愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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 キアランに口付けの意図を聞けず数日が経った。
 今度こそ捕まえてやろうと三日に一回は副文官室で夜を過ごす。前回は運良く侵入者が丸腰で逃げられただけだったが、次は護身用に武器を携帯しているかもしれない。キアランにけがをさせる可能性もあることから一人で過ごした。
 月夜の中ふと思い出すのは薄いが柔らかだった唇の感覚。嫌ではなかったのだ。むしろもっと口付けしていたいとさえ……無意識に自身の唇に触れそうになるたびに首を振ってやめた。
 徹夜であると体が辛いため待ち伏せは床に座って浅い眠りをとる。しかし泥棒らしき男は現れなかった。そろそろ夜警の頻度を下げようかとアレックスは考えた。これだけ熱心に泥棒のことを追いかけるのはキスのことを考えないようにするためだった。
 キアランの態度は以前と全く変わらなかった。まるで夢の出来事と思うくらいに。キアランにとって挨拶程度のものだったのかもしれない。
 しかし、アレックスにとっては違った。
 
「今日はこのくらいにしておきましょう」
 
 他の文官が持ってきた書類を眺め難しい顔をしていたキアランが顔を上げアレックスに声をかけた。なぜか中段の棚を開き黒塗りの四角い箱をよく観察してこちらに聞こえるか聞こえないかくらいの大きさでため息をついた。何かミスでもしてしまったのだろうか。
 
「何か起きたんですか」
「アレックスさん、前見せた印鑑がありますよね。どうやら壊れてしまったらしくて。見てください」
 
 いらなくなった雑紙に朱肉をつけた印鑑が押される。角の一片が欠けているのと青いキラキラとした破片が混じっていた。
 
「この印鑑、壊れやすくて少しの衝撃でこんなふうにひび割れてしまうんです。ですから印を押した書類に訂正印をする必要があります。その作業は明日するとして……」

 印鑑を持って指先でくるくると回している。アレックスはひび割れた先の綺麗な色に惹かれた。深い青。黒塗りの印鑑はそんな素顔を残していたのか。

「その印鑑って捨てるんですか?」
「ええ。悪用されてはいけませんので粉々に砕いてから」
「じゃあ俺が貰ってもいいですか?半分に割って使えなくなるようにして。絶対に売りませんので」
「いいですよ。宝石が好きなのですね」
「ええまぁ……」

 キアランの持つ瞳の色に似ているそれになぜだか惹かれた。それを本人に言うには気恥ずかしくてできないけれど。
 帰ったら持ち運びしやすいように加工してみようか。お守りにしたらキアランが常に守ってくれそうだ。

「さて、気を取り直してまずは新しい印鑑を作らなければなりません。今日の業務は進められませんね……」
 
 それなら仕事が終わってラッキーだと思ったが、それだけでは終わらない。新しい印鑑が必要だからだ。
 さっそく王侯貴族御用達の印鑑屋を呼び出し文官室で見てもらう。印鑑屋は割れた印鑑を見ると渋い顔でこう言われた。
 
「ん~……これは……特殊な素材でできておりますので、材料調達も合わせると早くても6日はかかるでしょう」
「6日ですか。仕方がありません、ではお願いしますね」
「かしこまりました」
 
 すぐに渡すことができないと印鑑屋は恐縮して帰っていった。6日も仕事ができないとなれば、キアランはかなり困るだろう。どうするのかと静かに彼の後ろに立っていたところ、腕組みして何やら考えていたと思ったら引き出しから取り出した紙に何やら書き出した。
 
「……今から6日間、有給ということにしましょうか」
 
 書いていた書類は有給届だったらしい。休暇関連の文官の部屋に行き早々許可を取ると、帰宅のために荷物をまとめる。帰りましょうと言われアレックスも机の上に広げていた本をしまう。
 
「いえね、常々上からは休みを取れとしつこく言われていたので長期の休みもあっさり取れました」
 
 一人暮らしだと休んでもやることはないですし。と続け、王宮の門へと向かう。こんな昼間に部屋から出たらまたあのいけすかない貴族に絡まれるかと思ったが、気持ち悪いくらい静かだ。なんとなく嵐の前触れではとアレックスは不安に思ってしまう。
 とりあえず思いがけない休みができたので筋トレや部屋を綺麗にしたり、妹のところへ行って仕事を手伝うのもいいかもしれない。
 
「アレックスさん、そこでお願いがまたあるのですが……パスポートは持っていますか? 泳ぐことはできますか?」
「何だって?」

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