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第五章
【第七話】言の葉①(ウルカ・談)
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校内の巨大な図書館で、未来の義姉候補である華さんが館長である本多さんから部屋の引き継ぎをされていたらしいその時。
ワタシは一人で学校の近くにある商店街まで来ていた。『仕事が終わるまで喫茶店で待っていて欲しい』という浩二さんとの約束を守るためだ。
「ここ……かな?」
首を傾げながら店の看板の前に立ち、店名を確認する。この辺には他に喫茶店もなさそうなので、きっと此処でまず間違いないだろう。
扉をそっと開けると、カランッと大きは呼び鈴が鳴る。たったそれだけの事なのに、ちょっとレトロな感じがして何だか少し嬉しくなった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
大学生くらいの若い店員さんに声を掛けられ、ちょっと驚いた。格闘技をやっているっぽい引き締まった体格にエプロンを着けた姿がどうにもちぐはぐなんだか、むしろそれが少し可愛らしい。しかも、古くからある感じの商店街のお店に、“店員”として居るタイプの子ではないなとも思った。
おどおどとした声で「……はい」と答え、窓の近くにある四人掛けの席に座る。すると水と一緒にメニュー表を持って来てくれたので、ワタシはリンゴジュースを頼む事にした。
ほっと息を吐き、窓から外に視線をやる。
見える全てが“昭和時代”を思い起こす『昔ながらの商店街』だ。だけどまだまだ活気があり、買い物客達が数多く歩いている。烏が遠くで鳴き、夕陽に染まる空がとても綺麗だ。
そんなテンプレ的夕方の光景は、ただぼおっと見ているだけでちょっと癒される。今まではずっと、人目を気にし、影に隠れて淫夢でも見そうな人を探すだけの身だったので、ここまで『人間の生活』というものに関わってみた事が今まではなかったが、こうも穏やかな生活を、世の人々は送っていたのかと改めて思った。
光景を楽しみつつ、リンゴジュースを飲みながらのんびり店内で浩二さんのお迎えを待っていると、うっすらと彼の匂いが遠くから漂ってきた。どうやら仕事を終えて、こちらに向かって来てくれているみたいだ。
ありもしない獣耳がピンッと立ったみたいな反応をし、嬉しい気持ちを隠す事なく匂いのした方へ顔を向ける。すると、窓越しに小さく浩二さんの姿を確認する事が出来た。
今か今かと彼の姿をじっと見ていると、彼が鞄の中からスマホを取り出して耳元にそれを当てた。……どうやら誰かから電話がかかってきたみたいだ。一体誰からだろうか?仕事のお話で、また学校へ戻らないといけないとかではないといいのだけれど。
「何だ?こんな平日に。どうした」
『よぉ、今電話しても大丈夫か?』
(何という事、この声は——あの男だわ!)
持ち前の聴力を最大限に活かして聞き耳を立てる。盗み聴きはよくないと知りつつも、電話をかけてきた声の主があの“水谷さん”だったので、『聴かない』という選択肢をワタシは選ぶ事が出来なかった。
(ご、ごめんなさいぃ!でも、でも、どうしても気になっちゃうんですっ)
遠くに見える浩二さんの姿に向かい、無駄に謝る仕草をしてみせる。一人芝居をしているみたいな状態になっていたが、周囲を気にする余裕が今のワタシには微塵もなかった。
『いやぁ……その、どうしてるかな?って思ってさ』
「どうしてるも何も、仕事をしていただけだが」
『まぁ、そうな。そうなんだけどぉ。俺だって、そうだったワケだし。ってか、まだこっちは学校なんだけどな』
「仕事をしろ、用件が無いなら切るぞ?」
(そうそうよ、早く電話なんか切ればいいんだわ!)
——と、心の中だけで浩二さんの言葉に強く賛同する。えっちはねちっこくても、電話なんか淡白でいいのよ。
『声くらい聴きたいなって思ってもいいだろう?別に』
不貞腐れたような声が聴こえ、背中がザワっとした。アメフトでもしていたのかと思う程の巨体系マッチョだった水谷さんが拗ねるとか、ギャップ萌えでも狙っているのだろうか?
「キモイから切るな」
これが世に言う『塩対応』ってやつなのね!素晴らしい、流石はワタシの旦那様。初えっちの後に、玄関から女性を叩き出した人なだけあるわ。
『待てって!マジで待って!——あ、あのさ』
「ん?」
『会えないかな、その……二人っきりで』
「いつだ?」
『今日これから。こっちは後一時間もしたら終われると思うからさ、飲みにでも行こうぜ』
「おいおい、今日は月曜日だぞ?勘弁してくれ」
『じゃ、じゃあ食事!食事だけだったらどうだ?』
水谷さんが必死に喰い下がっている。……やっぱり、彼の言っていた『好きだ』が友人同士の友情からくる『好き』ではないという事が嫌という程に伝わってくる。自分とは無関係なのだったら無条件に応援したくなる愛おしさを持ってはいるが、残念ながら水谷さんの愛情の矛先は、ワタシにとって無二の『夫』だ。どう足掻いたって不快だと感じる気持ちを抑える事が出来なかった。
「いや無理だな。外で嫁と待ち合わせをしているんだ」
ハッキリキッパリ間髪入れずにお誘いを断ってくれて、嬉しくってテーブルに突っ伏してしまった。逢ってその日に倦怠期なんて残念なスタートだったとは思えぬ程に、ワタシを優先してくれてとても幸せに思う。嬉し過ぎて、このまま体が溶けて魔界まで落ちて行ってしまいそうだ。
『嫁、嫁、嫁って……お前、そればっかなのな』
「当たり前だろう?その為だけに婚活して来たんだからな」
『そりゃまぁ、そうなんだけど……』と言った後で、ぼそっと『俺の事だって好きだーってんなら……ちゃんとかまってくれよなぁ』と水谷さんが呟く。
「ん?なんか言ったか?」
だが、運悪くそのタイミングに腕時計で時間を確認していた浩二さんは、彼の言葉を聞き逃したみたいだ。
『……あー、いや。何でも無いよ』
二度も言うのは恥ずかしいのか、水谷さんがため息と共に諦めをこぼす。彼の心境をイヤでも察してしまい、段々と複雑な気分になってきた。
「そうか。じゃあもう切るぞ。待ち合わせ場所がもう目の前なんだ」
『そっか……。まぁ、うん、わかった。今日は声を聞けた!それで良しとするか』
空元気。そんな言葉がしっくりくる。
『んじゃな。その……あー……好きだよ』
「ん?あぁ、俺も好きだぞ。だけど、俺は——」
浩二さんの言葉の途中で、水谷さんが電話をブツッと切ってしまった。もらえた言葉が嬉し過ぎて、感極まったのがなんとなくわかってしまい、すごく悔しい。
(“嫁”である“ワタシ”にはくれない言の葉を、“親友”である“水谷さん”は、もらえるのかぁ……)
そう思った瞬間、ポロリと瞳から涙が零れ落ちる。テーブルに突っ伏しているおかげで、その涙を店内に居る人達には見られずに済んで本当に良かった。
ワタシは一人で学校の近くにある商店街まで来ていた。『仕事が終わるまで喫茶店で待っていて欲しい』という浩二さんとの約束を守るためだ。
「ここ……かな?」
首を傾げながら店の看板の前に立ち、店名を確認する。この辺には他に喫茶店もなさそうなので、きっと此処でまず間違いないだろう。
扉をそっと開けると、カランッと大きは呼び鈴が鳴る。たったそれだけの事なのに、ちょっとレトロな感じがして何だか少し嬉しくなった。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
大学生くらいの若い店員さんに声を掛けられ、ちょっと驚いた。格闘技をやっているっぽい引き締まった体格にエプロンを着けた姿がどうにもちぐはぐなんだか、むしろそれが少し可愛らしい。しかも、古くからある感じの商店街のお店に、“店員”として居るタイプの子ではないなとも思った。
おどおどとした声で「……はい」と答え、窓の近くにある四人掛けの席に座る。すると水と一緒にメニュー表を持って来てくれたので、ワタシはリンゴジュースを頼む事にした。
ほっと息を吐き、窓から外に視線をやる。
見える全てが“昭和時代”を思い起こす『昔ながらの商店街』だ。だけどまだまだ活気があり、買い物客達が数多く歩いている。烏が遠くで鳴き、夕陽に染まる空がとても綺麗だ。
そんなテンプレ的夕方の光景は、ただぼおっと見ているだけでちょっと癒される。今まではずっと、人目を気にし、影に隠れて淫夢でも見そうな人を探すだけの身だったので、ここまで『人間の生活』というものに関わってみた事が今まではなかったが、こうも穏やかな生活を、世の人々は送っていたのかと改めて思った。
光景を楽しみつつ、リンゴジュースを飲みながらのんびり店内で浩二さんのお迎えを待っていると、うっすらと彼の匂いが遠くから漂ってきた。どうやら仕事を終えて、こちらに向かって来てくれているみたいだ。
ありもしない獣耳がピンッと立ったみたいな反応をし、嬉しい気持ちを隠す事なく匂いのした方へ顔を向ける。すると、窓越しに小さく浩二さんの姿を確認する事が出来た。
今か今かと彼の姿をじっと見ていると、彼が鞄の中からスマホを取り出して耳元にそれを当てた。……どうやら誰かから電話がかかってきたみたいだ。一体誰からだろうか?仕事のお話で、また学校へ戻らないといけないとかではないといいのだけれど。
「何だ?こんな平日に。どうした」
『よぉ、今電話しても大丈夫か?』
(何という事、この声は——あの男だわ!)
持ち前の聴力を最大限に活かして聞き耳を立てる。盗み聴きはよくないと知りつつも、電話をかけてきた声の主があの“水谷さん”だったので、『聴かない』という選択肢をワタシは選ぶ事が出来なかった。
(ご、ごめんなさいぃ!でも、でも、どうしても気になっちゃうんですっ)
遠くに見える浩二さんの姿に向かい、無駄に謝る仕草をしてみせる。一人芝居をしているみたいな状態になっていたが、周囲を気にする余裕が今のワタシには微塵もなかった。
『いやぁ……その、どうしてるかな?って思ってさ』
「どうしてるも何も、仕事をしていただけだが」
『まぁ、そうな。そうなんだけどぉ。俺だって、そうだったワケだし。ってか、まだこっちは学校なんだけどな』
「仕事をしろ、用件が無いなら切るぞ?」
(そうそうよ、早く電話なんか切ればいいんだわ!)
——と、心の中だけで浩二さんの言葉に強く賛同する。えっちはねちっこくても、電話なんか淡白でいいのよ。
『声くらい聴きたいなって思ってもいいだろう?別に』
不貞腐れたような声が聴こえ、背中がザワっとした。アメフトでもしていたのかと思う程の巨体系マッチョだった水谷さんが拗ねるとか、ギャップ萌えでも狙っているのだろうか?
「キモイから切るな」
これが世に言う『塩対応』ってやつなのね!素晴らしい、流石はワタシの旦那様。初えっちの後に、玄関から女性を叩き出した人なだけあるわ。
『待てって!マジで待って!——あ、あのさ』
「ん?」
『会えないかな、その……二人っきりで』
「いつだ?」
『今日これから。こっちは後一時間もしたら終われると思うからさ、飲みにでも行こうぜ』
「おいおい、今日は月曜日だぞ?勘弁してくれ」
『じゃ、じゃあ食事!食事だけだったらどうだ?』
水谷さんが必死に喰い下がっている。……やっぱり、彼の言っていた『好きだ』が友人同士の友情からくる『好き』ではないという事が嫌という程に伝わってくる。自分とは無関係なのだったら無条件に応援したくなる愛おしさを持ってはいるが、残念ながら水谷さんの愛情の矛先は、ワタシにとって無二の『夫』だ。どう足掻いたって不快だと感じる気持ちを抑える事が出来なかった。
「いや無理だな。外で嫁と待ち合わせをしているんだ」
ハッキリキッパリ間髪入れずにお誘いを断ってくれて、嬉しくってテーブルに突っ伏してしまった。逢ってその日に倦怠期なんて残念なスタートだったとは思えぬ程に、ワタシを優先してくれてとても幸せに思う。嬉し過ぎて、このまま体が溶けて魔界まで落ちて行ってしまいそうだ。
『嫁、嫁、嫁って……お前、そればっかなのな』
「当たり前だろう?その為だけに婚活して来たんだからな」
『そりゃまぁ、そうなんだけど……』と言った後で、ぼそっと『俺の事だって好きだーってんなら……ちゃんとかまってくれよなぁ』と水谷さんが呟く。
「ん?なんか言ったか?」
だが、運悪くそのタイミングに腕時計で時間を確認していた浩二さんは、彼の言葉を聞き逃したみたいだ。
『……あー、いや。何でも無いよ』
二度も言うのは恥ずかしいのか、水谷さんがため息と共に諦めをこぼす。彼の心境をイヤでも察してしまい、段々と複雑な気分になってきた。
「そうか。じゃあもう切るぞ。待ち合わせ場所がもう目の前なんだ」
『そっか……。まぁ、うん、わかった。今日は声を聞けた!それで良しとするか』
空元気。そんな言葉がしっくりくる。
『んじゃな。その……あー……好きだよ』
「ん?あぁ、俺も好きだぞ。だけど、俺は——」
浩二さんの言葉の途中で、水谷さんが電話をブツッと切ってしまった。もらえた言葉が嬉し過ぎて、感極まったのがなんとなくわかってしまい、すごく悔しい。
(“嫁”である“ワタシ”にはくれない言の葉を、“親友”である“水谷さん”は、もらえるのかぁ……)
そう思った瞬間、ポロリと瞳から涙が零れ落ちる。テーブルに突っ伏しているおかげで、その涙を店内に居る人達には見られずに済んで本当に良かった。
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