ヤンデレ公爵様は死に戻り令嬢に愛されたい

月咲やまな

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【最終章・こぼれ話】

新婚旅行・前編(カーネ・談)

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 交際が始まり、押し切られるような形で、しかもたったの半月でシスさんと入籍する事になってしまった。どうやら近いうちに披露宴も此処の庭で行うつもりらしい。周到に用意されていき、準備に手出しをする隙も無く、そして滞りなく結婚届は提出された。

 これにより私達は『雇用主と雇われ掃除婦』から『夫婦』となった。

 実感は正直何も無い。だって私達は、交際関係になった後でも、手を繋いだ事がある程度の仲のままだったのだから。貴族同士であればそれは当たり前の事で、初めての口付けは結婚式で、肌を重ねるのは初夜でという流れだそうだが、庶民の方々は『もうちょっと色々と緩い』と商店街に買い物で出掛けた時に少し耳齧ってしまった。シスさんの所作はとても綺麗だが確か庶民の出のはずなので、もしかすると私に合わせてくれているのかもしれない。

「この後はもう、シェアハウスに戻りますか?」
 届出をし終わり、建物を出てすぐシスさんに問い掛けた。披露宴は来週だし、今日のお仕事は休みなのでこの後は特にどうするつもりでいるのかを聞かされてはいなかったから。
「ちょっと泊まりで、僕と遠出しませんか?」
「遠出ですか?…… 何処まで、でしょう」と軽く首を傾げる。するとシスさんは私の両手を取り、「——行ってからのお楽しみで」と眩しい笑顔を振り撒いた。眼鏡越しに見る彼の背後にはずっと様々な花が咲き乱れ、幸せそのものといった感じだ。調べてはいないが、きっとどの花の花言葉も愛情溢れたものだろう。

「じゃあ荷物の用意とかをしないと、ですね」
 遠出で、しかも泊まりとなると馬車での移動になるはずだ。ならば色々用意しないと。
「いえ、このまま向かいましょう。現地に色々とあるので心配はいりませんよ」
 平日でも人々で賑わう中で手を引かれ、私がそのままついて行くと、シスさんは大きな建物の裏手に入って行った。以前の経験からか狭い路地は正直まだ少し怖い。——だが、そう思ったのも束の間。私達の足元に魔法陣が急に現れ、光ったと思った次の瞬間、私達は二人揃ってソレイユ王国国内では見かけた事の無い木々に囲まれた場所に移動していた。無詠唱のままシスさんが転移魔法を使った様だ。
「…… 此処は?」
 不思議と何処か懐かしさのある森の中を少し歩くと、急に目の前が開け、巨大な建造物が現れた。太陽の光を受けてキラキラと輝くその建物の外観はどうやら全てクリスタルで出来ているみたいだ。一部にアイビーが巻き付き、その様相がシェアハウスと少し似ている。

「…… 此処は、太陽神・テラアディアと月の女神・ルナディアの二柱を祀る、大陸で唯一の神殿です。廃墟になってもう随分と経ちますが、中は綺麗なままですよ」

「聞いた事があります。聖女・カルムと大神官・ナハトのお二人が一緒に建てたんですよね」
「そうです。初めての共同作業で此処を建て、お互いの種族の親交の起点として当時はとても賑やかな神殿だったんですよ。この周囲にも家々が立ち並んでいって——」
 まるで当時を知っているかのような言葉が並ぶ。その事を不思議に思いながらも黙って聞いていると、「…… ちょっと話し過ぎましたね」と苦笑いを浮かべた。そういえば、『ルーナ族達は過去世を覚えているなどと出任せを言う者が多い』と随分昔に聞いた事があった気がする。

(もしかすると、あの話は出任せなんじゃなくって、その当時本当にシスさんは此処で生きていた経験があるのかもしれないな。…… 前にしてくれた『大事な人』の話も、もしかするとその当時の経験だったりとか?)

 ——そうは思ったが、大事な思い出に浸るような眼差しで二柱を祀る神殿を見上げるシスさんに、何かを訊く事は出来なかった。


       ◇


「とても綺麗ですね」
 透明感のある荘厳な外観もすごかったが、中はもっと素晴らしかった。廃墟だなんて言葉は到底似合わない。内部には私達以外には誰も人は居なくてシンと静まり返ってはいるが、今でも充分綺麗だ。華美な派手さはなく、神聖な空間は歩いているだけで心が満たされていく。まるで居るべき場所に帰って来たみたいな、そんな不思議な心境だ。
「そうですよね」
「でも、どうして此処に?…… そもそも、勝手に入っても大丈夫なんですか?」
「問題はありません。ちゃんと許可は得ていますから。此処は現在ルーナ族の領地で、現在の大神官が管理者なんです。その者の許可さえ得られれば、誰でも見学が出来る場所なんですよ」

(まさか、そんなすごいヒトとも知り合いなのだろうか?)

 ルーナ族の“大神官”といえば、私達にとっての“聖女”と同じ立ち位置のはずだ。そんな雲の上の存在みたいな相手とまで交流があるだなんてちっとも知らなかった。結婚したのに、夫婦なのに、知らない事の方がまだずっと多いんだなと思うと、ちょっと悲しくなった。
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