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5.ラウェルの行方 ①

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「兄さん!」
「⋯⋯シ、フ」

 ひどい怪我だった。男の顔の半分は腫れあがり、唇は切れて血がこびりついている。好き勝手に殴られたのだろう。目もうまく開けられない。

「こ⋯⋯ちら、は⋯⋯」
「ラウェル様だよ! 僕が今、お仕えしてるんだ」
「⋯⋯す、みませ⋯⋯。ごめいわ⋯⋯くを」
「しゃべらないで。今、薬をあげる」

 シフに兄の体を支えさせて、僕は痛み止めを飲ませた。口を開かせて、窒息しないように注意しながら喉の奥に小さな丸薬を入れる。痛みがひどい時は、うまく飲み込むことすら難しい。シフの兄は何とか丸薬を飲み込んで息をついた。

「これで楽になるよ。少ししたら痛みが止まる」

 シフが泣きながら何度も礼を言う。辛そうだった男の息が、少しずつ落ち着いていく。

「う⋯⋯その⋯⋯よう⋯⋯に、痛みが⋯⋯」
「それは、すごく珍しい薬草から作ったんだ。山奥まで行かないと生えていないけれど痛みには抜群に効くし、治りも早めるから」
「あ⋯⋯なた、が?」
「うん。旅をしながら薬草をとって、薬にして売っていた。僕は薬草を見つけるのが得意なんだ」

 オリーは綺麗で歌がうまくて、たくさんの話を知っていた。吟遊詩人たちのように街中で歌えば、お金を集めることも出来たし、領主の館に招かれることもあった。領主の館で話をすれば、一人ぐらいは体の調子が悪い者がいる。そこで僕の作った薬を売って暮らしてきた。

 僕はシフに言って、きれいな水と布を持ってこさせた。注意しながら水を飲ませ、あちこちの傷口を洗う。腹を見せてもらえば酷く変色している。籠の中から取り出した膏薬を丁寧に塗ると、シフの兄はようやく笑顔を見せた。

「でも、よくここに入れたね」
「裏門の⋯⋯番人に⋯⋯、シフの名を告げて⋯⋯」

 僕は首を捻った。カランカンの警備は厳しい。付人の名を告げて、兄弟だと言った位で入れてもらえるとは思えなかった。足抜けする者や手引きするものがいないか、いつだって目を光らせている。まして、こんなに傷だらけな男を簡単に敷地に入れるものだろうか?

 ⋯⋯何かがおかしい。胸がざわついて、嫌な予感がする。


「察しのいい小僧だな。そう、簡単に入れるわけじゃない」

 ぞっとするほど、低い声がした。
 後ろを振り向けば、納屋の入り口が開いて、光が差し込んでくる。大柄な男たちを連れた若い男が立っていた。
 ひっ! とシフが小さく叫び声を上げ、シフの兄が息を呑んだ。若い男は、つかつかと近寄ってきて、僕たちを見下ろした。

「アナン様⋯⋯」
「お前、オリヴィのところにいただろう? 覚えているぞ、ずいぶん可愛らしいのがついていると思ったのを」

 切れ長な瞳が、冷酷な光を宿して僕を見下ろしていた。

「⋯⋯アナン様は、カランカンへの立ち入りを禁じられているはずですよね?」
「ふん、蛇の道は蛇でな。ここは下々まで教育が行き届いていて苦労したが、所詮は金で買われてきた者たちだ。小金を積めば、話を聞く者は出る」
「オリーの元へは行けませんよ」

 オリーの部屋は、カランカンの最上階だ。上に行けば行くほど警備は厳しくなり、用心棒たちの数は増える。アナンは面白そうに、僕を見てしゃがみこんだ。

「ソドを痛めつければ、弟がオリヴィに手引きするかと思ったが。⋯⋯面白いな、お前。それに、度胸もいい。こんな状況でも俺を睨みつけてくるとはな」
「アナン様! 気づかれました! お早く!!」

 見張りに立たせていたらしい男が外から叫ぶ。カランカンの用心棒たちに、その辺の男たちが叶うわけがない。すぐに駆けつけてくるだろう。
 チッと舌打ちしたアナンが、僕の顎を取った。

「少し幼いが、顔だちも整っているし何より珍しい瞳をしている。オリヴィのことはまた考えるとして、こいつは役に立ちそうだ」

 ぐるりと世界が回った。アナンの肩にひょいと担がれている。僕はアナンの背中を拳で思い切り叩き、足を夢中でばたつかせた。アナンが「薬」と小さく呟き、脇にいた男が僕の口に急いで布を当てた。

 ⋯⋯ああ、これは知っている。吸っちゃだめだ。吸ったら体も頭も動かなくなる。
 一瞬息を止めても強く押し当てられて、思い切り香りを吸い込んだ。くらくらと頭の芯が痺れていく。
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