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7.薄明

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 亡き王太子が、自分の近衛騎士たちを使って村を滅ぼしたのは、全くの独断だった。そもそも、誰も知らなかったのだ。第二王子の体に効く蜜がどこから来たのかを。

 北方の湖近くにある村で長い間秘匿されていた蜜は、希少な蜂が集めるものだった。それを知っていたのは、守り木の一族の者と唯一人だけ。

「人の体を癒す万能薬となる蜜のことを、北方を預かる我が公爵家の当主だけが知っていました。死ぬ間際に次の当主に伝えるまで、誰にも言わない約束です。彼らから薬を分けてもらう代わりに、村を守ってきたのです」

 クリストフ・ヴァンテルが公爵位と共に宮中伯の任に就いた時。本城には息子に家督を譲り、老いた父がいた。

「間に合わなかったと、父は悲嘆にくれました。騎士たちは少人数でやってきた。彼らが内密に森に入ったと聞いて北領騎士団が追いかけた時には、既に蜜を奪い去られた後だった。父は王太子殿下に抗議しましたが、全く相手にされなかった」

『小さな村の虫ごときが、我が弟の身を救ったのだ。価値ある働きが出来たことを誇るがいい。それよりも、弟の体のことを知りながら、あのような宝を教えることも献上することもないとは、いかなる所存か』

「責め立てる王太子の言葉に、父は返す言葉を持たなかった。村は蜂を失っただけでなく、実りも失いました。それでも、村長は誰も責めなかった。それよりも、若者たちの行く末を心配したそうです。私達はいつか戻るかもしれない友の為に村を離れない。どうか、子どもたちを生かしてやってほしいと」

「お前は、蜂のことを知らなかったのか……」

 ヴァンテルは頷いた。

「全てを知ったのは、長が命を断った後でした。もう守る約束はないと、父が言ったのです。父に出来たのは、残された村人への援助と、去った若者たちへの助力だけだった」

 侍従がどうやって、王宮に上がったのかはわからない。何らかの公爵の手助けがあったのかもしれなかった。回り回って、彼が私の命を奪おうとしたことを、一体誰が責められるのだろう。



 小屋を出れば、雪の中に広がっていたのは、思いもよらぬ光景だった。
 たくさんの屈強な体躯の男たちが、次々に雪の中に跪いていく。ヴァンテルが率いる北領騎士団の騎士たちだった。

「アルベルト・グナイゼン殿下。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。ご健勝のご様子、何よりと安堵致しました」

 白い息を吐きながら口上を述べたのは、北領騎士団の第一騎士団長だ。一際見事な体躯と、意志の強い瞳をしていた。

「……夜を徹し、探してくれたのか。……皆、世話をかけた。十分に休んでほしい」
「はっ!」

 一面の雪の中に、驚くほどの人数の男たちがいた。騎士たちの後ろに跪いていた男の足元に、一匹の犬の姿が見えた。

「ミーナ」

 私が名を呼ぶと、犬の尻尾がぴんと揺れる。
 側まで歩いて行くと、男は昨日とは打って変わって、緊張した面持ちをしていた。

「騎士団の者だったのか」
「下働きをしております。此度は偶然とはいえ、殿下をお探しすることが出来ましたこと、幸いに存じます」

「……其方と犬たちがいなければ、この命はなかった。……ありがとう」

「もったいないお言葉です」

 男は頭を下げる。

「私を助けたことを、後悔していないか?」

 はっとしたように、男は顔を上げた。何度も口を開いては閉じる。
 答えることができない問いだった。
 その時、犬たちが目の前で大きく体を震わせた。雪が辺り一面に飛び、私の顔にも体にも、雪が当たる。

「殿下の御前で何たる無礼を!」

 騎士団長の叱責が飛び、男は慌てて犬たちを抑えた。ヴァンテルが走ってきて、即座に私の体から雪をはらう。

 鳥のはばたきが聞こえた。
 振り返れば、山間から太陽の光がわずかに見え始めていた。
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