27 / 38
2
2
しおりを挟む「君には私の息子、ロドルフォが治める領地の護衛をしてもらいたい」
「いきなり仕事の誘いですか」
「そうだ。私のことは知っているだろう、憲兵のアレックス」
唐突に仕事の斡旋をされて言葉を失う。だが恋人であるキアランの父親だ、失礼な態度はとれないと座り直した。
「はい、キアランさんの父上だと。お義父さん、領地の護衛について詳しくお聞きしても良いですか」
「私は君の父親では無いが」
「……失礼致しましたフィンレー前当主」
「それで、もちろんノーとは言わないだろうな」
アレックスの話を聞いていないのか、仕事の詳細を教える前に答えを迫ってくる。このように話し合いできなくて元領主として大丈夫だったのか不安だ。それに続けた言葉はまるで断られると思っていない口ぶりだ。
それはそうか、憲兵にとって貴族から雇われるのは考えうる中で最もな出世の一つ。給与が段違いであるし、何より社会的な信用が大きい。転職をするときもこの経歴があればすぐに職が決まると言われている。
しかし、アレックスがキアランと出会う前であったら面倒だと断っていたかもしれない。憲兵という仕事が好きだし食うのに困らないし、余計な責任を負いたくなかったし。今は、どうだろうか……
「……考えさせてください」
「すぐに決められないのか──では一週間までここにいるから決意が固まったらここにくるといい。断ったら……二度とキアランとは会えないと思いなさい」
脅しとも取れる言葉をアレックスに呟き、テーブルに二人分の支払いを置いてウドリゴは去っていった。完全に姿が見えなくなった所でアレックスはため息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。
「怖すぎだろ」
激怒した上司の憲兵長も怖いは怖いが、ウドリゴはウドリゴで静かな圧力を感じて対面すると胃が痛くなる怖さだ。驚かせる怖さとじわじわと近づいてくる怖さの違いのような。
アレックスに対してだけかもしれないが、このプレッシャーを常時キアランが受けていたとしたら、ストレスで気がおかしくなってしまうだろう。よくあんなにまともに育ってくれた。時折変態的なことで饒舌になるのは玉に瑕だが。
それにしても、自分の気持ちの変化には驚くばかりだった。前の自分だったら、絶対に断っていた。しかし、今は迷っている。
仮にアレックスがフィンレー家が治める領地にキアランと共に向かうことになれば、キアランと朝も昼も夜も公私共に居られる。もちろん身分差に関しても、同じ領地で暮らしていて自然と愛が芽生えたという筋書きであれば自然に領地の人々にも父親にも受け入れてもらえる気がした。アレックス自身が頑張って実力を示せばウドリゴだって二人の交際に首を縦に振るはずだと思う。
キアランも王宮内の煩わしい官僚同士の実権争いに巻き込まれずに済む。いいことばかりだと思う。
アレックスはキアランに相応しい人物になりたい。隣に立っていても彼を支えられるような立場になりたい。
しかし、アレックスはキアランの元護衛として、憲兵として仕事に誇りを持っている。キアランだって努力して今の副文官の地位についた。いきなりやめろと言われても戸惑うだけだろう。
迷うこと。これは自身が弱くなったということなのだろうか……悪いことなのだろうか。アレックスにはわからない。
「こんばんは。今日はお食事でしたよね?」
「あ、ああ……悪い、考え事していて」
「構いませんよ。行きたいお店があるのでそちらでよろしいでしょうか」
「もちろん」
キアランと待ち合わせて食事をした後も、心ここに在らずで集中することが難しかった。何時間考えてもそれは変わらず、気がつくと外は照明をつけたほうがいいくらいに暗くなっていた。
そこまで長考したことははじめてだったかもしれない。農村から王都に上京するときでさえ、こんなに悩まなかったはずだ。村に働く場所が無ければ王都に出稼ぎに行けば良いと。妹は近所の親の親友に頼んで働き口を探し、憲兵の仕事に就くことができた。あの時は勢いだけで全てがうまく行くと思っていた。
けれども今は、視野が広くなって色々考えてしまうのだ。キアランとより幸せになれる道はないかと。
美味しい食事を終えると、一息つく。アレックスの口がゆっくりと開いた。
「キアランさんは、もしもだけどよ、実家に帰れるってなったらどうする」
アレックスの歯切れの悪い言葉に、悩んでいた原因はそれなのだと察したキアランは居住まいを正して答える。
「絶対に帰りません。今の私の一番価値のある場所は、貴方の近くと王都ですから」
「そうか……」
「アレックスさん、どうしたんですか?私のところに父が来ました。もしかしてアレックスさんのところにも……」
「ああ、なんかうちに来ないかって誘われてさ。あんたが帰りたいっていうんなら一緒に……」
「アレックスさんは?アレックスさんはどうしたいんですか?」
「俺は……この仕事続けたい」
「そうでしょう?なら父の話は終わりです」
片手を上げ店員を呼び出し、二人分の皿を下げてもらうようウエイターに頼んでキアランは話をあっさりとまとめた。
本当にそれでいいのか。キアランとその家族が没交渉のまま再び王都と領地に分かれていいのかと迷う。だがうまく言葉にする術がなくて、拳を握った。
1
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
屈強な男が借金のカタに後宮に入れられたら
信号六
BL
後宮のどの美女にも美少年にも手を出さなかった美青年王アズと、その対策にダメ元で連れてこられた屈強男性妃イルドルの短いお話です。屈強男性受け!以前Twitterで載せた作品の短編小説版です。
(ムーンライトノベルズ、pixivにも載せています)
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
忘れられない君の香
秋月真鳥
BL
バルテル侯爵家の後継者アレクシスは、オメガなのに成人男性の平均身長より頭一つ大きくて筋骨隆々としてごつくて厳つくてでかい。
両親は政略結婚で、アレクシスは愛というものを信じていない。
母が亡くなり、父が借金を作って出奔した後、アレクシスは借金を返すために大金持ちのハインケス子爵家の三男、ヴォルフラムと契約結婚をする。
アレクシスには十一年前に一度だけ出会った初恋の少女がいたのだが、ヴォルフラムは初恋の少女と同じ香りを漂わせていて、契約、政略結婚なのにアレクシスに誠実に優しくしてくる。
最初は頑なだったアレクシスもヴォルフラムの優しさに心溶かされて……。
政略結婚から始まるオメガバース。
受けがでかくてごついです!
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも掲載しています。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
嫌いなアイツと一緒に○○しないと出れない部屋に閉じ込められたのだが?!
海野(サブ)
BL
騎士の【ライアン】は指名手配されていた男が作り出した魔術にで作り出した○○しないと出れない部屋に自分が嫌っている【シリウス】と一緒に閉じ込められた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる