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里見高校の文化祭
45.清良のばかやろう
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阿隅くんたちの元にステージ担当の教師が来て、生徒たちを追い払っている。出入り口を塞いだ事を注意したのだろう。女子たちはその場から名残惜しそうに離れ、阿隅くんたちは棟の中に入った。
俺は動揺していた。清良は俺がどんなにくだらない話をしても、いつものんびりと話を聞いてくれる。だから、こんな拒絶のされ方は初めてだった。
「もうじき加瀬たちも戻ってくるから控室に行こうか。社会科準備室に着ぐるみを運ばなきゃいけないし」
「うん……」
清良の背を追うように歩き始めたが、いつも見ている背中がやけに遠い。控室に入ると阿隅くんがいて、俺を見てぱっと目を輝かせた。すぐに俺の前に走ってくる。
「月宮先輩! あの、俺の演奏……聴いてくれましたか?」
すごく緊張して俺の言葉を待っているのがわかる。さっき演奏を聞いた時の気持ちをそのまま口にした。
「聴いたよ! ものすごくよかった。最初の曲は春の風みたいに優しくて、二番目のは嵐って感じ。三番目はすごく切なくて悲しいのに綺麗で……胸が締め付けられるって言うのかな。聴いてて涙が出そうになった」
「……よかった。先輩に聴いてほしかったから必死で練習したんです」
「あ、ありがとう」
阿隅くんは、ほっとしたように口元を緩めた。誰もが見惚れてしまうような笑顔だ。こんなにイケメンですごい演奏をする子が自分のために頑張ってくれた。嬉しいというよりも恐縮してしまう。
「先輩、明日は空いてますか? 俺、演奏のことばっかり考えてて言うのが遅くなっちゃったんですけど、時間があったら一緒に校内を回りませんか?」
ガタッと机に椅子がぶつかる音がした。音のした方を見ると、着ぐるみの入った大箱を清良が抱えている。
「あおちゃん、俺、社会科準備室に行くね」
「え? 加瀬たちを待つんじゃないのか?」
「先にこれ運んでおくよ」
そう言って、開いている戸から出て行く。俺は阿隅くんに明日は先約があることを伝えた。阿隅くんが残念そうに眉を下げたけれど「ごめん」としか言えない。ポコ助を手に掴み、すぐに清良の後を追いかける。清良はもう、社会科準備室のある棟に向かって通路を歩いていた。
「……清良!」
呼んでも聞こえなかったのか、そのままどんどん歩いていく。俺は大声を出して清良を呼んだ。
「清良ってば!!」
清良は通路の途中でようやく立ち止まった。
「待てよ! 一緒に行こう」
「……あおちゃんは、あいつと話があるんだろ? これは俺だけで運べるし、話が終わってから来なよ」
「話って? 演奏のことならもう伝えたけど」
「それじゃなくて……明日のことだよ。阿隅に誘われてたじゃん」
清良の言う「話」が文化祭を一緒に回ることだと気付いて俺は首を傾げた。清良と回る約束をしてるんだから、阿隅くんに誘われたって関係ない。清良はまるで独り言のように言葉を続けた。
「あおちゃんが阿隅と回りたいなら……それでもいいよ。俺のことは気にしないで」
「……は? なに言ってんだよ。お前と約束してるのに」
「阿隅の演奏すごく気に入ったみたいだし、阿隅だってあおちゃんと回りたいって言ってたし」
俺は思わず、ぶんっと大きく手を振った。手にしていたポコ助は俺の手を離れ、清良の背に見事に命中する。呻いた清良はよろけて大箱を通路に落とした。
「清良のばかやろう!」
大声で叫ぶと、ようやく清良が振り向いた。眉を寄せて信じられないというように大きく目を見開く。
「……あおちゃん?」
「何でお前が俺の気持ちを勝手に決めるんだよ! 俺はお前と約束したんだろうが!」
「……そ、それはそうだけど。だって、あおちゃんは阿隅と最近すごく仲がいいし」
「阿隅くんは告白だけじゃなくあんなすごい演奏までしてくれたんだ! すごくいい奴だって思うだろ! でも、それとこれとは別なんだよ!」
「……告白?」
あっと思った時には、もう遅かった。余計なことを言ったと思っても、言葉は口に戻らない。清良の眉が釣り上がり、見たこともないような鋭い目に変わる。
「あおちゃん、何それ? 告白って何の話?」
「……秘密」
「――――は?」
「お、お前にいちいち言う必要ないじゃん!」
「いちいちって言うほど、あおちゃんに告白する奴なんかいなかっただろ!」
清良の失礼極まりない言葉に、思わず俺は唇を噛んだ。こいつ、もう一度ポコ助をぶつけてやる。俺がポコ助を拾い上げると、清良はさっと大箱を持って防ごうとした。
「上橋先輩! 月宮先輩! 二人とも何やってんですか!」
俺たちが振り向くと、大箱を抱えた加瀬と、飲み物とキツネを手にしたりんりんが走ってくる。
「折角買ったばかりのポコ助で何やってんです! それにパン吉まで転がして!」
「……え?」
清良が持った大箱は蓋が開いていた。パン吉の頭部が通路にごろりと転がっている。
「……ウサギを運んできたはずなのに」
「ウサギなら転がしていいわけじゃないんですよ!」
りんりんに怒られ加瀬に呆れられて、俺たちはひとまず休戦にした。
俺と清良はその後、りんりんたちに何があったのか聞かれたが、口喧嘩がつい激しくなったんだと弁明した。
「月宮と清良も喧嘩なんかするんだなあ」
「パン吉やポコ助を雑に扱ったら、全部二人で洗濯してもらいますからね!」
着ぐるみの洗濯は当番制だ。自宅に持ち帰って洗濯するのだがなかなかの重労働なので勘弁してほしい。俺たちは加瀬とりんりんに謝った。俺は投げてしまったポコ助にもこっそり「ごめん」と言った。垂れ目な顔が「もうやめてね」と言っているような気がした。
俺は動揺していた。清良は俺がどんなにくだらない話をしても、いつものんびりと話を聞いてくれる。だから、こんな拒絶のされ方は初めてだった。
「もうじき加瀬たちも戻ってくるから控室に行こうか。社会科準備室に着ぐるみを運ばなきゃいけないし」
「うん……」
清良の背を追うように歩き始めたが、いつも見ている背中がやけに遠い。控室に入ると阿隅くんがいて、俺を見てぱっと目を輝かせた。すぐに俺の前に走ってくる。
「月宮先輩! あの、俺の演奏……聴いてくれましたか?」
すごく緊張して俺の言葉を待っているのがわかる。さっき演奏を聞いた時の気持ちをそのまま口にした。
「聴いたよ! ものすごくよかった。最初の曲は春の風みたいに優しくて、二番目のは嵐って感じ。三番目はすごく切なくて悲しいのに綺麗で……胸が締め付けられるって言うのかな。聴いてて涙が出そうになった」
「……よかった。先輩に聴いてほしかったから必死で練習したんです」
「あ、ありがとう」
阿隅くんは、ほっとしたように口元を緩めた。誰もが見惚れてしまうような笑顔だ。こんなにイケメンですごい演奏をする子が自分のために頑張ってくれた。嬉しいというよりも恐縮してしまう。
「先輩、明日は空いてますか? 俺、演奏のことばっかり考えてて言うのが遅くなっちゃったんですけど、時間があったら一緒に校内を回りませんか?」
ガタッと机に椅子がぶつかる音がした。音のした方を見ると、着ぐるみの入った大箱を清良が抱えている。
「あおちゃん、俺、社会科準備室に行くね」
「え? 加瀬たちを待つんじゃないのか?」
「先にこれ運んでおくよ」
そう言って、開いている戸から出て行く。俺は阿隅くんに明日は先約があることを伝えた。阿隅くんが残念そうに眉を下げたけれど「ごめん」としか言えない。ポコ助を手に掴み、すぐに清良の後を追いかける。清良はもう、社会科準備室のある棟に向かって通路を歩いていた。
「……清良!」
呼んでも聞こえなかったのか、そのままどんどん歩いていく。俺は大声を出して清良を呼んだ。
「清良ってば!!」
清良は通路の途中でようやく立ち止まった。
「待てよ! 一緒に行こう」
「……あおちゃんは、あいつと話があるんだろ? これは俺だけで運べるし、話が終わってから来なよ」
「話って? 演奏のことならもう伝えたけど」
「それじゃなくて……明日のことだよ。阿隅に誘われてたじゃん」
清良の言う「話」が文化祭を一緒に回ることだと気付いて俺は首を傾げた。清良と回る約束をしてるんだから、阿隅くんに誘われたって関係ない。清良はまるで独り言のように言葉を続けた。
「あおちゃんが阿隅と回りたいなら……それでもいいよ。俺のことは気にしないで」
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「阿隅の演奏すごく気に入ったみたいだし、阿隅だってあおちゃんと回りたいって言ってたし」
俺は思わず、ぶんっと大きく手を振った。手にしていたポコ助は俺の手を離れ、清良の背に見事に命中する。呻いた清良はよろけて大箱を通路に落とした。
「清良のばかやろう!」
大声で叫ぶと、ようやく清良が振り向いた。眉を寄せて信じられないというように大きく目を見開く。
「……あおちゃん?」
「何でお前が俺の気持ちを勝手に決めるんだよ! 俺はお前と約束したんだろうが!」
「……そ、それはそうだけど。だって、あおちゃんは阿隅と最近すごく仲がいいし」
「阿隅くんは告白だけじゃなくあんなすごい演奏までしてくれたんだ! すごくいい奴だって思うだろ! でも、それとこれとは別なんだよ!」
「……告白?」
あっと思った時には、もう遅かった。余計なことを言ったと思っても、言葉は口に戻らない。清良の眉が釣り上がり、見たこともないような鋭い目に変わる。
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清良の失礼極まりない言葉に、思わず俺は唇を噛んだ。こいつ、もう一度ポコ助をぶつけてやる。俺がポコ助を拾い上げると、清良はさっと大箱を持って防ごうとした。
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俺たちが振り向くと、大箱を抱えた加瀬と、飲み物とキツネを手にしたりんりんが走ってくる。
「折角買ったばかりのポコ助で何やってんです! それにパン吉まで転がして!」
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「ウサギなら転がしていいわけじゃないんですよ!」
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俺と清良はその後、りんりんたちに何があったのか聞かれたが、口喧嘩がつい激しくなったんだと弁明した。
「月宮と清良も喧嘩なんかするんだなあ」
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