毒にも薬にもなりたくないっ

新堂茶美

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◇◇◇

風狼が暴走だと!? 瘴気にやられたか?……いや、まさか……


窓ガラスが飛び散り、ガラス片が散乱する廊下。風魔術で飛んだ木々が突き刺さり、荒れ果てた室内。孤児院の建物が崩れることはなかったが、裸足の子は多い。

司祭は見つかっていない子供の名前を呼びながら、注意深くひとつひとつ室内を覗いていく。
ゆっくりと裏の勝手口の扉を開けると、屋根が弾け飛んだ離れの小さな家が目に入った。子供達の学び舎だ。

司祭はその扉の前で震える4人の小さな影を見つけた。

「良かったっ。君たち、早く避難しなさいっ」

「せんせい!!」「先生!まだアルが!!」「アルーッ!!」

司祭を見つけた子供達は口々に話しかける。
アルは孤児院にいる盲目の少年のことだ。

「しっ! 森に向かって叫んだら駄目だよ。風狼に気づかれたらいけない。君達はあの明かりを辿っていきなさい。食堂のお姉さんが待っているから…急いでっ!孤児院の中は危ないから入ってはダメだよ」

年長の少年が零れそうな涙を必死に堪えている。

「俺がしっかり見てなかったから……ごめん」

「いいえ、よくここまで3人を守ってくれましたね。とても勇敢です。さっ、ここからは先生の番です。避難場所までは遠いですから。3人をしっかりと……頼みましたよ!!」

笑顔で送り出し、子供達が明かりの方へ消えるのを確認すると破壊された屋内へと顔を向ける。

扉を開けると、月明かりが見える玄関だったであろう場所に入り、倒れた大きな柱や家財を脇に退かして歩いていく。やがて、風でなぎ倒された本棚からたくさんの本が散らばり落ちている部屋を見つけた。その隅に、膝を折って座る少年を見つけた。

その少年が居る場所の天井には辛うじて屋根が残っているが、折れた骨組みが今にも崩れ落ちそうになっていた。足元の瓦礫や本を魔術で浮かせ、脇に寄せ、道を作りながら慎重に少年へと歩み寄る。

「アル。見つけましたよ。先生の声が聞こえますか」

「! せんせっ……僕、ごめんなさい。皆の手を離しちゃって……それで……」

「もう大丈夫です。そこでじっとしていてくださいね」

1歩ずつ、慎重にアルへと歩み寄る。
あと1歩でアルの頭へ手が届くと言う時。

支えを失い、耐え切れなかった天井の柱がミシミシと音を立てた。
司祭は咄嗟にアルへと駆け寄り、覆い被さった。

「せんせ……?」

「あ、あぁ。大丈夫ですよ。怪我はないですか?」

座り込むアルの腕や膝には赤い飛沫が飛んでいる。

折れた柱は司祭の背中を貫通し地面に食い込んでいた。胸元から伸びる柱が心臓の真下を掠め、その部分がどくどくと騒いでいる。

(これはまずいな……どうするか)

司祭の正体は真祖の吸血鬼だった。訳あって人に紛れて暮らしているのだが……。人間ならば即死である傷もこうして平静を装ってはいられた。けれど…

(血が止まらない…)


背中から貫通した柱を司祭が軽く指で撫でる。

パキパキ、パキ。

音を立て、黄金色に輝き出した柱は傷口と同化するように石化を始めた。

(柱を動かせば子供ごと潰れてしまう……それよりも…)

床に零れた血液は元には戻せない。犬歯が口内から唇を擽るように伸びた気がした。

純真な人の血を啜れば、忽ち回復はするが……目の前の子供は、アルは死んでしまうだろう。

腕の中、膝を抱えて座っている少年を見下ろす。
口の中が渇き、喉が潤いを求めるようにゴクリと音が鳴る。

身動きはできないが、響く痛みを声に出さないようにアルの腰に片腕を回し、もう片手をアルの両足先に添えて、その腰を出口の方向へ回転させた。
チラリと見えてしまった少年の白い首元に手が伸びそうになる。

(ああ、だめだ……)

「はやく、逃げなさい……足先の向けた方向に、まっすぐだ……」

「でもっ……せんせいは?」

「大丈夫……ほらっ! すぐ後ろにいるから慎重に進みなさい。止まる事は許しませんよ?」

「せんせいは? せんせいは歩けるの? 声が苦しそうだよっ……」

「大丈夫ですからっ! ほら早く行きなさいっ!!!」

思わず荒らげた声にビクリと震えた小さな体が頭を上げる。

目の前の少年が盲目だと分かっていても、血を欲して紅くなった瞳を晒したくはなくて教会の白いマントを目深く被った。

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