冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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番外編 秋 雛(ひな)の王子 

13.猛禽 ①

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 森の王者……。それは、熊だった。
 人の二倍はあろうかという姿が、立ち上がっているのが見えた。

 熊から少し離れた場所で、レビンがフェリクス王子を抱きしめている。
 レビンの手は王子の口を塞ぎ、王子は少しも動けない様子だった。先ほどの悲鳴はフェリクス王子の口から漏れたに違いない。
 レビンは北の大地で育った男だ。万が一にも熊に出会ったら、決して興奮させるような真似をしてはいけないことをよく知っている。

 熊の足元に小さな塊が動くのが見えた。子熊だ。
 
「……まずい」

 ヴァンテルが呟く。
 子熊を連れた母熊は何者をも恐れない。我が子を守るために死に物狂いになって戦うからだ。

 レビンが王子を抱えたまま、少しずつ後ずさる。母熊から距離を取ろうとしているのだ。
 熊から目を離してはいけない。相手を興奮させずに、そっと遠ざかっていかなければ。動かずにいては敵対行動と取られることもある。

 じりじりと下がるレビンの足元に置かれた大量の団栗に、王子の足がわずかに触れた。
 コロコロと転がる木の実を、子熊の丸い瞳が追いかけていく。動き出した子熊に親熊が目を向けた。

 私は、自分の足元にもたくさん落ちていた団栗を両手で掴んだ。右手に持った団栗を、子熊に向かって思いきり投げつける。

「なッ! アルベルト様、何を!!」

 ヴァンテルの声も聞かずに、もう一方の手にあった団栗も思いきり投げた。

 焦げ茶の輝きが、まっすぐに飛んでいく。
 フェリクス王子と最近ずっと遊んでいたおかげで、思ったよりも飛ばすことができた。

 子熊がこちらに向きを変え、親熊の口から唸り声が聞こえる。

 私はさらに、渾身の力を籠めてヴァンテルを真横に突き飛ばした。普段なら私の力では何ともならないはずの体が、不意打ちで地に転がる。

 転がった団栗を、子熊が次々に口に入れる。
 ばらばらと細道に転がった分を食べながら、少しずつこちらに近づいてくるのだ。その後ろには、親熊が控えていた。

 ふっ、ふっ、ふっと荒い息遣いが聞こえる。

 あまりの巨大さと威圧感に体が震えて動けない。
 自分の胸の音だけが耳に大きく響き渡る。

 すぐに起き上がったヴァンテルが、息を呑むのがわかった。私は必死で声を絞り出した。

「……来るな、クリス」

 私の前には、点々と団栗が転がっている。
 木の実を追う子熊の動きは思ったより早く、後を追って親熊が走り出そうとしていた。興奮した親熊の手にかかれば、私の命など一撃で終わるだろう。

「アルベルト様ッ!!」

 ヴァンテルが、私を庇おうとすぐ前に体を投げ出す。

 きらりと目の前で光が舞った。
 小さな羽音と共に、金色の光が子熊の鼻先を巡る。同時に、親熊の周りにどこからか飛んできた蜂が群がった。
 二匹の熊の周りをブンブンと黄金の蜂たちが飛び回ると、親子は動きを止めた。再び動こうとすれば、瞳を狙って蜂が攻撃を繰り返す。
 暫く熊の唸り声が聞こえていたが、まるで蜂に追い立てられるかのように、二匹の熊は向きを変えた。そして、生い茂る木々の間に消えていった。

「裁き……」

 ヴァンテルと私の口から、同時に言葉が漏れた。
 私は、安心したのと同時に体から力が抜けた。振り向いたヴァンテルの胸の中に抱きしめられ、ふっと意識を失った。
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