9 / 88
第一章
【第八話】目覚めと逃走・前編(カーネ・談)
しおりを挟む
…… ——ゆっくり瞼を開けると、見た事の無い天井画が目に飛び込んできたせいで、私は呆然としてしまった。さっきまで真っ白な空間に居たはずなのに、ティアンが大騒ぎしていたのに…… 。なのに今は、くどいくらい華やかな金色の装飾と、とても綺麗な青空の絵画が広がっている。
周囲からは複数の人が居る気配を感じはするが、それ以外は比較的静かだ。肌に触れているのは真っ白なシーツと綺麗な掛布で確実に私の部屋ではない。視線をどこにやろうが見覚えのある物は何一つとして無く、やたらと豪華で、デザインセンスはちょっとどうかとは思うけど、細工は全て一流の品ばかりが並んでいるみたいだ。
(此処は何処だろう?こんなパターンは初めてだな。…… そもそも、さっきのは部屋でのやり取りは…… あぁそうか、夢…… かぁ)
『コレは、また死んだな』
馬車の中。突如御者が消え、制御不能になっていた馬の暴走のせいで半狂乱になったティアンに首を絞められた時はそう思ったけど、どうやらギリギリの所で生きていてたみたいだ。それ故、いつもみたいに死因を跳ね返す事も、時間の巻き戻りも起きなかったのだろう。…… となると、崖から落ちた馬車の周辺で私達が倒れていた所を誰かが救出してくれたといった所か。
頭を少し動かして人の気配がする方へ顔を向ける。すると、見覚えのある衣装を着た数人の女性達が、音を立てない様に気遣いながら部屋の中を片付けていた手を止めて、真顔を一転させて、ぱっと顔に安堵の色を浮かべた。
「——お、お嬢様ぁぁ!お目覚めになられたのですね?」
「早く!ヌスク様にお教えしないと。お嬢様がお目覚めになられたって!」
(ヌスク、叔父様?あ…… じゃあ此処は、シリウスの本邸なのか。なら、服に見覚えがあって当然だ)
ヌスク・シリウスは私の叔父で、八年前に行方不明となった父・クレヴォ・シリウスの弟である。“王冠”の聖痕持ちであった兄とは違い、ヌスク叔父様には聖痕が無かった。そのせいで冷遇されて育ったものの、運良く五大家の一つであるアリエス公爵家に婿入りしていたお方だ。結婚後は二人の子供に恵まれ、幸い一人は聖痕持ちだったのだが、ヌスク叔父様の扱いはアリエス公爵家に入った後も改善はされず、終始酷いものだったらしい。
八年前に突如クレヴォが行方不明となった事でシリウス家の当主が不在になった途端に離縁され、叔父は実家に追い払われた。それ以降、ずっと『当主代理』として実務の一切を押し付けられ、なのに実権は何も無く、ただひたすら馬車馬の如く働かされている不憫な人だ。
そんな生い立ちだからか、叔父様だけは私に優しかった。
周囲の目があるので表立って力を貸しては貰えなかったが、ずっと影ながら支えてくれた人だ。だから馬車の事故から生還した私の看病もする様に、侍女達へ頼んでくれたのかもしれない。
(事故に遭おうが、怪我をしていようが何だろうが、周囲の説得は大変だったろうに…… )
後できちんと感謝を伝えないと。
瞼をそっと閉じてそんな事を考えている間に、「はい!今すぐに伝えて来ます!」と返事をした年若い侍女が部屋を出て行き、他の二人は私の側に駆け寄って来た。
「お嬢様…… 良かったです」
「そうですよ、お嬢様がこのままだったらって、毎日不安で不安で…… 」
私の目覚めを喜び、嬉しそうに何度も何度も『お嬢様』と声を掛けられる。でも、嫌味ったらしい声以外で『お嬢様』と呼ばれる事に慣れていないから、どう返事をしていいのかわからない。
「お嬢様、体調はいかがですか?寒いとか、暑いとかはありませんか?」
「お腹が空いたのでは?一週間も目覚めず、皆が心配していたんですよ」
「そうですよ。ここずっと、悲しさのあまり屋敷中が静まり返っていたんですから」
二人から交互に、今にも泣き出しそうな声で色々訊かれたが、『大丈夫。心配しないで』とは返事が出来なかった。相手の名前すら知らない間柄なのに、どうしてこんなに親身になってくれるんだろうか?とばかり考えてしまう。だけど黙ったままでいるともっと心配されそうで、私は小さな声で「えっと、大丈夫、です…… 」と答えておいたが、出た声はかなり小さく、随分と掠れてもいた。
(馬車の中ではティアンに強く首を絞められたし、一週間ずっと眠っていたのなら当然か)
「まぁ、お声が…… 。すぐにお医者様もお呼びしますね」
「お水でも用意しましょうか?」
「…… そう、ですね。お願いします」と言って、ゆっくり頷く。優しくされ慣れていないからか、心が妙にむず痒い。
ゆっくり体を起こし、すぐに持って来てくれた水の入ったコップを受け取って礼を伝える。誰かに尽くしてもらうのは顔を火傷した時以来の事だから、『十三年ぶりくらいになるのか』と、しみじみしながら水を飲む。一口、二口飲むごとに体に沁みていく気がする。高価な氷まで沢山入っているし、今まで一度も飲んだ事もないくらいに綺麗な天然水だった。
(怪我の功名ってこの事なのかな?…… って、ちょっと違うか)
聖痕至上主義しか居ないこの家では、聖痕無しである私に教師なんかつけてくれるはずがなく、ほんの一部の心ある侍女がこっそりと勉強をみてくれたり、他はもう独学でしか知識を得られていないせいで自信が無い。そのせいで苦笑いをしていると、侍女の一人が「水のおかわりは如何ですか?」と訊いてきた。
空のコップを彼女に手渡し、美味しいけどそんなに飲める気がしないので、おかわりは断った。たかが水なのに、彼女達の気遣いと優しさで、これ以上飲んでは胸焼けがしそうだ。
「えっと…… 少し、一人にしてもらってもいいですか?」
「わかりました。では、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
「…… はい。ありがとうございます」
さも、すぐに休むつもりであると伝えるみたいに、彼女達の前で再びベッドできちんと横になる。すると、彼女達は優しい笑みを浮かべながらしながらこの部屋を早々に出て行ってくれた。
周囲からは複数の人が居る気配を感じはするが、それ以外は比較的静かだ。肌に触れているのは真っ白なシーツと綺麗な掛布で確実に私の部屋ではない。視線をどこにやろうが見覚えのある物は何一つとして無く、やたらと豪華で、デザインセンスはちょっとどうかとは思うけど、細工は全て一流の品ばかりが並んでいるみたいだ。
(此処は何処だろう?こんなパターンは初めてだな。…… そもそも、さっきのは部屋でのやり取りは…… あぁそうか、夢…… かぁ)
『コレは、また死んだな』
馬車の中。突如御者が消え、制御不能になっていた馬の暴走のせいで半狂乱になったティアンに首を絞められた時はそう思ったけど、どうやらギリギリの所で生きていてたみたいだ。それ故、いつもみたいに死因を跳ね返す事も、時間の巻き戻りも起きなかったのだろう。…… となると、崖から落ちた馬車の周辺で私達が倒れていた所を誰かが救出してくれたといった所か。
頭を少し動かして人の気配がする方へ顔を向ける。すると、見覚えのある衣装を着た数人の女性達が、音を立てない様に気遣いながら部屋の中を片付けていた手を止めて、真顔を一転させて、ぱっと顔に安堵の色を浮かべた。
「——お、お嬢様ぁぁ!お目覚めになられたのですね?」
「早く!ヌスク様にお教えしないと。お嬢様がお目覚めになられたって!」
(ヌスク、叔父様?あ…… じゃあ此処は、シリウスの本邸なのか。なら、服に見覚えがあって当然だ)
ヌスク・シリウスは私の叔父で、八年前に行方不明となった父・クレヴォ・シリウスの弟である。“王冠”の聖痕持ちであった兄とは違い、ヌスク叔父様には聖痕が無かった。そのせいで冷遇されて育ったものの、運良く五大家の一つであるアリエス公爵家に婿入りしていたお方だ。結婚後は二人の子供に恵まれ、幸い一人は聖痕持ちだったのだが、ヌスク叔父様の扱いはアリエス公爵家に入った後も改善はされず、終始酷いものだったらしい。
八年前に突如クレヴォが行方不明となった事でシリウス家の当主が不在になった途端に離縁され、叔父は実家に追い払われた。それ以降、ずっと『当主代理』として実務の一切を押し付けられ、なのに実権は何も無く、ただひたすら馬車馬の如く働かされている不憫な人だ。
そんな生い立ちだからか、叔父様だけは私に優しかった。
周囲の目があるので表立って力を貸しては貰えなかったが、ずっと影ながら支えてくれた人だ。だから馬車の事故から生還した私の看病もする様に、侍女達へ頼んでくれたのかもしれない。
(事故に遭おうが、怪我をしていようが何だろうが、周囲の説得は大変だったろうに…… )
後できちんと感謝を伝えないと。
瞼をそっと閉じてそんな事を考えている間に、「はい!今すぐに伝えて来ます!」と返事をした年若い侍女が部屋を出て行き、他の二人は私の側に駆け寄って来た。
「お嬢様…… 良かったです」
「そうですよ、お嬢様がこのままだったらって、毎日不安で不安で…… 」
私の目覚めを喜び、嬉しそうに何度も何度も『お嬢様』と声を掛けられる。でも、嫌味ったらしい声以外で『お嬢様』と呼ばれる事に慣れていないから、どう返事をしていいのかわからない。
「お嬢様、体調はいかがですか?寒いとか、暑いとかはありませんか?」
「お腹が空いたのでは?一週間も目覚めず、皆が心配していたんですよ」
「そうですよ。ここずっと、悲しさのあまり屋敷中が静まり返っていたんですから」
二人から交互に、今にも泣き出しそうな声で色々訊かれたが、『大丈夫。心配しないで』とは返事が出来なかった。相手の名前すら知らない間柄なのに、どうしてこんなに親身になってくれるんだろうか?とばかり考えてしまう。だけど黙ったままでいるともっと心配されそうで、私は小さな声で「えっと、大丈夫、です…… 」と答えておいたが、出た声はかなり小さく、随分と掠れてもいた。
(馬車の中ではティアンに強く首を絞められたし、一週間ずっと眠っていたのなら当然か)
「まぁ、お声が…… 。すぐにお医者様もお呼びしますね」
「お水でも用意しましょうか?」
「…… そう、ですね。お願いします」と言って、ゆっくり頷く。優しくされ慣れていないからか、心が妙にむず痒い。
ゆっくり体を起こし、すぐに持って来てくれた水の入ったコップを受け取って礼を伝える。誰かに尽くしてもらうのは顔を火傷した時以来の事だから、『十三年ぶりくらいになるのか』と、しみじみしながら水を飲む。一口、二口飲むごとに体に沁みていく気がする。高価な氷まで沢山入っているし、今まで一度も飲んだ事もないくらいに綺麗な天然水だった。
(怪我の功名ってこの事なのかな?…… って、ちょっと違うか)
聖痕至上主義しか居ないこの家では、聖痕無しである私に教師なんかつけてくれるはずがなく、ほんの一部の心ある侍女がこっそりと勉強をみてくれたり、他はもう独学でしか知識を得られていないせいで自信が無い。そのせいで苦笑いをしていると、侍女の一人が「水のおかわりは如何ですか?」と訊いてきた。
空のコップを彼女に手渡し、美味しいけどそんなに飲める気がしないので、おかわりは断った。たかが水なのに、彼女達の気遣いと優しさで、これ以上飲んでは胸焼けがしそうだ。
「えっと…… 少し、一人にしてもらってもいいですか?」
「わかりました。では、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
「…… はい。ありがとうございます」
さも、すぐに休むつもりであると伝えるみたいに、彼女達の前で再びベッドできちんと横になる。すると、彼女達は優しい笑みを浮かべながらしながらこの部屋を早々に出て行ってくれた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる