毒にも薬にもなりたくないっ

新堂茶美

文字の大きさ
38 / 71

ある少女の願いと結末3.

しおりを挟む
「だぅぁ」

ふと胸元を引っ張られ、抱いたペルシュを見下ろす。

目の合ったペルシュが余りに朗らかに笑うものだから、思わず頬を寄せ、その顔を涙で汚してしまう。



「この子に同じ悲しみは背負わせないわ」

ペルシュの耳元で小さく呟いた。


ペルシュの指がケイリアの唇を掴み、固まっていた領主夫人が慌てて引き剥がす。

「戻りましょう」

ケイリアの瞳はよく晴れた空を映しキラリと光る、涙は既に止まっていた。


父が戻り、私は共に城へと帰った。
兄や姉、母の賞賛の言葉に胸を抉られながらも、なんとか平常心で対応した。
時間が空く度にペルシュと交流することで、その胸の傷を埋めた。

それから約ひと月後の事だった。


「隣国で谷に落ち、瘴気を纏った竜車のワイバーンが逃げて海を渡ったと報告が入った」

父が朝食の席で、困り顔の隣国の使者から受け取った書簡を読み終えて言った。
兄はすぐに「影響は?」と問いかける。

「まだ分からない。この書簡も急ぎだろうが4日はかかったはずだ。だがこの時期の風は暖かく穏やかだ、予測はできる。早くて明日、遅くても3日以内だろうな。沿岸部に知らせを。結界も強化しよう。集会は後だ。緊急連絡を魔法石で伝えてくれ。」



「隣国の竜車なら、手懐けられた家畜同然。果物も好む野生とは違い、肉が餌と聞きます。羊や牛、動物の多い森は早めに対策しましょう」

姉の言葉に、母や父が頷く。

「ペルシュは……桃の木は大丈夫でしょうか」

思わずケイリアが不安を漏らした。

「あぁ、大丈夫だよ。あそこは内陸の方だ。狂ったワイバーンは何度か来たことがあるが、全て海辺で力尽きている。桃の木まで辿り着いてもきっと大事はないさ」


ドクドクと叩く胸を必死に押さえつけるケイリアは父の言葉すら響いてこなかった。

「すぐにペルシュの元へ向かいます。ですので本日の予定は全てキャンセルでお願い致します」

「ダメだッッ!!」

怒鳴る父をゆっくりと見て口を拭ったケイリアは、そそくさと朝食の席を立った。
今まで見たことのない無表情のケイリアに兄達は声をかけることが出来なかった。


(はやく、はやく行かなきゃ……)

対策なんて分からない。だけどペルシュが怖い思いをするところなど見たくはない。魔力がないとわかった時、絶望で前が見えない私の足元を照らしてくれたのはペルシュ。縋れるのはペルシュだけ。ペルシュが居なくなったら私は……

3日かかる道を宿に泊まることもせず、馬だけを変えてもらい1日半でたどり着いたケイリアは門番に急いで声をかける。

「殿下、前触れもなく……如何なさいましたか?」

慌てた領主が走ってこちらへ向かってきた。

「ペルシュは? ペルシュは無事?」

まだワイバーンは辿り着いてもいないと言うのにケイリアは不安に呑まれ、すでに我を忘れていた。
ケイリアの迫る形相にたじろいだ領主の横から夫人が声をかける。

「ケイリア殿下、ペルシュはここに。静かに眠っておりますよ」

夫人の胸元で眠るペルシュの寝顔を見たケイリアはほっと息を吐くとその場に崩れ落ちた。

「殿下っ!!」

慌てて領主が使用人を呼び、2人がかりで支えられたケイリアは屋敷内へ通された。



「連絡は届いてはいますが……」

「私は見たことありませんし、内陸までは結界もあるので侵入できないと聞きました」


父が話したことを領主夫妻に告げるが、ピンと来ていない様子だ。

「怖かったの……ペルシュが居なくなるのは……私を置いて……」

「殿下……」

夫人は魔力について話していた時のことを伝えていないようで領主はケイリアの要領を得ない言葉にポカンとしていた。


「少しの間、ここにお邪魔してもいいかしら」

「え、ええ……それは構いませんが陛下はなんと?」

「ありがとう。いいのよ。私が伝えるわ」


夫人が夕食に呼びに行く頃にはケイリアは客間で深い眠りについていた。

そっと閉め、その扉に寄り掛かった夫人は「このままでいいのかしら……」と誰もいない空間に問いかけた。

夜になり、時折ケイリアが目覚めては何度もペルシュの顔を覗きに部屋へ行くため、夫人が気を遣いペルシュの眠る部屋に移動した。ケイリアは夜泣きするペルシュを喜んであやした。
乳母も夫人も最初はあたふたとしていたが、「よく眠れたから元気なのよ!」と譲らないケイリアに遂には諦めた。


ゆりかごに寄りかかるように寝ていたケイリアは扉の向こうの忙しない足音で目を覚ます。

「いたた……どうしたのかしら……」

重い腰を上げ、誰かが掛けてくれたであろう肩のストールをペルシュにそっと掛ける。

「あぅぅ」

「寝言かしら……ふふっ……大丈夫よ」

ゆっくりと客間から外の廊下を覗くと、ちょうど乳母が目の前に居た。

「ケイリア王女殿下!」

「しっ! ペルシュが起きちゃうわ! どうしたの?」


乳母が言うには、こちらに父と兄が向かっているとのことだった。
ワイバーンが……と思ったが内陸には来ないと聞いたし結界もある。
もしかして、私を連れ戻しに……? ワイバーンのことは、もう落ち着いたの? 思考を巡らせるが父と兄が2人で来るなんて、何も思い付かない。


「殿下、おはようございます。陛下が御見えに……一緒に参りましょう?」

声をかけた夫人が、不安なケイリアの気持ちを察したのか少し屈んで手を差し出した。

「……ペルシュも……ペルシュも一緒にいい?」

「……はい」
微笑んだ夫人を見て、くるりと部屋に戻ったケイリアはペルシュをストールで包み、戻ってきた。



ペルシュを抱えたケイリアを見た父と兄は、とても驚いていた。あの朝に見た血の通わない人形のような表情はまるで嘘だったかのように、ペルシュに微笑んでいるのだ。ひとまず安心した兄が先に声を発した。

「ケイリアから少し聞いたかもしれないがワイバーンが昨晩、沿岸沿い上空で確認された。民はもちろん田畑や家畜も無事だ。だが、隣の領主が持つ個人貯蔵庫がちょうど結界の外で……羽を休めているのを発見したんだが……そこを狙って深手を負わせることは出来たが逃がしてしまった……」

「そうでしたか……。あの、陛下、お怪我などは……顔色が……」

先程からケイリアとペルシュを交互にチラチラと見ていた陛下が領主に声をかけられる。

「あ、あぁ。大丈夫だ。リア……お前は大丈夫か?」

「はい、父様。大丈夫ですよ。……同じ……この子は私が守りますから」

「ッ……そうか……彼奴は貯蔵庫で積んであったオレンジを箱の中身、全て平らげていた。瘴気に侵されると無尽蔵に食べ尽くすがあれは贅沢だ。それに鼻も利く。この地の結界は……」

「父上、しっかりしてください。君達もわかっているんだろう? 桃の香りが強いんだ。必ず香りに釣られてやってくるよ。来月は桃の収穫もある。必ず守ろう」



兄は領主夫妻に指示を出し、父が魔法石で情報を地図に起こしている。

「……私のせいね」


騒がしい執務室では誰の耳にも届かなかった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~

ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。 そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。 自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。 マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――   ※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。    ※第二章まで完結してます。現在、最終章をゆっくり更新中です。書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m    ※小説家になろう様にも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

【完結】ゲーム開始は自由の時! 乙女ゲーム? いいえ。ここは農業系ゲームの世界ですよ?

キーノ
ファンタジー
 私はゲームの世界に転生したようです。主人公なのですが、前世の記憶が戻ったら、なんという不遇な状況。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか。  ある日、我が家に勝手に住み着いた平民の少女が私に罵声を浴びせて来ました。乙女ゲーム? ヒロイン? 訳が解りません。ここはファーミングゲームの世界ですよ?  自称妹の事は無視していたら、今度は食事に毒を盛られる始末。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか?  私はどんな辛いことも頑張って乗り越えて、ゲーム開始を楽しみにいたしますわ! ※紹介文と本編は微妙に違います。 完結いたしました。 感想うけつけています。 4月4日、誤字修正しました。

処理中です...