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しおりを挟むアレックスは元来、おせっかいだ。そのおかげで本来なら民に疎まれやすい憲兵の職も対して頼られ親しまれている。そのおせっかい心が今回はキアランとその家族に向かっていた。
「……こんにちは。こんなところに何か用事でも?」
キアランの父親と再会したのはパトロールのコースになっている路地裏だった。貴族によくある身につけている豪奢な衣服ではないが、質の良い生地でしたてられた服。そのうえ立ち振る舞いは庶民が通る薄暗い道で存在が浮いていた。
なぜこの人がこんなところに、と訝しんだが後ろから男が何人か近づいてきて察する。大方尾行されて一人でいるところを狙われたのだろう。
「答えは出せたか」
「……いいえ」
「一週間も猶予を与えたはずだろう」
鈍いアレックスでもわかる圧力をかける口調。キアランは常にこんな言葉に晒されていたのか。そばにいたら胃が痛くなりそうな人物だ、と同情するしかない。ウドリゴに返事を急かされてはいたが、もう少し時間は必要だ。自分の将来に関わることなのだ。キアランとアレックスの今後の将来が変わる判断。どちらが最良の未来へと続くのか、アレックスはまだ判断できていない。
「決められないならば、我が領地に来て判断するといい。フィンレー家に仕えるのが最良だとわかるだろう」
「急ですよ。キアランにだって気持ちを聞かないと」
「あれの考えは必要ない。もうわかっている……私はほしいものを手に入れるためには妥協しない質でな」
ウドリゴが自然な動作で指を鳴らした途端、黒のジャケットをきた男達が迫ってくる。フィンレー家の護衛が事前に指示を受けたのだろう。
「はじめからそれが目的か……」
「失礼な。君が素直に来ると言っていればこんな手荒な真似はせずに済んだ」
退路を塞がれ逃げられないよう密着される。キアラン以外の男に擦り寄られても全然嬉しくない。むしろ自分の自由を奪われるのならば嫌悪感しかない。
抵抗しようとするも腹の前で手錠をかけられて手の自由さえ奪われてしまった。両肘を二人の男達に捕まれ、真っ黒い馬車に乗り込む。黒いレースのカーテンのせいで詳しくはどこを走っているのかはわからないが、行き先はフィンレー家の領地なのはわかった。以前話してくれた北の方だろうか。
今逃げてもアレックスの職場や自宅を監視され仕事の介入を受ける可能性がある。ウドリゴ本人を納得させなければ意味がない。
「君には餌となってもらう」
「餌?キアランを釣る?」
「そうだが」
「そんなにあっさり喋っていいんですか?」
アレックスは背もたれに体を預けてだらしなく座った。アレックス自身に危害を加えないというなら萎縮していても損だと思ったからだ。
「全く……こんな無礼な男、キアランはどこに魅力を感じるのか」
「そんなのは本人に直接聞いてください」
口喧嘩のような応酬を馬車内でして、時々降りて護衛に囲まれながら食事と睡眠(当たり前だがウドリゴとは別の部屋だ)をして翌日。
「到着した。着いてきなさい」
馬車が止まった屋敷は、キアランの幼馴染であるルークの屋敷に勝るとも劣らない大きさと広さだった。周りを森に囲まれ都市から奥まったところにある。ルークの屋敷が豪奢であるのに対し、フィンレー家の屋敷はシンプルでありながらも洗練されたデザインであった。
部屋に案内され、扉を閉められた。ご丁寧に鍵もかかっている。これはキアランが来るまで軟禁コースか。なら部屋の中で自由にさせてもらおう。
幸い風呂とトイレは部屋の中で完結する物だった。家具や調度品の質の高さから判断できる。誰かの部屋だったのか、使い込まれたような塗料の色の薄さや、家具の癖みたいなものがあったが。
罪人や使用人が使う部屋などのもっと待遇の悪い場所へ連れてかれるかと思っていたが、意外だった。
とりあえず部屋の探索を終えたため窓の外を見る。2階に位置するこの部屋は遠くの街の方まで見えた。おそらくフィンレー家が管理する地区の一つだろう。真下を見ると使用人や庭師が忙しなく動いていた。
食事は一日3食。パンとスープだけでなく肉料理、野菜料理もありコースに近い。全て平らげ小休憩してアレックスは運動をし始めた。時間もあるし、体がなまってしまいそうだったからだ。
まずはゆっくりと準備体操。固まった体をほぐして、次はその場足踏み。厚手の絨毯の上でも自身の体重で床が揺れるがかまわない。そんなことで床が抜けるほどやわな屋敷じゃないだろう。
そうして本番の筋力トレーニング。腹筋背筋腕立て伏せに加えて最近はスクワットと逆さ腕立て伏せを加えている。じんわりと汗が滲んでシャワーを浴びたくなった時に強めのノックが響いた。
「アレックスさん。少々宜しいでしょうか」
硬い表情のアレックスと同じ年齢だが隙のないバトラー服に身を包んだグレイヘアの男性が扉を半分開けた。取り繕う必要もないと思って半裸のまま現れる。執事はアレックスの姿を見て一瞬目を見開いたが、気を取り直して表情を固くしながら主人の言伝を伝える。
「部屋の中でお好きに過ごしてよろしいのですが、限度を考えてくださると幸いです」
「ああそうでしたか、ごめんなさい」
「申し訳ありません、お客人に」
「いえ」
注意されて昼食の時間まで大人しくしていたが、やっぱりやることがなくて筋トレを再開した。護衛の仕事で部屋の中で長時間待機することを覚えたのだがそれは数ヶ月間という短い時間だ。長年憲兵として日々動き回っていたアレックスにとって、退屈は何より辛いものなのだ。それならトレーニングして疲労を溜めた方がまだましだ。
「いい加減にしなさい。いい歳をした大人が一回言われたことを聞けないのかね」
強めのノックが4回、返事をするとウドリゴが飛び込んできた。
「申し訳ありません、この部屋暇を潰すものがなくて」
「なら食事なり本なりチェスなり」
「無理です。俺がそんな高尚な趣味を理解できるとお思いですか?身体を動かすしか能の無い男ですよ」
「……ふざけているのか」
「ふざけてませんが?真剣に言ってます」
人に物を頼むのだというのにアレックスは睨みつける形でウドリゴを見つめる。やけになってる自覚はある。
それに、本当に耐えられなくなったら逃げ出してキアランと共に駆け落ちでもしてやろうかなんて考えていたり。自分は故郷に帰って農業をやってもいいし、独身で大きな買い物もしていなかったから多少の蓄えでキアランを養う事も難しくは無いと思う。世の中なるようになるのだ。
「……まったく……どうしたら止めることができる?」
眉間の皺が深くなったところに親指と人差し指を添え揉んでいる。相当普段から会話するタイプとは違うからか苦戦しているようだ。
アレックスだって自分とは違うブルジョワで知的な職業──例えばキアランなど──と話すときはなるべく相手の望む態度で接してはいるが、ウドリゴは素の素、かなり粗雑に接しているからだろう。チャンスだ。
「それでは一つ、頼みを聞いてくれませんか?」
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