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最終章
51 始まりの村
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Side 平凡な少年
僕は幼馴染のユノのように美しい姿形でもなく、魔力がある訳でもない。どこにでもいる平々凡々な人間だ。
この世界には魔力を持つ者は僅かな数しか居ない。それが貴族や王族に多いのはその血を継続させる為に仲良くお手々繋いで奴等だけで子作りに励んだ結果だ。希に平民にも魔力を持つ人間も産まれるがそんな奴は地方には留まらず、栄えた都へ行きギルドに登録して活躍したり、癒しの力のある者は治療院等をして生活をしている。
つまり、僕が生きる地方の村には奇跡のような魔法が存在しない。だから簡単に人は死ぬのだ。
病に倒れた母のように。
この世界には魔法があるのに母は何故死にゆくのか。
自分に魔力がないからだ。魔力を持つ者達が地方には居ないからだ。魔力がないと救えない。せめて早く大人になってもっと働きたい。寝る前にいつも考えた。目覚めた時大人になっていたらどんなにいいだろうと。
――もう何千回と読んだ本を見ていると病床の母がクスリと笑った。
「母さん、気分はどう?」
いつものように顔色が悪いからいいはずはないのに聞いてしまう。
「大分いいよ。ごめんね。いつも同じ本を楽しそうに見てるからつい笑っちゃって。」
「これしかないんだから仕方ないだろ。」
僕は口を尖らせて母さんを見る。
「ふふふ。」
幸せそうな母の顔を見て安心する。良かった、今日も母さんは生きている。毎日が不安と隣り合わせの生活も1年が過ぎようとしていた。1年前のあの日、母さんはお腹を押えうずくまり動けなくなった。次の日は回復したが、少しずつ動けなくなる日が多くなり今はもう起き上がる事が出来ない。
魔力さえあれば。お伽の国の話のように魔法を使って母さんを治すことが出来るのに。
「今日はユノが芋をくれたからトロトロに煮たよ。母さんも食べて。」
「まぁ、ユノが?生活が苦しいだろうに、ありがたい。母さんはいいからハルがお食べ。」
母さんはほとんど物を食べることが出来なくなっていた。なのにお腹は妊娠しているかのように膨れている。
「少しでも食べないと……。」
僕の訴えに母さんは痩せこけた顔で困ったように微笑んだだけだった。
父さんはいつ帰って来るのか、うちにとっては高額なポーションを買う為に出稼ぎに行って半年、農作業しかした事のない男に職は見つかったのだろうか?
はたして母さんの病気はポーションで治るのだろうか。日々弱っていく母を見ていると不安はつのってしまう。
そしてその日はおとずれた。
いつものように小さな畑を耕して実りの少ない野菜を収穫し家へ戻ると母は目を覚まさなかった。しかし辛うじて息はあった。
ああ、今日なのか、とうとうきてしまったのか。体が震え絶望に支配され絞り出すような声で「誰か助けて、母さんを助けて下さい。」ボロボロと溢れ出した涙を止めることもせず、ただ助けを呼んだ。
「――んな、泣くなよ。助けてやるから。」
その声が頭の奥底から聞こえると、僕は傍観者になった。体を他の誰かに乗っ取られたような、でも、不思議と恐怖や悲しみはなく、ただ母を助けて欲しかった。
「何処の誰だか知らないけれど、母さんをお願いします。」
天使でも悪魔でもどちらでもいい、僕の平凡な体でよかったらいくらでもあげるから……。
「任せろ。」
そうして頼もしい声に安心して僕は眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――にぎにぎ。
小さな青白い手を握ったり、開いたりしてみる。どうやら俺はこの少年の体を乗っ取ったらしい。
え、何か申し訳ないな。すぐに返したいけど、何か頼まれたし、それをしてからでも遅くはないだろう。
確か、この少年の母親を助けたらいいのか?そんなの俺の万能ヒールで――
「ヒール。……?ヒール。……?ヒィーールッ。……。」
何も起きない。起きる気もしない。
どどどどーすんの?目の前には瀕死の母親が、助けるって言ったのに。ごめん無理だったわ~テヘペロが許されるのは会計くらいだろ!!
口に指を四本入れアワアワと取り乱していると、そこは天才僕ちん思い出したよね。俺って前前世はなんの職業だったよ?
そうだよ、俺を誰だと思ってんだ?
――タラリと汗がこめかみから頬を伝う。もう猶予はない、この何もない世界で今から行う事は荒唐無稽な事だとは分かっていた。
だが、救いたい。俺を信じてくれた少年の為にも俺は救いたいんだ。
そして俺は少年の母親を切り刻んだ。
……結論から言えば奇跡的に母親は助かった。
マジか……凄すぎるな俺。子宮は専門外なのにな。
少年よ母親は助かったぞ?
シーーーン。
あれ以来音沙汰のない少年。取り合えず俺は10才のガキになりきって生活するしかなかった。もう、二度目だからなれたもんよ。
そして死にかけていた母親が元気になった理由が俺のお陰だと村人達に知れ渡り、俺は10才にしてこの村の医者になった。お代は食べ物だ。この少年の父親が一向に帰って来ないからありがたい。
とはいっても前世で言うところの町医者程度だけどな。前世で外科の神様と言われていた俺にしてはもどかしい。だがこの村の生存率は画期的に上がったから町医者万歳といえる。
「ハル、ミョルバさんが頭怪我したって!運ばれて来たぁ‼」
「あー、血出てるか?」
「んーダラダラ。」
少年の幼馴染みのユノがうげぇと言う顔をして伝えてくる。
「ダラダラか……先回せ。」
忙しくなった俺はいつも助けてくれるユノを看護助手に雇った。最近では噂を聞き付けた遠くの村からも患者がやって来ていて忙しいのだ。しかしこの世界には医者はいないから俺は魔法で治している事にしている。みんなヒールなんて受けた事のない奴等ばかりだから俺の処置を魔法だと思っている。
「こんな安いお金で治してくれるなんて、ハル様は神様みたいだねぇ。」
神様か。
神様と言われた事で心に暗い影を落とす。いつもは考える暇もないくらいに忙しいので思い出すこともない。
エン、今も俺の体の欠片をフンフンして探してんのか?俺、いつ元の姿に戻れるんだ?このままこの少年の人生を奪うわけにもいかねぇだろう?
「ハル?」
顔をあげるとユノと目があう。ユノのアイスブルーの瞳に写るのは青白い肌に黒髪の少年。少年は最初の人生の時の俺に近い容姿をしていた。
――ラインハルトはもう何処にもいない。
「疲れたのか?働き過ぎだもんなぁ。休みをとらないとハルが倒れるぞ?」
心配そうに俺を覗き込む幼なじみのユノは少年と母親が困っていた時、親の目を盗んで食べ物を分けてくれるような優しい奴だ。
「病に休みはない。」
素っ気なく言い放つと次の患者に取り掛かりながら他の事を思う。
最後に見たアレンの怒りと悲しみに染まった赤い瞳を思い出すとどうしようもなく胸が痛む。あいつは今どうしている?悲しみと怒りから解放されて幸せに暮らしていて欲しいと切に願った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こっこんなもの魔法である筈がない!」
痛みと驚きと恐怖に顔を歪めた男が俺を見る。
汗が背筋を伝った。俺がやっているのは医療行為に毛が生えた程度のものだが、この世界では人を切り刻むなど攻撃以外ではあり得ない。ヒールやポーションがあるのだから体に傷をつけて体を治す必要なんてないのだ。……こんな辺境の地でなければな。
この世界の殆どの人間は知らない。ポーションや魔法がない土地があることを。その土地では簡単に人が死んでいくことを。
男はこの地を出て中央でそこそこ成功した為、故郷の家族に楽をさせたいと呼び寄せる為に帰って来る途中魔物に襲われここへ運び込まれて来た。
男は治療院が出来た事を知り安心した事だろう。まさか痛みを伴う治療をされるとは思いもよらなかったに違いない。
針で刺す度に叫び暴れるから中々進まない。いっそのこと気絶したらいいのに。健康で若い奴には勿体なくて使用しなかったが、麻酔効果のある貴重な薬草を使うしかないようだ。
ユノに薬草を煎じるように言い、縫いかけの傷を素早く縫合する。
「ぐぁっ!」
大の男が情けねぇ。まだここの老人の方が我慢強いぞ。
叫び続ける男を呆れて見ていると後ろのカーテンが開いた。ユノが薬草を煎じてきたのだろうと思ってた。
「……ハル?お前、何をしているんだ?」
ギクリとして振り返るとそこには少年の父親であろう男とそして――
――そして、アレンが居た。
ああ!アレン。
ここは『ライトオブホープ2』始まりの村。
知らなかったんだ。忘れていたんだ。
全てはここから始まるというのに……
僕は幼馴染のユノのように美しい姿形でもなく、魔力がある訳でもない。どこにでもいる平々凡々な人間だ。
この世界には魔力を持つ者は僅かな数しか居ない。それが貴族や王族に多いのはその血を継続させる為に仲良くお手々繋いで奴等だけで子作りに励んだ結果だ。希に平民にも魔力を持つ人間も産まれるがそんな奴は地方には留まらず、栄えた都へ行きギルドに登録して活躍したり、癒しの力のある者は治療院等をして生活をしている。
つまり、僕が生きる地方の村には奇跡のような魔法が存在しない。だから簡単に人は死ぬのだ。
病に倒れた母のように。
この世界には魔法があるのに母は何故死にゆくのか。
自分に魔力がないからだ。魔力を持つ者達が地方には居ないからだ。魔力がないと救えない。せめて早く大人になってもっと働きたい。寝る前にいつも考えた。目覚めた時大人になっていたらどんなにいいだろうと。
――もう何千回と読んだ本を見ていると病床の母がクスリと笑った。
「母さん、気分はどう?」
いつものように顔色が悪いからいいはずはないのに聞いてしまう。
「大分いいよ。ごめんね。いつも同じ本を楽しそうに見てるからつい笑っちゃって。」
「これしかないんだから仕方ないだろ。」
僕は口を尖らせて母さんを見る。
「ふふふ。」
幸せそうな母の顔を見て安心する。良かった、今日も母さんは生きている。毎日が不安と隣り合わせの生活も1年が過ぎようとしていた。1年前のあの日、母さんはお腹を押えうずくまり動けなくなった。次の日は回復したが、少しずつ動けなくなる日が多くなり今はもう起き上がる事が出来ない。
魔力さえあれば。お伽の国の話のように魔法を使って母さんを治すことが出来るのに。
「今日はユノが芋をくれたからトロトロに煮たよ。母さんも食べて。」
「まぁ、ユノが?生活が苦しいだろうに、ありがたい。母さんはいいからハルがお食べ。」
母さんはほとんど物を食べることが出来なくなっていた。なのにお腹は妊娠しているかのように膨れている。
「少しでも食べないと……。」
僕の訴えに母さんは痩せこけた顔で困ったように微笑んだだけだった。
父さんはいつ帰って来るのか、うちにとっては高額なポーションを買う為に出稼ぎに行って半年、農作業しかした事のない男に職は見つかったのだろうか?
はたして母さんの病気はポーションで治るのだろうか。日々弱っていく母を見ていると不安はつのってしまう。
そしてその日はおとずれた。
いつものように小さな畑を耕して実りの少ない野菜を収穫し家へ戻ると母は目を覚まさなかった。しかし辛うじて息はあった。
ああ、今日なのか、とうとうきてしまったのか。体が震え絶望に支配され絞り出すような声で「誰か助けて、母さんを助けて下さい。」ボロボロと溢れ出した涙を止めることもせず、ただ助けを呼んだ。
「――んな、泣くなよ。助けてやるから。」
その声が頭の奥底から聞こえると、僕は傍観者になった。体を他の誰かに乗っ取られたような、でも、不思議と恐怖や悲しみはなく、ただ母を助けて欲しかった。
「何処の誰だか知らないけれど、母さんをお願いします。」
天使でも悪魔でもどちらでもいい、僕の平凡な体でよかったらいくらでもあげるから……。
「任せろ。」
そうして頼もしい声に安心して僕は眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――にぎにぎ。
小さな青白い手を握ったり、開いたりしてみる。どうやら俺はこの少年の体を乗っ取ったらしい。
え、何か申し訳ないな。すぐに返したいけど、何か頼まれたし、それをしてからでも遅くはないだろう。
確か、この少年の母親を助けたらいいのか?そんなの俺の万能ヒールで――
「ヒール。……?ヒール。……?ヒィーールッ。……。」
何も起きない。起きる気もしない。
どどどどーすんの?目の前には瀕死の母親が、助けるって言ったのに。ごめん無理だったわ~テヘペロが許されるのは会計くらいだろ!!
口に指を四本入れアワアワと取り乱していると、そこは天才僕ちん思い出したよね。俺って前前世はなんの職業だったよ?
そうだよ、俺を誰だと思ってんだ?
――タラリと汗がこめかみから頬を伝う。もう猶予はない、この何もない世界で今から行う事は荒唐無稽な事だとは分かっていた。
だが、救いたい。俺を信じてくれた少年の為にも俺は救いたいんだ。
そして俺は少年の母親を切り刻んだ。
……結論から言えば奇跡的に母親は助かった。
マジか……凄すぎるな俺。子宮は専門外なのにな。
少年よ母親は助かったぞ?
シーーーン。
あれ以来音沙汰のない少年。取り合えず俺は10才のガキになりきって生活するしかなかった。もう、二度目だからなれたもんよ。
そして死にかけていた母親が元気になった理由が俺のお陰だと村人達に知れ渡り、俺は10才にしてこの村の医者になった。お代は食べ物だ。この少年の父親が一向に帰って来ないからありがたい。
とはいっても前世で言うところの町医者程度だけどな。前世で外科の神様と言われていた俺にしてはもどかしい。だがこの村の生存率は画期的に上がったから町医者万歳といえる。
「ハル、ミョルバさんが頭怪我したって!運ばれて来たぁ‼」
「あー、血出てるか?」
「んーダラダラ。」
少年の幼馴染みのユノがうげぇと言う顔をして伝えてくる。
「ダラダラか……先回せ。」
忙しくなった俺はいつも助けてくれるユノを看護助手に雇った。最近では噂を聞き付けた遠くの村からも患者がやって来ていて忙しいのだ。しかしこの世界には医者はいないから俺は魔法で治している事にしている。みんなヒールなんて受けた事のない奴等ばかりだから俺の処置を魔法だと思っている。
「こんな安いお金で治してくれるなんて、ハル様は神様みたいだねぇ。」
神様か。
神様と言われた事で心に暗い影を落とす。いつもは考える暇もないくらいに忙しいので思い出すこともない。
エン、今も俺の体の欠片をフンフンして探してんのか?俺、いつ元の姿に戻れるんだ?このままこの少年の人生を奪うわけにもいかねぇだろう?
「ハル?」
顔をあげるとユノと目があう。ユノのアイスブルーの瞳に写るのは青白い肌に黒髪の少年。少年は最初の人生の時の俺に近い容姿をしていた。
――ラインハルトはもう何処にもいない。
「疲れたのか?働き過ぎだもんなぁ。休みをとらないとハルが倒れるぞ?」
心配そうに俺を覗き込む幼なじみのユノは少年と母親が困っていた時、親の目を盗んで食べ物を分けてくれるような優しい奴だ。
「病に休みはない。」
素っ気なく言い放つと次の患者に取り掛かりながら他の事を思う。
最後に見たアレンの怒りと悲しみに染まった赤い瞳を思い出すとどうしようもなく胸が痛む。あいつは今どうしている?悲しみと怒りから解放されて幸せに暮らしていて欲しいと切に願った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こっこんなもの魔法である筈がない!」
痛みと驚きと恐怖に顔を歪めた男が俺を見る。
汗が背筋を伝った。俺がやっているのは医療行為に毛が生えた程度のものだが、この世界では人を切り刻むなど攻撃以外ではあり得ない。ヒールやポーションがあるのだから体に傷をつけて体を治す必要なんてないのだ。……こんな辺境の地でなければな。
この世界の殆どの人間は知らない。ポーションや魔法がない土地があることを。その土地では簡単に人が死んでいくことを。
男はこの地を出て中央でそこそこ成功した為、故郷の家族に楽をさせたいと呼び寄せる為に帰って来る途中魔物に襲われここへ運び込まれて来た。
男は治療院が出来た事を知り安心した事だろう。まさか痛みを伴う治療をされるとは思いもよらなかったに違いない。
針で刺す度に叫び暴れるから中々進まない。いっそのこと気絶したらいいのに。健康で若い奴には勿体なくて使用しなかったが、麻酔効果のある貴重な薬草を使うしかないようだ。
ユノに薬草を煎じるように言い、縫いかけの傷を素早く縫合する。
「ぐぁっ!」
大の男が情けねぇ。まだここの老人の方が我慢強いぞ。
叫び続ける男を呆れて見ていると後ろのカーテンが開いた。ユノが薬草を煎じてきたのだろうと思ってた。
「……ハル?お前、何をしているんだ?」
ギクリとして振り返るとそこには少年の父親であろう男とそして――
――そして、アレンが居た。
ああ!アレン。
ここは『ライトオブホープ2』始まりの村。
知らなかったんだ。忘れていたんだ。
全てはここから始まるというのに……
応援ありがとうございます!
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