愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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「君には私の息子、ロドルフォが治める領地の護衛をしてもらいたい」
「いきなり仕事の誘いですか」
「そうだ。私のことは知っているだろう、憲兵のアレックス」

 唐突に仕事の斡旋をされて言葉を失う。だが恋人であるキアランの父親だ、失礼な態度はとれないと座り直した。

「はい、キアランさんの父上だと。お義父さん、領地の護衛について詳しくお聞きしても良いですか」
「私は君の父親では無いが」
「……失礼致しましたフィンレー前当主」
「それで、もちろんノーとは言わないだろうな」

 アレックスの話を聞いていないのか、仕事の詳細を教える前に答えを迫ってくる。このように話し合いできなくて元領主として大丈夫だったのか不安だ。それに続けた言葉はまるで断られると思っていない口ぶりだ。
 それはそうか、憲兵にとって貴族から雇われるのは考えうる中で最もな出世の一つ。給与が段違いであるし、何より社会的な信用が大きい。転職をするときもこの経歴があればすぐに職が決まると言われている。
 しかし、アレックスがキアランと出会う前であったら面倒だと断っていたかもしれない。憲兵という仕事が好きだし食うのに困らないし、余計な責任を負いたくなかったし。今は、どうだろうか……

「……考えさせてください」
「すぐに決められないのか──では一週間までここにいるから決意が固まったらここにくるといい。断ったら……二度とキアランとは会えないと思いなさい」

 脅しとも取れる言葉をアレックスに呟き、テーブルに二人分の支払いを置いてウドリゴは去っていった。完全に姿が見えなくなった所でアレックスはため息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。

「怖すぎだろ」

 激怒した上司の憲兵長も怖いは怖いが、ウドリゴはウドリゴで静かな圧力を感じて対面すると胃が痛くなる怖さだ。驚かせる怖さとじわじわと近づいてくる怖さの違いのような。
 アレックスに対してだけかもしれないが、このプレッシャーを常時キアランが受けていたとしたら、ストレスで気がおかしくなってしまうだろう。よくあんなにまともに育ってくれた。時折変態的なことで饒舌になるのは玉に瑕だが。
 それにしても、自分の気持ちの変化には驚くばかりだった。前の自分だったら、絶対に断っていた。しかし、今は迷っている。
 仮にアレックスがフィンレー家が治める領地にキアランと共に向かうことになれば、キアランと朝も昼も夜も公私共に居られる。もちろん身分差に関しても、同じ領地で暮らしていて自然と愛が芽生えたという筋書きであれば自然に領地の人々にも父親にも受け入れてもらえる気がした。アレックス自身が頑張って実力を示せばウドリゴだって二人の交際に首を縦に振るはずだと思う。
 キアランも王宮内の煩わしい官僚同士の実権争いに巻き込まれずに済む。いいことばかりだと思う。
 アレックスはキアランに相応しい人物になりたい。隣に立っていても彼を支えられるような立場になりたい。
 しかし、アレックスはキアランの元護衛として、憲兵として仕事に誇りを持っている。キアランだって努力して今の副文官の地位についた。いきなりやめろと言われても戸惑うだけだろう。
 迷うこと。これは自身が弱くなったということなのだろうか……悪いことなのだろうか。アレックスにはわからない。

「こんばんは。今日はお食事でしたよね?」
「あ、ああ……悪い、考え事していて」
「構いませんよ。行きたいお店があるのでそちらでよろしいでしょうか」
「もちろん」

 キアランと待ち合わせて食事をした後も、心ここに在らずで集中することが難しかった。何時間考えてもそれは変わらず、気がつくと外は照明をつけたほうがいいくらいに暗くなっていた。
 そこまで長考したことははじめてだったかもしれない。農村から王都に上京するときでさえ、こんなに悩まなかったはずだ。村に働く場所が無ければ王都に出稼ぎに行けば良いと。妹は近所の親の親友に頼んで働き口を探し、憲兵の仕事に就くことができた。あの時は勢いだけで全てがうまく行くと思っていた。
 けれども今は、視野が広くなって色々考えてしまうのだ。キアランとより幸せになれる道はないかと。
 美味しい食事を終えると、一息つく。アレックスの口がゆっくりと開いた。

「キアランさんは、もしもだけどよ、実家に帰れるってなったらどうする」

 アレックスの歯切れの悪い言葉に、悩んでいた原因はそれなのだと察したキアランは居住まいを正して答える。

「絶対に帰りません。今の私の一番価値のある場所は、貴方の近くと王都ここですから」
「そうか……」
「アレックスさん、どうしたんですか?私のところに父が来ました。もしかしてアレックスさんのところにも……」
「ああ、なんかうちに来ないかって誘われてさ。あんたが帰りたいっていうんなら一緒に……」
「アレックスさんは?アレックスさんはどうしたいんですか?」
「俺は……この仕事続けたい」
「そうでしょう?なら父の話は終わりです」

 片手を上げ店員を呼び出し、二人分の皿を下げてもらうようウエイターに頼んでキアランは話をあっさりとまとめた。
本当にそれでいいのか。キアランとその家族が没交渉のまま再び王都と領地に分かれていいのかと迷う。だがうまく言葉にする術がなくて、拳を握った。

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