“実り”を手にする時である。
今日この日、そなたらがこの場に立つ事。それこそが幼き日々から積み重ねてきた学びと成長の証だ。私はこの国の父として、その歩みを心から誇りに思う。どうか礼節を忘れず、誇り高く、この先の道を進んで欲しい。豊穣なる秋の祝福と共に、これより“舞踏の刻”を告げよう」
小雪はそう言って、手に持っていたグラスを高らかに挙げた。その瞬間を合図に、すべての会場で喝采が湧き上がる。
天井のシャンデリアが光を弾き、金糸を散らしたような輝きがホール全体を包み込む。華やかな音楽が流れ、色とりどりのドレスが波のように揺れ動くその光景に、社交界へ初めて足を踏み入れた者たちはすっかり釘付けになっていた。
個々の思惑と香水の香り、期待や歓喜に満ちた笑い声が溶け合う中——
今年度のデビュタントは、まさに絢爛たる幕開けを迎えた。
「……綺麗ですね」
両手を合わせ、シェルが感嘆の息をつく。ダンスを踊る大輪の花達にすっかり目を奪われている彼女の視界に、スッとクリュウが顔を出した。
「そんな夢中になられると、嫉妬しちゃうなぁ」
軽く拗ねた雰囲気がちょっと可愛く思える。こんな人が本当に自分の婚約者なのかと思うと、不思議な気分にもなった。
「——さてと、そろそろ陛下に挨拶をしに行こうか」
アルサがそう言うと「そうですね」とセレンが返した。シェルと同じく、今年度で十五歳になったばかりの少年だ。すぐ上の姉と同じく、獣頭を持つ希少な獣人で、そのせいか緊張している様子はまるでない。きっと幼い頃から注目を浴び慣れているのだろう。
神獣・アヌビスの容姿を持つ彼は中東風の衣装に身を包み、エスコート役の姉ティスと衣装を揃えた。神獣・バステトの姉と並ぶとそれだけで荘厳な光景をなしている。
「ロア達は、アルカナ達と此処で待ていてもらえるかな?」
「うん」と四つ子達が伯父に返す。此処は小雪の居る位置からも近く、この後起こる出来事を目撃するにも悪くない場所だからか、返事は素直なものだった。
「君も、大丈夫かな?」
クリュウに訊かれ、「はい」と力強くシェルが返した。姫麗が既にドスドスと足音激しく小雪の元に向かっているのは、『姪である私から挨拶するのが自然よね!』という考えからだろう。
「——叔父様!お久しぶりですわ!」
許可も礼も無しに、急に姫麗が小雪を大きな声で呼び掛けた。平民の集いで、親戚同士のパーティー程度の場であれば許される行為かもしれないが、此処は記念すべきデビュタントの場である。……これはあまりにも無作法極まりない行為だ。
「貴様っ——」
警護も兼ねている側仕えの一人が姫麗の無作法に苦言を呈そうとしたが、小雪は無言でそれを制した。
「えっと、君は誰かな?」
笑顔ではあるものの、小雪の声は冷たい。社交界デビューの喜びと、この場を設けてもらったお礼を伝えようと、礼儀正しく順番待ちをして挨拶をしようとしていた令息令嬢達も冷ややかな眼差しを彼女に向けている。突如割り込まれたのだから無理もないだろう。
「いやですわぁ、叔父様。姪のシェルです。十年ぶりとはいえ、おわかりにならないなんて残念ですわ」
畳んだ扇子を頬に当て、姫麗が『ふぅ』と大袈裟なため息をつく。小雪は笑顔のまま、そんな姫麗に向かって軽く小首を傾げた。
「んー……すまない。“金色”を有する《狐》の《獣人》自体が記憶に無くてね。それに、私の姪は別の獣種だから、君とは違うよ」
小雪はニコッと笑いながら事実を淡々と突き付けた。それでも姫麗は場の空気も顧みず、挨拶待ちの先頭にずいっと割り込んだ。
「月輪家の噂は叔父様もご存知?」
「もちろん。随分と話題になってしまっているからね」
「ならば、アタクシの獣耳と尻尾を義妹が切ってくれた話もご存知ですわよね?」
まるで《功績》を讃えるような声色で言われ、小雪の頬が少しだけ引き攣った。せめて『切られてしまった』ならまだしも、『切ってくれた』という言い回しは彼の逆鱗に触れるものでもあった。
「そのおかげで獣種が変化したんですの!きっと【皇】という高貴な血が流れているから、《神獣種》に進化したのですわ!」
姫麗は胸に手を当て、声を張り上げた瞬間、会場が一瞬にして静まり返った。会話をやめ、ダンスのステップを止めて目を見開き、ざわめきが瞬く間に広がっていく。獣種が変化するなんて誰もが初めて聞く話だったからだろう。
金色に輝く姫麗の獣耳、揺れる尻尾。
その根元で炎がちらつく様子から、彼女が《神獣》の特徴である《幻炎》を宿す《金狐》である事は一目瞭然だ。
この話が本当ならば前代未聞の事態である。《神獣種》が【南風】家以外で生まれた例は一度もない。獣種が変化するなどという話も、世界中を探したとしても報告例を見付ける事は不可能だろう。
「……その話が本当なら、貴重な報告だと言えるね」
「えぇ、その通りですわ!アタクシ程貴重で、希少で、高貴な存在は他にはいないという証でもありますわね!」
両手を広げ、一身に注目を集めながら姫麗が言った。
頬は高揚で染まり、人生最高の瞬間を今ここで迎えたであろう雰囲気である。
「んー……。そうかそうか。でもね、私の姪は、今そこに居るんだよね。——これは、どういう事かな?」
挨拶をしようと、より近くにまで来ていた南風家の面々に小雪が顔を向ける。陛下の言葉に該当するであろう存在は、その中には車椅子に座る少女だけだったからか、会場の視線が一斉にシェルの方に集まった。
「……っ」
周囲の圧に気押されてシェルが息を詰まらせる。だが決着をつける時であると奮起した。が、心臓が痛い程に鳴っている。それでも彼女は、その場でゆっくりと車椅子から立ち上がった。
「——皆の者、よくぞこの実りの季節に集ってくれたね。秋は天地が恵みをもたらす時であり、人もまた、その努力と歩みの“実り”を手にする時である。
今日この日、そなたらがこの場に立つ事。それこそが幼き日々から積み重ねてきた学びと成長の証だ。私はこの国の父として、その歩みを心から誇りに思う。どうか礼節を忘れず、誇り高く、この先の道を進んで欲しい。豊穣なる秋の祝福と共に、これより“舞踏の刻”を告げよう」
小雪はそう言って、手に持っていたグラスを高らかに挙げた。その瞬間を合図に、すべての会場で喝采が湧き上がる。
天井のシャンデリアが光を弾き、金糸を散らしたような輝きがホール全体を包み込む。華やかな音楽が流れ、色とりどりのドレスが波のように揺れ動くその光景に、社交界へ初めて足を踏み入れた者たちはすっかり釘付けになっていた。
個々の思惑と香水の香り、期待や歓喜に満ちた笑い声が溶け合う中——
今年度のデビュタントは、まさに絢爛たる幕開けを迎えた。
「……綺麗ですね」
両手を合わせ、シェルが感嘆の息をつく。ダンスを踊る大輪の花達にすっかり目を奪われている彼女の視界に、スッとクリュウが顔を出した。
「そんな夢中になられると、嫉妬しちゃうなぁ」
軽く拗ねた雰囲気がちょっと可愛く思える。こんな人が本当に自分の婚約者なのかと思うと、不思議な気分にもなった。
「——さてと、そろそろ陛下に挨拶をしに行こうか」
アルサがそう言うと「そうですね」とセレンが返した。シェルと同じく、今年度で十五歳になったばかりの少年だ。すぐ上の姉と同じく、獣頭を持つ希少な獣人で、そのせいか緊張している様子はまるでない。きっと幼い頃から注目を浴び慣れているのだろう。
神獣・アヌビスの容姿を持つ彼は中東風の衣装に身を包み、エスコート役の姉ティスと衣装を揃えた。神獣・バステトの姉と並ぶとそれだけで荘厳な光景をなしている。
「ロア達は、アルカナ達と此処で待ていてもらえるかな?」
「うん」と四つ子達が伯父に返す。此処は小雪の居る位置からも近く、この後起こる出来事を目撃するにも悪くない場所だからか、返事は素直なものだった。
「君も、大丈夫かな?」
クリュウに訊かれ、「はい」と力強くシェルが返した。姫麗が既にドスドスと足音激しく小雪の元に向かっているのは、『姪である私から挨拶するのが自然よね!』という考えからだろう。
「——叔父様!お久しぶりですわ!」
許可も礼も無しに、急に姫麗が小雪を大きな声で呼び掛けた。平民の集いで、親戚同士のパーティー程度の場であれば許される行為かもしれないが、此処は記念すべきデビュタントの場である。……これはあまりにも無作法極まりない行為だ。
「貴様っ——」
警護も兼ねている側仕えの一人が姫麗の無作法に苦言を呈そうとしたが、小雪は無言でそれを制した。
「えっと、君は誰かな?」
笑顔ではあるものの、小雪の声は冷たい。社交界デビューの喜びと、この場を設けてもらったお礼を伝えようと、礼儀正しく順番待ちをして挨拶をしようとしていた令息令嬢達も冷ややかな眼差しを彼女に向けている。突如割り込まれたのだから無理もないだろう。
「いやですわぁ、叔父様。姪のシェルです。十年ぶりとはいえ、おわかりにならないなんて残念ですわ」
畳んだ扇子を頬に当て、姫麗が『ふぅ』と大袈裟なため息をつく。小雪は笑顔のまま、そんな姫麗に向かって軽く小首を傾げた。
「んー……すまない。“金色”を有する《狐》の《獣人》自体が記憶に無くてね。それに、私の姪は別の獣種だから、君とは違うよ」
小雪はニコッと笑いながら事実を淡々と突き付けた。それでも姫麗は場の空気も顧みず、挨拶待ちの先頭にずいっと割り込んだ。
「月輪家の噂は叔父様もご存知?」
「もちろん。随分と話題になってしまっているからね」
「ならば、アタクシの獣耳と尻尾を義妹が切ってくれた話もご存知ですわよね?」
まるで《功績》を讃えるような声色で言われ、小雪の頬が少しだけ引き攣った。せめて『切られてしまった』ならまだしも、『切ってくれた』という言い回しは彼の逆鱗に触れるものでもあった。
「そのおかげで獣種が変化したんですの!きっと【皇】という高貴な血が流れているから、《神獣種》に進化したのですわ!」
姫麗は胸に手を当て、声を張り上げた瞬間、会場が一瞬にして静まり返った。会話をやめ、ダンスのステップを止めて目を見開き、ざわめきが瞬く間に広がっていく。獣種が変化するなんて誰もが初めて聞く話だったからだろう。
金色に輝く姫麗の獣耳、揺れる尻尾。
その根元で炎がちらつく様子から、彼女が《神獣》の特徴である《幻炎》を宿す《金狐》である事は一目瞭然だ。
この話が本当ならば前代未聞の事態である。《神獣種》が【南風】家以外で生まれた例は一度もない。獣種が変化するなどという話も、世界中を探したとしても報告例を見付ける事は不可能だろう。
「……その話が本当なら、貴重な報告だと言えるね」
「えぇ、その通りですわ!アタクシ程貴重で、希少で、高貴な存在は他にはいないという証でもありますわね!」
両手を広げ、一身に注目を集めながら姫麗が言った。
頬は高揚で染まり、人生最高の瞬間を今ここで迎えたであろう雰囲気である。
「んー……。そうかそうか。でもね、私の姪は、今そこに居るんだよね。——これは、どういう事かな?」
挨拶をしようと、より近くにまで来ていた南風家の面々に小雪が顔を向ける。陛下の言葉に該当するであろう存在は、その中には車椅子に座る少女だけだったからか、会場の視線が一斉にシェルの方に集まった。
「……っ」
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(長文です20万文字近くありますが、完結しています)
※成人シーンには☆を入れています。投稿は毎日予定です。※他サイトにも掲載しています。