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あなたが見失っているもの

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 途端に腕を引かれて唇が重なる。

「っ、ンっ…」

 ゾワゾワする感覚のせいで、思考が上手く働かない。
 嫌なのに、力の入らない手では彼を押しのけることもできず。

「ぁ…」

 首筋で感じた熱い吐息に睫毛を震わせた。
 いつでも無理やり征服できるのに、メテオシュタインはそれをしない。
 アステルがチョーカーをつけるのを静かに待つし、窓の外、遠くに見える豊かな緑に憧憬を秘めた目を向けていたりする。

 (薄情なくせに)

 よくわからない人だ。



 あるとき、チョーカーを嵌めた喉をコクリと動かし荒い息でいるアステルに、メテオシュタインが言った。

「お前たちは、争いもなく毎日同じような生活をして、退屈しないのか」
「……しない。季節は移ろうし、まったく同じ日なんてないから」

 ふと、ロイヤルパープルの瞳が寄越される。

「なんのために生きている」

 あの日、星霊を倒したあとに砂埃の向こうに現れた、彼の姿が思い浮かぶ。

『生きていると感じられる』

 彼は自らの命を危険に晒して、それを求めているのだろうか。
 アステルは窓の外へ目をやって、呟くように言う。

「そんなの、いちいち考えてなかった。……こうなって、今は、星を救うために…」

 毎日、同じような日々ではあったが、森を守りたいという思いが強く、生きる理由や目的を考えるほど心に余裕がなかった。メテオシュタインを見ていると、それは幸福なことのように感じられる。

「あんたは何のために生きる」

 彼に目を戻すと、珍しくも睫毛を伏せて、何やら考え込んでいる。

「……それを見つけるためかもな」

 なんとも、もんやりした声だった。



「討伐班ツェルブ、出動!」

 昼間は星霊を倒し、日が落ちるとメテオシュタインのゲームに付き合う。昼間の彼は積極的に任務を遂行する頼れる隊長。夜の彼は飢えた獣だ。

 (昼間もそうか)

 熱心に役目を果たす理由は、心を満たす何かを求めるが故なのだ。

「アステル」

 求められ、瞳を閉じて唇を重ね合わせる。
 猶予期間がそろそろ終わる。
 このまま消滅してしまうのか。
 この星は、あの森やみんなは――。

『私の心を奪ってみるか』

 メテオシュタインはゲームのように言っていたが、心を奪われたいと願う気持ちは本物に思える。
 それは、満たされたいからかもしれない。

「っん」

 もう、唾液を飲ませられるのも慣れてしまった。決して心地良いものではないけれど、エネルギーを侵される危険がないのは分かっているため、動じることもない。

 (かなしい人だな)

 どちらが上とか、奪うとか征服するとか――そんな事しか考えられないなんて。それでいて、心はきっとアステルたちと同じなのだ。だから、それを渇望する。

「あんたが欲しいのは、生きる理由なんかじゃない」
 
 アステルは彼の白い頬に手を伸ばし、長い横髪をそっと退かしてロイヤルパープルの瞳をじっと見詰めた。そうしてかすかに眉尻を下げて、迷子の子どもに話しかけるように紡ぐ。

「あんたが探してるのは、……見失っているのは、愛だよ」
「……愛?」

 虚をつかれたような表情に、アステルは愛しささえ覚えてしまう。

「それを持たないものなんて存在しない。あんたたちは、すっかり忘れているようだけど」

 彼らは、血も涙もない存在などではなかった。
 ただ単に、忘れているだけなのだ。
 だから心が空虚で、それを埋めてくれるものを求めて彷徨っている。

「どんなに探し回っても、見つかりやしない。それは、あんたの中にあるんだ」

 アステルは彼に乗り上げるようにして、大きな身体を包みこむように抱きしめる。

「あんたにだって、最初からあるんだよ」

 この星が消滅しても、メテオシュタインは空虚を抱えて彷徨い続けるのだろうか。
 たくさんのものを奪い、征服して、それでも満たされない心に苦しみながら、永遠に――。
 それはなんだか、消えゆく自分たちよりよっぽど哀しい。
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