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何も乗っていない
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ギャビーが亡くなって以来、聖歌隊のみんなは街へ行きたがらなくなった。それもそうだ。みんなギャビーを可愛がっていた。彼の存在はこの悲しい教会で唯一の光だったのだ。
ギャビーを宿舎の裏に埋めて、小さな墓標が立てられた。みんな部屋に戻ろうとしない。今は無理に歌の練習や労働をさせない方がいい。他所から来る仕事は全部断ってある。
私は1人教会へ戻って、いつも通りピアノの前に座った。ギャビーと一番最初に覚えた曲の楽譜を出して、弾く。空の聖堂に伴奏が響いた。歌う者はもういないのだ。
そこへ、グランツェロがやってきた。早足の革靴の音を聞いて、私は演奏をやめずに奴の方を見る。酷く怒っている。それもそうだ。奴はしばらく私の後ろで演奏を眺めたが、私が弾き終わらないので痺れを切らして私の肩を掴んで自分の方へ向けた。
「こんな時にも練習か?」
「…いや、悲しみを落ち着けようと思って」
「そうか。あんたには何も出来ないもんな。僕がいなきゃこの教会はおしまいだ」
「…その通りだ」
「それにギャビーがいなきゃ金も稼げない!あんたの娯楽じゃ金にならないよ」
「そうだ」
奴は苛立ちを隠そうともしない。頭をぐしゃぐしゃに掻いてその場でぐるりと歩くとまた怒鳴る。
「何でもかんでも同意すりゃいいってもんじゃない、あんたはおしまいなんだよ!」
「…また仕事を探そう。お前だけにも頼っていられないから…」
「お前に何ができる!?」
「音楽は…でもまたいつか」
「無理だ!お前には無理だよ!才能もない!僕みたいに家柄もない!無理だよ!」
演奏と奴の怒鳴り声が聞こえていたのだろう。信者達が集まってきた。心配そうに遠巻きに見ている。
「……グランツェロ、君は悪くない」
「…なんだって…?」
私の言葉を聞いて奴は金の前髪の隙間から睨みつける。
奴はさっきから護身用の短剣を触っている。このままだと自分を傷つけかねないし、みんなも危険だ。私は奴の肩に手を添えてやり、とにかく落ち着かせようとする。
「起こってしまったことはもう取り返せない。だから…」
「うるさい!分かったような口を効きやがって!」
グランツェロの短剣が鞘から抜かれて、刃は一直線に私の胸を突き刺した。痛みで力が抜けて、私の体は奴の体へ倒れこむ。私は自分の胸に触れて、血が流れているのを確認する。もう助からない。でもきちんと伝えておかないと。視界がザラザラしてもう奴の顔は見えなかったが、腕から肩へ、肩から首へ、首から、奴の顔の輪郭を探して、どこかは分からないが、撫でると、グランツェロが小さい悲鳴を上げた。
「……大丈夫だ。お前は、なにも、悪くない……」
だんだん重力が重くなって、私は、私の血に塗れた何か細いぬるい震えたものに支えられて、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。
ギャビーを宿舎の裏に埋めて、小さな墓標が立てられた。みんな部屋に戻ろうとしない。今は無理に歌の練習や労働をさせない方がいい。他所から来る仕事は全部断ってある。
私は1人教会へ戻って、いつも通りピアノの前に座った。ギャビーと一番最初に覚えた曲の楽譜を出して、弾く。空の聖堂に伴奏が響いた。歌う者はもういないのだ。
そこへ、グランツェロがやってきた。早足の革靴の音を聞いて、私は演奏をやめずに奴の方を見る。酷く怒っている。それもそうだ。奴はしばらく私の後ろで演奏を眺めたが、私が弾き終わらないので痺れを切らして私の肩を掴んで自分の方へ向けた。
「こんな時にも練習か?」
「…いや、悲しみを落ち着けようと思って」
「そうか。あんたには何も出来ないもんな。僕がいなきゃこの教会はおしまいだ」
「…その通りだ」
「それにギャビーがいなきゃ金も稼げない!あんたの娯楽じゃ金にならないよ」
「そうだ」
奴は苛立ちを隠そうともしない。頭をぐしゃぐしゃに掻いてその場でぐるりと歩くとまた怒鳴る。
「何でもかんでも同意すりゃいいってもんじゃない、あんたはおしまいなんだよ!」
「…また仕事を探そう。お前だけにも頼っていられないから…」
「お前に何ができる!?」
「音楽は…でもまたいつか」
「無理だ!お前には無理だよ!才能もない!僕みたいに家柄もない!無理だよ!」
演奏と奴の怒鳴り声が聞こえていたのだろう。信者達が集まってきた。心配そうに遠巻きに見ている。
「……グランツェロ、君は悪くない」
「…なんだって…?」
私の言葉を聞いて奴は金の前髪の隙間から睨みつける。
奴はさっきから護身用の短剣を触っている。このままだと自分を傷つけかねないし、みんなも危険だ。私は奴の肩に手を添えてやり、とにかく落ち着かせようとする。
「起こってしまったことはもう取り返せない。だから…」
「うるさい!分かったような口を効きやがって!」
グランツェロの短剣が鞘から抜かれて、刃は一直線に私の胸を突き刺した。痛みで力が抜けて、私の体は奴の体へ倒れこむ。私は自分の胸に触れて、血が流れているのを確認する。もう助からない。でもきちんと伝えておかないと。視界がザラザラしてもう奴の顔は見えなかったが、腕から肩へ、肩から首へ、首から、奴の顔の輪郭を探して、どこかは分からないが、撫でると、グランツェロが小さい悲鳴を上げた。
「……大丈夫だ。お前は、なにも、悪くない……」
だんだん重力が重くなって、私は、私の血に塗れた何か細いぬるい震えたものに支えられて、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。
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主人公の食事がタイトルになっているのが新しいと思いました。
多くを説明しない中でも、情景が頭に浮かんでくるのが不思議です。
主人公にとっての救いとはなんなのか…他にも道があったのではないかなど、読み終わったあとも色々と考察したくなる内容でした。
ほの暗い、教会とそれを中心に食べ物で主人公の調子を表現するのは上手いやり方。
この話に救いはないけど、主人公はどこまでも信徒だった。
最後、悪くないと言えるものがどれだけいるものか。興味深い作品だった。
初見からして美味ですのでオススメです。
各話タイトルが実に凝っていて興味深く、
この題材でこれをやれるのはやはり“好き”、何らかの力、熱量がなければやれないことだと私は思うのです。
従って、やはりこの作品もまた
熱量のある素晴らしい作品である、と私Wkumoは言いましょう。
今後のご活躍を楽しみにしております。