毒にも薬にもなりたくないっ

新堂茶美

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ある少女の願いと結末3.

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「だぅぁ」

ふと胸元を引っ張られ、抱いたペルシュを見下ろす。

目の合ったペルシュが余りに朗らかに笑うものだから、思わず頬を寄せ、その顔を涙で汚してしまう。



「この子に同じ悲しみは背負わせないわ」

ペルシュの耳元で小さく呟いた。


ペルシュの指がケイリアの唇を掴み、固まっていた領主夫人が慌てて引き剥がす。

「戻りましょう」

ケイリアの瞳はよく晴れた空を映しキラリと光る、涙は既に止まっていた。


父が戻り、私は共に城へと帰った。
兄や姉、母の賞賛の言葉に胸を抉られながらも、なんとか平常心で対応した。
時間が空く度にペルシュと交流することで、その胸の傷を埋めた。

それから約ひと月後の事だった。


「隣国で谷に落ち、瘴気を纏った竜車のワイバーンが逃げて海を渡ったと報告が入った」

父が朝食の席で、困り顔の隣国の使者から受け取った書簡を読み終えて言った。
兄はすぐに「影響は?」と問いかける。

「まだ分からない。この書簡も急ぎだろうが4日はかかったはずだ。だがこの時期の風は暖かく穏やかだ、予測はできる。早くて明日、遅くても3日以内だろうな。沿岸部に知らせを。結界も強化しよう。集会は後だ。緊急連絡を魔法石で伝えてくれ。」



「隣国の竜車なら、手懐けられた家畜同然。果物も好む野生とは違い、肉が餌と聞きます。羊や牛、動物の多い森は早めに対策しましょう」

姉の言葉に、母や父が頷く。

「ペルシュは……桃の木は大丈夫でしょうか」

思わずケイリアが不安を漏らした。

「あぁ、大丈夫だよ。あそこは内陸の方だ。狂ったワイバーンは何度か来たことがあるが、全て海辺で力尽きている。桃の木まで辿り着いてもきっと大事はないさ」


ドクドクと叩く胸を必死に押さえつけるケイリアは父の言葉すら響いてこなかった。

「すぐにペルシュの元へ向かいます。ですので本日の予定は全てキャンセルでお願い致します」

「ダメだッッ!!」

怒鳴る父をゆっくりと見て口を拭ったケイリアは、そそくさと朝食の席を立った。
今まで見たことのない無表情のケイリアに兄達は声をかけることが出来なかった。


(はやく、はやく行かなきゃ……)

対策なんて分からない。だけどペルシュが怖い思いをするところなど見たくはない。魔力がないとわかった時、絶望で前が見えない私の足元を照らしてくれたのはペルシュ。縋れるのはペルシュだけ。ペルシュが居なくなったら私は……

3日かかる道を宿に泊まることもせず、馬だけを変えてもらい1日半でたどり着いたケイリアは門番に急いで声をかける。

「殿下、前触れもなく……如何なさいましたか?」

慌てた領主が走ってこちらへ向かってきた。

「ペルシュは? ペルシュは無事?」

まだワイバーンは辿り着いてもいないと言うのにケイリアは不安に呑まれ、すでに我を忘れていた。
ケイリアの迫る形相にたじろいだ領主の横から夫人が声をかける。

「ケイリア殿下、ペルシュはここに。静かに眠っておりますよ」

夫人の胸元で眠るペルシュの寝顔を見たケイリアはほっと息を吐くとその場に崩れ落ちた。

「殿下っ!!」

慌てて領主が使用人を呼び、2人がかりで支えられたケイリアは屋敷内へ通された。



「連絡は届いてはいますが……」

「私は見たことありませんし、内陸までは結界もあるので侵入できないと聞きました」


父が話したことを領主夫妻に告げるが、ピンと来ていない様子だ。

「怖かったの……ペルシュが居なくなるのは……私を置いて……」

「殿下……」

夫人は魔力について話していた時のことを伝えていないようで領主はケイリアの要領を得ない言葉にポカンとしていた。


「少しの間、ここにお邪魔してもいいかしら」

「え、ええ……それは構いませんが陛下はなんと?」

「ありがとう。いいのよ。私が伝えるわ」


夫人が夕食に呼びに行く頃にはケイリアは客間で深い眠りについていた。

そっと閉め、その扉に寄り掛かった夫人は「このままでいいのかしら……」と誰もいない空間に問いかけた。

夜になり、時折ケイリアが目覚めては何度もペルシュの顔を覗きに部屋へ行くため、夫人が気を遣いペルシュの眠る部屋に移動した。ケイリアは夜泣きするペルシュを喜んであやした。
乳母も夫人も最初はあたふたとしていたが、「よく眠れたから元気なのよ!」と譲らないケイリアに遂には諦めた。


ゆりかごに寄りかかるように寝ていたケイリアは扉の向こうの忙しない足音で目を覚ます。

「いたた……どうしたのかしら……」

重い腰を上げ、誰かが掛けてくれたであろう肩のストールをペルシュにそっと掛ける。

「あぅぅ」

「寝言かしら……ふふっ……大丈夫よ」

ゆっくりと客間から外の廊下を覗くと、ちょうど乳母が目の前に居た。

「ケイリア王女殿下!」

「しっ! ペルシュが起きちゃうわ! どうしたの?」


乳母が言うには、こちらに父と兄が向かっているとのことだった。
ワイバーンが……と思ったが内陸には来ないと聞いたし結界もある。
もしかして、私を連れ戻しに……? ワイバーンのことは、もう落ち着いたの? 思考を巡らせるが父と兄が2人で来るなんて、何も思い付かない。


「殿下、おはようございます。陛下が御見えに……一緒に参りましょう?」

声をかけた夫人が、不安なケイリアの気持ちを察したのか少し屈んで手を差し出した。

「……ペルシュも……ペルシュも一緒にいい?」

「……はい」
微笑んだ夫人を見て、くるりと部屋に戻ったケイリアはペルシュをストールで包み、戻ってきた。



ペルシュを抱えたケイリアを見た父と兄は、とても驚いていた。あの朝に見た血の通わない人形のような表情はまるで嘘だったかのように、ペルシュに微笑んでいるのだ。ひとまず安心した兄が先に声を発した。

「ケイリアから少し聞いたかもしれないがワイバーンが昨晩、沿岸沿い上空で確認された。民はもちろん田畑や家畜も無事だ。だが、隣の領主が持つ個人貯蔵庫がちょうど結界の外で……羽を休めているのを発見したんだが……そこを狙って深手を負わせることは出来たが逃がしてしまった……」

「そうでしたか……。あの、陛下、お怪我などは……顔色が……」

先程からケイリアとペルシュを交互にチラチラと見ていた陛下が領主に声をかけられる。

「あ、あぁ。大丈夫だ。リア……お前は大丈夫か?」

「はい、父様。大丈夫ですよ。……同じ……この子は私が守りますから」

「ッ……そうか……彼奴は貯蔵庫で積んであったオレンジを箱の中身、全て平らげていた。瘴気に侵されると無尽蔵に食べ尽くすがあれは贅沢だ。それに鼻も利く。この地の結界は……」

「父上、しっかりしてください。君達もわかっているんだろう? 桃の香りが強いんだ。必ず香りに釣られてやってくるよ。来月は桃の収穫もある。必ず守ろう」



兄は領主夫妻に指示を出し、父が魔法石で情報を地図に起こしている。

「……私のせいね」


騒がしい執務室では誰の耳にも届かなかった。


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