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8.王配

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 日を増す毎に、雪は益々深く積もってゆく。

「殿下」

 レビンが、慌てて部屋に入ってきた。

「スヴェラ国より、王配殿下ギュンター様が御面会を求めておられます」
「……ギュンター? 叔父上が、帰国なさっているのか!」

 父王の異母弟であるギュンターは、ロサーナの同盟国の女王と婚姻を結んでいる。先王の庶子である彼には、我が国の王位継承権がない。国同士の政略によって、十年前にロサーナを出たのだ。
 私に初めて楽器の楽しさを教えてくれたのは彼だった。叔父と甥と言うより、師弟と言った方が近かったと思う。

 幼い記憶は切れ切れに蘇りはしても、はっきりとは繋がらない。国を出る前、最後に小宮殿を訪れてくれた日をおぼろげに覚えている。
 ふと思い出したのは、幼い私を優しく抱き留めた彼の言葉だ。

『アルベルト殿下。どうぞ、お体を大切になさいませ。……なのですから』 

 あれは、なんと言われたのだったか?
 喉に刺さった小骨のように、心に何かが引っかかっている。



「……叔父上」

 応接室に現れたその人を見た途端、会わなかった日々が嘘のように思われた。

 豊かに輝く黄金の髪。人目を惹く華やかな面差し。昔の記憶が鮮やかに形を成す。
 先王が寵愛したと言う妃は大層な美女だったと言うから、叔父は母親似なのかもしれない。

「アルベルト殿下。なんと、大きくなられて!」

 両手を広げる様に、思わず笑ってしまった。彼の中では、私はすぐに腕の中に飛び込む幼い子どものままに違いなかった。
 叔父は一向に飛び込もうとしない私を怪訝な顔で見たが、ああ、と納得したように笑った。

「……失礼を。私の中では、貴方は今も可愛らしい王子のままです。今はこんなに凛々しく成長されたというのに。お近くでお顔を拝見してもよろしいですか?」

 余すことなく愛情のこもった笑顔だった。嬉しさに弾む心を抑えて、隣国の王族への礼をとった。

「もちろんです。長くお会いしておりませんでしたが、王配殿下にはお元気でお過ごしのご様子、何よりと存じます。遠路はるばるのお越しを歓迎申し上げます」

 叔父は何度も瞳を瞬き、そして破顔した。
 彼は陽気に声を上げて笑い、近寄ったかと思うと、私を広い胸の中に抱きしめた。

「あの小さかった王子が、こんなにご立派になられたとは! はるばるここまで来た甲斐があるというものです」

 何と返せばいいのだろう。
 流石に気恥ずかしさが先に立って黙り込んでいると、叔父は私の頬を両手で挟んで見つめた。

「殿下は、本当に陛下によく似ておいでです。幼い頃よりも、もっと……。成長されてからの方が、そっくりです」
「……父上に?」
「そうです。ロサーナの太陽、エーデル陛下に」

 父によく似ていると、時折聞くことがあった。ただ、自分の中に父との思い出はほとんどなかった。会うことさえも、数えるほどしかなかったのだから。

「煙るような金の髪も、明るい瞳の色も。繊細な面差しは、若かりし日の陛下を映したようです」
「父に似ていると言われても、実感がほとんどありません」
「陛下は小宮殿においでになりませんでしたから。でも、殿下のことをいつも心配していらっしゃいました。殿下に楽器を教えよ、と私に仰ったのは陛下なのです」

 少しも知らなかった。
 父は宮中伯たちとの政務に忙しく、小宮殿の王子に関心などないだろうと思っていたのに。

「全く存じませんでした。叔父上は、どうしてここに? 女王陛下のお話はよく耳にしております」

 同盟国の王配となった彼が、婚姻後に故国を訪れることはなかった。妻の女王との間には何人も子宝に恵まれ、後継の王子もいる。胆力があり、勇猛な女王の話は度々話題になっていた。その女王が夫を熱愛して離さないこともまた、有名な話だった。
 
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