15 / 29
【オトコの娘が私を好きだと言う】
就職先が決まりました
しおりを挟む
「明ぃぃ!逢いたかったよぉ!」
そう言って、待ち合わせをした店の席に、先に到着して座っていた青鬼へ椿原が勢いよく抱きついた。
今日の椿原は長い黒髪をポニーテールにして、珍しく上下ともに紳士物のスーツを着ている。なのに、彼の纏う雰囲気のせいで男装した者と女性との抱擁に見える。
だがここは隅っこの方だとはいえカフェの中だ。急に響いた声のせいで、周りの人達が訝しげな顔になっている。どんなに二人が美人同士だろうが、五月蝿いものは五月蝿いのだ。
「お、おい!人前で…… 迷惑になるだろうが」
周囲の視線を気にしつつ、青鬼が椿原を宥める。頭をポンポンと優しく叩かれ、彼は無言で頷くと、椿原は照れ臭そうに離れて対面の席に座った。
「ごめんね。つい…… 最近全然逢えていなかったから、明の顔見たら嬉しくなっちゃって」
事前に青鬼が頼んでおいてあったテーブルの上のアイスココアに視線を落とし、椿原がすまなそうな顔をする。思い出深い飲み物を前にちょっと気が緩んではきたが、先程までの緊張と彼女に逢えた喜びが変に混って吐きそうだ。
(あーもう!あいも変わらず明は綺麗だなぁ、チクショウ)
まずは気持ちを落ち着けようと、椿原がストローを口に咥えてアイスココアを一口飲み込む。甘い味が口いっぱいに広がり、冷たさも相まって、やっと一息つけた気がした。
「ホント美味しそうに飲むな、圭は」
「アイスココアだから、ね。明との思い出の味だもん」
話を聞き、きょとんとする青鬼の様子を見て、『んー覚えてないかぁ』と思ったが、悲しくはなかった。あの時の彼女は久しぶりの再会で動揺していたし、無理もないなとも。
「最近はかなり忙しかったみたいだが、もう落ち着いたのか?」
「まぁね、今日で気持ち的には忙しいのも終わりかな。レポートとかまだ色々書かないとだけど、一段落したって言っても良いと思う」
「そうか、それは良かったな」
年齢よりも落ち着いた感じのある青鬼の穏やかな笑みを生で見る事ができ、椿原の心の中に温かなものがほわんと生まれる。忙しくて会えない日も毎日SNSや電話は欠かさぬようにしてはいたが、『明の写真を送って』という要望だけは断固として聞き入れてもらえていなかったので、椿原の中で“明ちゃん不足”がかなり深刻化していた為、やっと満たされた気分になれた。
「ところで、直接したい報告とは何だ?やっと一段訳したのならば、ゆっくり休んだ方が良かったんじゃないのか?」
「え、明…… それ彼氏に言うセリフじゃ無いよ。ボクらは付き合ってるんだから、『忙しい中でも私為に時間作ってくれたんだね。会えて嬉しいわ』くらいは言ってくれないと」
「そ、そうなのか?」
ギョッとした後、またやってしまったか感が青鬼からぷんぷんと立ち込める。
青鬼の過去彼のことは訊かないできた椿原だが、何年付き合おうとも彼女の付き合い馴れしていない感じが相変わらず凄い為、『前の奴とは表面上のお付き合い程度の関係』だったのかなぁと最近思う事が多々あるが、彼女にはそう思っているとは言っていないし、問うことも無いままだ。
「えっと、あ…… お時間ありがとうございます。お会いできてとても嬉しい…… です?」
無意識での行動はかなりのイケメン度合いなのに、意識して何かを、となると途端にグダグダになってしまうところが可愛くって、尊い者でも見ているような気分に椿原はなった。
「んー相変わらず彼氏相手のセリフじゃ無いね。何かちょっと取引先っぽいかな。でも可愛いからいいや」
「そうか、ありがとう」と言い、青鬼がほっとした顔になる。素直過ぎる彼女が可愛くって、椿原は破顔しながらテーブルに突っ伏した。
気を取り直し、椿原が姿勢を正す。本題に入る前に軽く咳払いをすると、満面の笑みを浮かべた。
「さてとですね。実はボク…… 今日やっと内定もらってきちゃいました!」
彼の言葉を聞き、青鬼も「おお!」と言いながら喜び、ちょっと前のめりに。
「そうか!おめでとう、薬剤師の資格を取ったとも前に話していたよな。ということはやっぱりそちらの道に?」
「うん。裁縫も好きだけど、それだけで食べれいける程じゃ無いし、堅実にいこうかなって」
調香師一門の娘であり、椿原よりも一足先に専門学校を卒業して、その道で仕事をし始めた青鬼に釣り合うくらいの収入を——と就職先を選ぶと、どうしたって彼では服飾関係の道は諦めざる終えなかった。
なかなかの腕前であろうとも、あくまでそれは趣味の範囲での話だ。デザインだってゼロから出来る程では無いし、何よりも『明に似合いそう!』を基準に作ってばかりな為、そんなのでは仕事には出来ないだろう。
「それにまぁ、元々ボクの家族みんなそっち系だし、親も安心するかなーって。ただでさえこんなんなせいで、要らぬ心配させちゃったりもしてたと思うからさ」
家族は揃って真面目な者ばかりなのに、自分だけが女装が趣味の“オトコの娘”なんぞになってしまった事を多少は引目に感じている為、ついそんな言葉が出てしまう。『そんな格好はやめろ』と家族から言われた事は一度も無いが、それは仕事人間の彼等とほとんど会っていないからでしかないと椿原は考えているので、どうしたって申し訳ない気持ちは捨て切れないでいた。
「心配?なぜだ?圭はいつもよくやっているじゃないか」
心底何の話かわからないという顔を青鬼にされて、椿原が泣きそうになってしまうくらいに嬉しくなった。
——どうしてこの人は、いつだってボクを常に肯定し続けてくれるんだろうか。
高校の時といい、偶然再会出来た次の日の言葉といい、絶対に椿原を否定せず、ありのままを、意図せずごく自然に受け入れてくれる青鬼が眩し過ぎて、彼は即座に両手で顔を覆った。
「ど、どうしたんだ?急に」
「明が素敵過ぎて辛い…… 」
「いや、流石に言っている事が意味不明で私の理解を超えているんだが…… 。辛くさせてしまっていると言うのなら、私は圭に謝るべきか?」
「あ、違うよ。オトコの娘ーなボクなのに、全てを受け入れてくれて嬉しいよって言いたいだけだからさ」
なるほど。その話だったのか、と表情だけで青鬼が語る。
彼女は普段キリリとした表情のタイプなのに、表情がこうも豊かに感じられるのは、二人の付き合いの長さからくるものなのだろう。
「…… えっと、前にネットで見た話なんだがな」
急に話が変わり、椿原が首を傾げる。自分の就職の話の続きをしたかったのだが、真剣な顔を向けられ、遮っては悪いと彼は一度は開いた口をそっと閉じた。
「ん?」
「『女装は男性にしか出来ないから、ある意味一番男性らしい行為だ』と。まぁ真逆にしたら女性にもいえる話だとは思うんだがな、でもまぁそういう考え方も世の中にはあるし、『可愛いは正義』…… だったか?そんな言葉もあるらしいから、圭がオトコの娘だろうが何だろうが、就職先が決まってよかったな」
(これはあれか?ボクの為に色々調べたりして、明なりに勉強してくれてるのかな?)
そう察し、素直に椿原が「ありがと!」と礼を言う。正直青鬼の方が意味がわからなくて理解し難い励まし方だが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
「ところで、どこに決まったんだ?」
青鬼に訊かれ、椿原が「んとね」と言いながら、鞄を開けて色々雑多に書類やパンフレットなどを挟んでいるクリアファイルを一つ取り出し、ソレを堂々と青鬼の方へ、両手で持ったままの状態で自慢気に見せた。
「…… ほ、ほう?」
クリアファイルの透けて見える中身を確認し、青鬼が反応に困った。
椿原が見せてきた物が、どう見ても白い紙に茶色い文字や線の引かれた『婚姻届』だったからだ。しかもほとんどの欄が記入済みであり、証人欄まで埋まっている。空欄であるのは『妻になる人』の部分だけだった。
(内定通知書なんか送ったか⁈それ以前に、私はいつ圭からプロポーズされた?そ、それとも誰か別の相手が?)
「…… 返事は、いつもらったと言っていただろうか」
青鬼が恐る恐る訊く。何か大事なやり取り忘れてしまったか、勘違いでもしてテキトーに返事をしてしまったりでもしたのだろうか?と頭の中はパニック状態だ。
「今日の昼間だよ」
(という事は、SNSで…… 。だが『話があるから逢いてたいけど、逢える?』『わかった。残業はしないでおく』のどこに『結婚』要素があったんだ?私が無知なだけで、まさか何かの隠語⁉︎)
今すぐ今日おこなったやり取りの文章画面を青鬼は確認したくなったが、会話の途中なのでそれもやり辛い。
「結局親の真似っ子みたいになっちゃったから、どうかなぁとは思ったんだけどね」
(親の真似じゃない結婚とは、そもそも何だ?現時点で婚姻関係にあるご両親とは違うスタイルでの結婚がしたかったという意味か?夫婦別姓、夫婦別居婚、事実婚と色々あるが…… その紙がココにあるという事は事実婚をしたかったわけでもなさそうだし、何を圭は目指していたんだ!)
「——いいんじゃない、か?幸せなら」
「うん!そうだよね」
頭の中でツッコミばかり入れたくなるが、紳士物のスーツを着ていようが、普段通りスカートを穿いた時のように可愛い笑顔を前にしてしまうと、何も言えなくなる。
「えっと…… じゃあ、指輪を買わないといけない、かな?」
「指輪?スーツじゃない?買うなら」
(それは、タキシードを先に、という事だな?お洒落が好きな圭らしいじゃないか。だがしかし、スーツという言い方をせずとも、流石に私でもタキシードくらいは知っているぞ!)
自分でもわかるであろう単語で説明してくれたのだと受け止め、青鬼が頷く。
「そうか、わかった。式はいつくらい時期なんだ?」
「んー来年の四月だね。第一月曜日」
(も、もう日にちまで?)
「か、会場とかは…… 」
「あぁ、この近くだよ。明の職場からも近いから、一緒に帰ったりも出来るね」
(結婚式の後に夫婦別々に帰るパターンがあるのか⁉︎)
自分達がそうではないっぽい事に安堵しつつも、先行きが少し不安になってきた。
だがしかし——自分の収入は充分ある。彼が専業主夫になる気だったのならそれもアリかもしれない。料理、掃除、得意の裁縫だけではなく、メイクや服選びのセンスだって抜群な女子力の塊タイプのオトコの娘なのだ、まぁ“専業主夫”というのも無い選択でははなかったのだろう。
でも……
(一言相談くらいはして欲しかったぞ!)
目元を押さえ、青鬼が天井を仰ぎ見る。付き合っているのだから『ほう・れん・そう』は大事じゃ無いだろうか、と叫びたい気持ちは、ここはまだカフェの店内であることを考慮し、必死に堪えた。
「…… で、でね、いつまでも実家に居るわけにいかないでしょ?流石に。それで、ボクの新居の事だけど…… 明と、一緒に暮らすとか…… 無理?」
もじもじと体を少し動かし、椿原が視線を逸らす。頰が少し赤く、大学を卒業して早速青鬼頼りとなってしまう自分が恥ずかしくって、椿原は手に持ったままになっていたクリアファイルで口元を隠した。
「あぁもちろん。是非そうしよう!」
今の時代色々な夫婦の形があると頭ではわかってはいるが、青鬼の理想としては夫婦同居で仲良くだった為、即座に答えた。
(ヤダ!間髪いれず、迷いなく即答とか!明ったら相変わらず漢っぽい!)
胸の奥を鷲掴みされ、椿原のクリアファイルを握る手に力が入る。
「嬉しい!ありがとうっ」
「あぁ…… だが、ケジメは必要だな。互いの親兄弟に挨拶に行かないと」
「そうだね、うん。うちの方も話しておくよ」
「…… よし。ならちょっと連絡を入れたりしたいから、今日はもう帰るな」
そう言って、鞄を肩にかけると、青鬼がスクッと立ち上がった。
「え?ご飯くらいは一緒に食べたいな、ボク」
「いや、こういった大事な事は急いだ方がいい。準備が色々あって、この先かなり忙しくなるからな」
(明がする準備って、部屋の片付けくらいじゃ?まだまだ期間あるのに、何でそんな急ぐの?)
「会計は済んでいるから、圭はゆっくりしていくといい。待っていてくれ、必ず話をまとめてみせるからな」
軽く体を倒し、青鬼が椿原の頬にそっと手を添える。指先だけですっと撫で、一瞬だけ優しく微笑むと、彼女はその後スタスタと店から出て行ってしまった。
「…… ドキドキし過ぎて、引き止めれなかったやん」
体から力だ抜け、ずるずるとテーブルに突っ伏す。もっと色々就職の話がしたかったなぁと思いながら目の前のクリアファイルの表部分を見て——椿原の体が、硬直した。
(…… コレ、会社案内のパンフ…… じゃ無い、ぞ)
思考が停止し、椿原が完全に動かなくなる。
仲のいい後輩と一緒に『お守り代わりにこんなのどうっすか?大好きな人と結婚する為に就職するぞーとか目標あれば、就活地獄も乗り切れると思いません?』なんて、ノリと勢いで書いた就職活動のお守りが、一番手前に挟まり、クリアファイルの表紙が透明なせいで丸見えだった。
(…… リセットしたい…… 。景色のいい場所とか、思い出の場所とか、せめてちゃんと指輪とか…… ってか、言葉!いつかプロポーズする時のやつ色々考えてたのにぃ、リセットボタンどこよー…… あぁぁ——)
意図せず、流れで、勝手に結婚を一人で決めて青鬼に押し付け、無理矢理了解させたみたいなプロポーズをしていた事を、椿原はひたすらやり直したい気持ちでいっぱいになったのであった。
【終わり】
そう言って、待ち合わせをした店の席に、先に到着して座っていた青鬼へ椿原が勢いよく抱きついた。
今日の椿原は長い黒髪をポニーテールにして、珍しく上下ともに紳士物のスーツを着ている。なのに、彼の纏う雰囲気のせいで男装した者と女性との抱擁に見える。
だがここは隅っこの方だとはいえカフェの中だ。急に響いた声のせいで、周りの人達が訝しげな顔になっている。どんなに二人が美人同士だろうが、五月蝿いものは五月蝿いのだ。
「お、おい!人前で…… 迷惑になるだろうが」
周囲の視線を気にしつつ、青鬼が椿原を宥める。頭をポンポンと優しく叩かれ、彼は無言で頷くと、椿原は照れ臭そうに離れて対面の席に座った。
「ごめんね。つい…… 最近全然逢えていなかったから、明の顔見たら嬉しくなっちゃって」
事前に青鬼が頼んでおいてあったテーブルの上のアイスココアに視線を落とし、椿原がすまなそうな顔をする。思い出深い飲み物を前にちょっと気が緩んではきたが、先程までの緊張と彼女に逢えた喜びが変に混って吐きそうだ。
(あーもう!あいも変わらず明は綺麗だなぁ、チクショウ)
まずは気持ちを落ち着けようと、椿原がストローを口に咥えてアイスココアを一口飲み込む。甘い味が口いっぱいに広がり、冷たさも相まって、やっと一息つけた気がした。
「ホント美味しそうに飲むな、圭は」
「アイスココアだから、ね。明との思い出の味だもん」
話を聞き、きょとんとする青鬼の様子を見て、『んー覚えてないかぁ』と思ったが、悲しくはなかった。あの時の彼女は久しぶりの再会で動揺していたし、無理もないなとも。
「最近はかなり忙しかったみたいだが、もう落ち着いたのか?」
「まぁね、今日で気持ち的には忙しいのも終わりかな。レポートとかまだ色々書かないとだけど、一段落したって言っても良いと思う」
「そうか、それは良かったな」
年齢よりも落ち着いた感じのある青鬼の穏やかな笑みを生で見る事ができ、椿原の心の中に温かなものがほわんと生まれる。忙しくて会えない日も毎日SNSや電話は欠かさぬようにしてはいたが、『明の写真を送って』という要望だけは断固として聞き入れてもらえていなかったので、椿原の中で“明ちゃん不足”がかなり深刻化していた為、やっと満たされた気分になれた。
「ところで、直接したい報告とは何だ?やっと一段訳したのならば、ゆっくり休んだ方が良かったんじゃないのか?」
「え、明…… それ彼氏に言うセリフじゃ無いよ。ボクらは付き合ってるんだから、『忙しい中でも私為に時間作ってくれたんだね。会えて嬉しいわ』くらいは言ってくれないと」
「そ、そうなのか?」
ギョッとした後、またやってしまったか感が青鬼からぷんぷんと立ち込める。
青鬼の過去彼のことは訊かないできた椿原だが、何年付き合おうとも彼女の付き合い馴れしていない感じが相変わらず凄い為、『前の奴とは表面上のお付き合い程度の関係』だったのかなぁと最近思う事が多々あるが、彼女にはそう思っているとは言っていないし、問うことも無いままだ。
「えっと、あ…… お時間ありがとうございます。お会いできてとても嬉しい…… です?」
無意識での行動はかなりのイケメン度合いなのに、意識して何かを、となると途端にグダグダになってしまうところが可愛くって、尊い者でも見ているような気分に椿原はなった。
「んー相変わらず彼氏相手のセリフじゃ無いね。何かちょっと取引先っぽいかな。でも可愛いからいいや」
「そうか、ありがとう」と言い、青鬼がほっとした顔になる。素直過ぎる彼女が可愛くって、椿原は破顔しながらテーブルに突っ伏した。
気を取り直し、椿原が姿勢を正す。本題に入る前に軽く咳払いをすると、満面の笑みを浮かべた。
「さてとですね。実はボク…… 今日やっと内定もらってきちゃいました!」
彼の言葉を聞き、青鬼も「おお!」と言いながら喜び、ちょっと前のめりに。
「そうか!おめでとう、薬剤師の資格を取ったとも前に話していたよな。ということはやっぱりそちらの道に?」
「うん。裁縫も好きだけど、それだけで食べれいける程じゃ無いし、堅実にいこうかなって」
調香師一門の娘であり、椿原よりも一足先に専門学校を卒業して、その道で仕事をし始めた青鬼に釣り合うくらいの収入を——と就職先を選ぶと、どうしたって彼では服飾関係の道は諦めざる終えなかった。
なかなかの腕前であろうとも、あくまでそれは趣味の範囲での話だ。デザインだってゼロから出来る程では無いし、何よりも『明に似合いそう!』を基準に作ってばかりな為、そんなのでは仕事には出来ないだろう。
「それにまぁ、元々ボクの家族みんなそっち系だし、親も安心するかなーって。ただでさえこんなんなせいで、要らぬ心配させちゃったりもしてたと思うからさ」
家族は揃って真面目な者ばかりなのに、自分だけが女装が趣味の“オトコの娘”なんぞになってしまった事を多少は引目に感じている為、ついそんな言葉が出てしまう。『そんな格好はやめろ』と家族から言われた事は一度も無いが、それは仕事人間の彼等とほとんど会っていないからでしかないと椿原は考えているので、どうしたって申し訳ない気持ちは捨て切れないでいた。
「心配?なぜだ?圭はいつもよくやっているじゃないか」
心底何の話かわからないという顔を青鬼にされて、椿原が泣きそうになってしまうくらいに嬉しくなった。
——どうしてこの人は、いつだってボクを常に肯定し続けてくれるんだろうか。
高校の時といい、偶然再会出来た次の日の言葉といい、絶対に椿原を否定せず、ありのままを、意図せずごく自然に受け入れてくれる青鬼が眩し過ぎて、彼は即座に両手で顔を覆った。
「ど、どうしたんだ?急に」
「明が素敵過ぎて辛い…… 」
「いや、流石に言っている事が意味不明で私の理解を超えているんだが…… 。辛くさせてしまっていると言うのなら、私は圭に謝るべきか?」
「あ、違うよ。オトコの娘ーなボクなのに、全てを受け入れてくれて嬉しいよって言いたいだけだからさ」
なるほど。その話だったのか、と表情だけで青鬼が語る。
彼女は普段キリリとした表情のタイプなのに、表情がこうも豊かに感じられるのは、二人の付き合いの長さからくるものなのだろう。
「…… えっと、前にネットで見た話なんだがな」
急に話が変わり、椿原が首を傾げる。自分の就職の話の続きをしたかったのだが、真剣な顔を向けられ、遮っては悪いと彼は一度は開いた口をそっと閉じた。
「ん?」
「『女装は男性にしか出来ないから、ある意味一番男性らしい行為だ』と。まぁ真逆にしたら女性にもいえる話だとは思うんだがな、でもまぁそういう考え方も世の中にはあるし、『可愛いは正義』…… だったか?そんな言葉もあるらしいから、圭がオトコの娘だろうが何だろうが、就職先が決まってよかったな」
(これはあれか?ボクの為に色々調べたりして、明なりに勉強してくれてるのかな?)
そう察し、素直に椿原が「ありがと!」と礼を言う。正直青鬼の方が意味がわからなくて理解し難い励まし方だが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
「ところで、どこに決まったんだ?」
青鬼に訊かれ、椿原が「んとね」と言いながら、鞄を開けて色々雑多に書類やパンフレットなどを挟んでいるクリアファイルを一つ取り出し、ソレを堂々と青鬼の方へ、両手で持ったままの状態で自慢気に見せた。
「…… ほ、ほう?」
クリアファイルの透けて見える中身を確認し、青鬼が反応に困った。
椿原が見せてきた物が、どう見ても白い紙に茶色い文字や線の引かれた『婚姻届』だったからだ。しかもほとんどの欄が記入済みであり、証人欄まで埋まっている。空欄であるのは『妻になる人』の部分だけだった。
(内定通知書なんか送ったか⁈それ以前に、私はいつ圭からプロポーズされた?そ、それとも誰か別の相手が?)
「…… 返事は、いつもらったと言っていただろうか」
青鬼が恐る恐る訊く。何か大事なやり取り忘れてしまったか、勘違いでもしてテキトーに返事をしてしまったりでもしたのだろうか?と頭の中はパニック状態だ。
「今日の昼間だよ」
(という事は、SNSで…… 。だが『話があるから逢いてたいけど、逢える?』『わかった。残業はしないでおく』のどこに『結婚』要素があったんだ?私が無知なだけで、まさか何かの隠語⁉︎)
今すぐ今日おこなったやり取りの文章画面を青鬼は確認したくなったが、会話の途中なのでそれもやり辛い。
「結局親の真似っ子みたいになっちゃったから、どうかなぁとは思ったんだけどね」
(親の真似じゃない結婚とは、そもそも何だ?現時点で婚姻関係にあるご両親とは違うスタイルでの結婚がしたかったという意味か?夫婦別姓、夫婦別居婚、事実婚と色々あるが…… その紙がココにあるという事は事実婚をしたかったわけでもなさそうだし、何を圭は目指していたんだ!)
「——いいんじゃない、か?幸せなら」
「うん!そうだよね」
頭の中でツッコミばかり入れたくなるが、紳士物のスーツを着ていようが、普段通りスカートを穿いた時のように可愛い笑顔を前にしてしまうと、何も言えなくなる。
「えっと…… じゃあ、指輪を買わないといけない、かな?」
「指輪?スーツじゃない?買うなら」
(それは、タキシードを先に、という事だな?お洒落が好きな圭らしいじゃないか。だがしかし、スーツという言い方をせずとも、流石に私でもタキシードくらいは知っているぞ!)
自分でもわかるであろう単語で説明してくれたのだと受け止め、青鬼が頷く。
「そうか、わかった。式はいつくらい時期なんだ?」
「んー来年の四月だね。第一月曜日」
(も、もう日にちまで?)
「か、会場とかは…… 」
「あぁ、この近くだよ。明の職場からも近いから、一緒に帰ったりも出来るね」
(結婚式の後に夫婦別々に帰るパターンがあるのか⁉︎)
自分達がそうではないっぽい事に安堵しつつも、先行きが少し不安になってきた。
だがしかし——自分の収入は充分ある。彼が専業主夫になる気だったのならそれもアリかもしれない。料理、掃除、得意の裁縫だけではなく、メイクや服選びのセンスだって抜群な女子力の塊タイプのオトコの娘なのだ、まぁ“専業主夫”というのも無い選択でははなかったのだろう。
でも……
(一言相談くらいはして欲しかったぞ!)
目元を押さえ、青鬼が天井を仰ぎ見る。付き合っているのだから『ほう・れん・そう』は大事じゃ無いだろうか、と叫びたい気持ちは、ここはまだカフェの店内であることを考慮し、必死に堪えた。
「…… で、でね、いつまでも実家に居るわけにいかないでしょ?流石に。それで、ボクの新居の事だけど…… 明と、一緒に暮らすとか…… 無理?」
もじもじと体を少し動かし、椿原が視線を逸らす。頰が少し赤く、大学を卒業して早速青鬼頼りとなってしまう自分が恥ずかしくって、椿原は手に持ったままになっていたクリアファイルで口元を隠した。
「あぁもちろん。是非そうしよう!」
今の時代色々な夫婦の形があると頭ではわかってはいるが、青鬼の理想としては夫婦同居で仲良くだった為、即座に答えた。
(ヤダ!間髪いれず、迷いなく即答とか!明ったら相変わらず漢っぽい!)
胸の奥を鷲掴みされ、椿原のクリアファイルを握る手に力が入る。
「嬉しい!ありがとうっ」
「あぁ…… だが、ケジメは必要だな。互いの親兄弟に挨拶に行かないと」
「そうだね、うん。うちの方も話しておくよ」
「…… よし。ならちょっと連絡を入れたりしたいから、今日はもう帰るな」
そう言って、鞄を肩にかけると、青鬼がスクッと立ち上がった。
「え?ご飯くらいは一緒に食べたいな、ボク」
「いや、こういった大事な事は急いだ方がいい。準備が色々あって、この先かなり忙しくなるからな」
(明がする準備って、部屋の片付けくらいじゃ?まだまだ期間あるのに、何でそんな急ぐの?)
「会計は済んでいるから、圭はゆっくりしていくといい。待っていてくれ、必ず話をまとめてみせるからな」
軽く体を倒し、青鬼が椿原の頬にそっと手を添える。指先だけですっと撫で、一瞬だけ優しく微笑むと、彼女はその後スタスタと店から出て行ってしまった。
「…… ドキドキし過ぎて、引き止めれなかったやん」
体から力だ抜け、ずるずるとテーブルに突っ伏す。もっと色々就職の話がしたかったなぁと思いながら目の前のクリアファイルの表部分を見て——椿原の体が、硬直した。
(…… コレ、会社案内のパンフ…… じゃ無い、ぞ)
思考が停止し、椿原が完全に動かなくなる。
仲のいい後輩と一緒に『お守り代わりにこんなのどうっすか?大好きな人と結婚する為に就職するぞーとか目標あれば、就活地獄も乗り切れると思いません?』なんて、ノリと勢いで書いた就職活動のお守りが、一番手前に挟まり、クリアファイルの表紙が透明なせいで丸見えだった。
(…… リセットしたい…… 。景色のいい場所とか、思い出の場所とか、せめてちゃんと指輪とか…… ってか、言葉!いつかプロポーズする時のやつ色々考えてたのにぃ、リセットボタンどこよー…… あぁぁ——)
意図せず、流れで、勝手に結婚を一人で決めて青鬼に押し付け、無理矢理了解させたみたいなプロポーズをしていた事を、椿原はひたすらやり直したい気持ちでいっぱいになったのであった。
【終わり】
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる