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【童話に対して思うこと】(作品ミックス・一話完結)
【眠り姫の憂鬱】ヒョウガ×アステリアの場合
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「…… これは?」
とある日の昼時。食事を済ませ、食後の紅茶を上品な手つきで飲んでいると、約束もしていないのに当然といった顔で共に食事を済ませたヒョウガが、一冊の本を彼女の前に差し出した。
「今日の贈り物ですよ」
にこやかに微笑みながら、そう言うヒョウガを一瞥すると、アステリアは興味無さげにまた紅茶を一口飲んだ。
(…… 昨日はガーネットのネックレス。一昨日は装飾華美なオルゴール。その前だって絵画だドレスだと、毎日毎日よくまぁ飽きずに、こんな)
贈り物の数々を思い出し、アステリアがふぅとため息をつく。そんな贈り物など毎日贈ってこなくても、ここまできたら追い出したりなどもしないのに、と思ったあたりで、絆されてなるものかと首を横に振った。
「ご興味は無かったですか?」
「…… なくは、ないわ」と言い、ちらりと本の表紙を覗き見る。装飾はとても豪華で、金糸の刺繍が入っている。中央には綺麗な絵画も描かれており、珍しさからアステリアは興味津々といった感じに瞳を輝かせた。
「この本は童話なのですよ。『眠りの森の美女』という作品です」
「…… はい?」
目を丸くしてアステリアがヒョウガの顔をガン見する。どこかで聞いた事があるわと思わせるタイトルなせいで、驚きを隠せない。
「あ、やっぱり興味を持ってもらえましたね!これを見付けた時、是非貴女に贈らねばと思ったんです」
尻尾を振りながら、褒めて褒めてと言いそうな顔をヒョウガがする。だがアステリアは『それどころでは無いわ!』と、絵本に手を伸ばして、パラパラと中身を読み始めた。
◇
「…… ふぐっ、うっ、うぅぅ——」
三十分後——読む終えた童話をパタンと閉じたと思ったら、アステリアがボロボロと涙をこぼして泣き始めた。
「ど、どうしたのですか?アステリア!」
おろおろとしながら、慌てて席を立ち、ヒョウガが彼女の側に駆け寄った。
ただ絵本を渡し、それを読んでいただけだったので妻が泣く要素がどこにあったのかわからない。でも、自分が贈った物が原因で泣かせてしまったのだったら、早く謝りたい。妻を喜ばせたい行為が、泣かせる原因になってなどしまってはいけないのだ。
顔を伏せ、「ず、ず…… 」とアステリアがこぼす。
「ず?」
「ずるぃぃぃわぁぁぁ!」
冷え切った紅茶が入ったままのカップが残るテーブルにガンッと音を立てて額をつけて突っ伏し、上品さの欠片も無くアステリアが叫んだ。
「何故?何故なの?彼女だけずるいわ!眠る原因も年数も、何かもそっくりなのに、どうして彼女には素敵な王子様がお迎えに来て、私は狐の王様なの⁉︎しかも全然イヤラシイめにあってもいないだなんて、どうして?童話だからなの?空想の物語だからって、こんなの酷いわぁぁぁぁ」
「…… 私だって、百年前くらいは王子だったのですよ?」
「今は違うじゃないですか!というか、私は別に王子様に助けて欲しかったわけでは無いの、王様だったとしてもいいの!でも、あんな起こされ方はされたくはなかったのよぉぉぉ」
突っ伏したままテーブルをバンバン叩くものだから、カップがソーサーごと揺れて紅茶が溢れる。感情的になる子だと知ってはいたが、まさかここまで童話に感情移入するとは思ってもいなかったので、ヒョウガですらもドン引きだ。
「す、すみません。貴女が楽しめればと思っただけなのですが、もう本を贈るのはやめておきますね」
尻尾を膝の上にのせ、それを弄りながら獣耳を伏せるヒョウガが気不味そうに言う。
だがしかし、アステリアはピタリと泣くのを止め、伏せっていた顔を少しだけ上げて、彼の方を見た。
「…… 他の本は、もう贈ってくれないの?」
(あれ?もしかして、内容はさて置き、童話自体は気に入ってくれた、のかな?心の中が『ひどい!』ばかりで、本心がさっぱりわからないや)
「他にも本はありますよ」と答え、獣耳をピンッと立てる。賭けではあったが、もし本の贈り物を気に入ってもらえたのなら、城内に巨大な図書室だって作ってあげたいくらいの気分だった。
「…… よ、読んであげてもいいわよ。既にあるのなら、もったいない、ですし。本に罪はありませんからね」
ぐすっぐすっと鼻をすすりながら、アステリアがぼそっとこぼす。素直に喜べない伴侶が可愛くって、ヒョウガまでが泣きたい気分になってきた。
「明日また別の本を持って来ましょうか。それとも明日は花束ですとか、靴だとか別の物の方が良かったですか?」
そう言って、テーブルに置かれたアステリアの手に、ヒョウガが自らの手を重ねる。表情はとても穏やかで、彼女は少しだけ胸の奥がキュンッとときめいてしまった。
(け、獣のくせにそんな顔して…… だ、騙されないわよ。穏やかな時こそ、貴方は危険に決まっているわ!贈り物をくれるのだって、この後はベッドに行こうと大騒ぎしてくるに違いないんだから)
不信感でたっぷりになりながらも、重なる手を振り解けない。男らしい硬い手はとても温かく、窓から入る日差しの効果もあってか、アステリの気持ちがちょっと解れてきた。
「本がいいわ、綺麗だし、長く楽しめるもの。百年も触れられなかったからか、物語に飢えていたみたいね」
だからちょっと泣いてしまったの。でもただそれだけよ?と言いたげな顔をして、アステリアが顔を上げて背筋を正す。そして、いつまで経っても『さぁベッドへ』とヒョウガが言い出さない事を不思議に思いながら、チラッと彼の方へ視線をやった。
「…… ヒョウガ?」
尻尾を自らの膝の上にのせたまま、テーブルに伏せった状態になったヒョウガが、寝息を立てていることに気が付いた。どうやた寝不足が続いていた事と、日差しの暖かさ、アステリアの手のぬくもりとが重なって眠くなってしまったのだろう。
「眠りの森の美男子、といったところかしらね」
そう言って、アステリアがクスクスと笑い、隣に寄り添う。『こんな日も悪くは無いかもしれないわね』と思いながら、彼女等は穏やかな午睡を共に楽しんだのであった。
【終わり】
とある日の昼時。食事を済ませ、食後の紅茶を上品な手つきで飲んでいると、約束もしていないのに当然といった顔で共に食事を済ませたヒョウガが、一冊の本を彼女の前に差し出した。
「今日の贈り物ですよ」
にこやかに微笑みながら、そう言うヒョウガを一瞥すると、アステリアは興味無さげにまた紅茶を一口飲んだ。
(…… 昨日はガーネットのネックレス。一昨日は装飾華美なオルゴール。その前だって絵画だドレスだと、毎日毎日よくまぁ飽きずに、こんな)
贈り物の数々を思い出し、アステリアがふぅとため息をつく。そんな贈り物など毎日贈ってこなくても、ここまできたら追い出したりなどもしないのに、と思ったあたりで、絆されてなるものかと首を横に振った。
「ご興味は無かったですか?」
「…… なくは、ないわ」と言い、ちらりと本の表紙を覗き見る。装飾はとても豪華で、金糸の刺繍が入っている。中央には綺麗な絵画も描かれており、珍しさからアステリアは興味津々といった感じに瞳を輝かせた。
「この本は童話なのですよ。『眠りの森の美女』という作品です」
「…… はい?」
目を丸くしてアステリアがヒョウガの顔をガン見する。どこかで聞いた事があるわと思わせるタイトルなせいで、驚きを隠せない。
「あ、やっぱり興味を持ってもらえましたね!これを見付けた時、是非貴女に贈らねばと思ったんです」
尻尾を振りながら、褒めて褒めてと言いそうな顔をヒョウガがする。だがアステリアは『それどころでは無いわ!』と、絵本に手を伸ばして、パラパラと中身を読み始めた。
◇
「…… ふぐっ、うっ、うぅぅ——」
三十分後——読む終えた童話をパタンと閉じたと思ったら、アステリアがボロボロと涙をこぼして泣き始めた。
「ど、どうしたのですか?アステリア!」
おろおろとしながら、慌てて席を立ち、ヒョウガが彼女の側に駆け寄った。
ただ絵本を渡し、それを読んでいただけだったので妻が泣く要素がどこにあったのかわからない。でも、自分が贈った物が原因で泣かせてしまったのだったら、早く謝りたい。妻を喜ばせたい行為が、泣かせる原因になってなどしまってはいけないのだ。
顔を伏せ、「ず、ず…… 」とアステリアがこぼす。
「ず?」
「ずるぃぃぃわぁぁぁ!」
冷え切った紅茶が入ったままのカップが残るテーブルにガンッと音を立てて額をつけて突っ伏し、上品さの欠片も無くアステリアが叫んだ。
「何故?何故なの?彼女だけずるいわ!眠る原因も年数も、何かもそっくりなのに、どうして彼女には素敵な王子様がお迎えに来て、私は狐の王様なの⁉︎しかも全然イヤラシイめにあってもいないだなんて、どうして?童話だからなの?空想の物語だからって、こんなの酷いわぁぁぁぁ」
「…… 私だって、百年前くらいは王子だったのですよ?」
「今は違うじゃないですか!というか、私は別に王子様に助けて欲しかったわけでは無いの、王様だったとしてもいいの!でも、あんな起こされ方はされたくはなかったのよぉぉぉ」
突っ伏したままテーブルをバンバン叩くものだから、カップがソーサーごと揺れて紅茶が溢れる。感情的になる子だと知ってはいたが、まさかここまで童話に感情移入するとは思ってもいなかったので、ヒョウガですらもドン引きだ。
「す、すみません。貴女が楽しめればと思っただけなのですが、もう本を贈るのはやめておきますね」
尻尾を膝の上にのせ、それを弄りながら獣耳を伏せるヒョウガが気不味そうに言う。
だがしかし、アステリアはピタリと泣くのを止め、伏せっていた顔を少しだけ上げて、彼の方を見た。
「…… 他の本は、もう贈ってくれないの?」
(あれ?もしかして、内容はさて置き、童話自体は気に入ってくれた、のかな?心の中が『ひどい!』ばかりで、本心がさっぱりわからないや)
「他にも本はありますよ」と答え、獣耳をピンッと立てる。賭けではあったが、もし本の贈り物を気に入ってもらえたのなら、城内に巨大な図書室だって作ってあげたいくらいの気分だった。
「…… よ、読んであげてもいいわよ。既にあるのなら、もったいない、ですし。本に罪はありませんからね」
ぐすっぐすっと鼻をすすりながら、アステリアがぼそっとこぼす。素直に喜べない伴侶が可愛くって、ヒョウガまでが泣きたい気分になってきた。
「明日また別の本を持って来ましょうか。それとも明日は花束ですとか、靴だとか別の物の方が良かったですか?」
そう言って、テーブルに置かれたアステリアの手に、ヒョウガが自らの手を重ねる。表情はとても穏やかで、彼女は少しだけ胸の奥がキュンッとときめいてしまった。
(け、獣のくせにそんな顔して…… だ、騙されないわよ。穏やかな時こそ、貴方は危険に決まっているわ!贈り物をくれるのだって、この後はベッドに行こうと大騒ぎしてくるに違いないんだから)
不信感でたっぷりになりながらも、重なる手を振り解けない。男らしい硬い手はとても温かく、窓から入る日差しの効果もあってか、アステリの気持ちがちょっと解れてきた。
「本がいいわ、綺麗だし、長く楽しめるもの。百年も触れられなかったからか、物語に飢えていたみたいね」
だからちょっと泣いてしまったの。でもただそれだけよ?と言いたげな顔をして、アステリアが顔を上げて背筋を正す。そして、いつまで経っても『さぁベッドへ』とヒョウガが言い出さない事を不思議に思いながら、チラッと彼の方へ視線をやった。
「…… ヒョウガ?」
尻尾を自らの膝の上にのせたまま、テーブルに伏せった状態になったヒョウガが、寝息を立てていることに気が付いた。どうやた寝不足が続いていた事と、日差しの暖かさ、アステリアの手のぬくもりとが重なって眠くなってしまったのだろう。
「眠りの森の美男子、といったところかしらね」
そう言って、アステリアがクスクスと笑い、隣に寄り添う。『こんな日も悪くは無いかもしれないわね』と思いながら、彼女等は穏やかな午睡を共に楽しんだのであった。
【終わり】
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