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6.ラウェルの行方 ②
しおりを挟む「ラウェル様っ! 誰か来て! 助けて!!」
「うるせえっ」
シフの叫び声が聞こえる。思い切り体を蹴りつける音に倒れる音。
やめて! 傷つけないで!
一生懸命口に出そうとしても、舌も唇も痺れていく。体からすっかり力が抜けて、手と足がだらりと垂れ下がったのがわかった。早くしろと急かす声が聞こえたのを最後に、暗闇に飲み込まれていく。
──⋯⋯待っているよ、ずっと。君が目覚めるのを待っている。
体を丸めて眠っていたら、誰かがとても優しく囁いている。明るい光がすぐそばにあるのを感じる。とてもあたたかくて気持ちがいい。これは夢だろうか。周りにあるのは、白銀に輝くつるりとしたもの⋯⋯そう、『殻』だ。僕を守り、大切に育てているもの。
殻の向こうで、誰かが囁いている。毎日、殻に手を当てて溢れる思いを伝えてくれる。
──もう少し大きくなったら、出ておいで。大切な大切な君。もうすぐ会えるから⋯⋯。
ぱちりと目を開けたら、深い緑の天蓋が見えた。僕は天蓋から布が垂れ下がる豪華な寝台で寝ていた。
頭の痺れは消えているようだ。どこからか、甘い香りが漂ってくる。
布団の中の手が動くのを確かめて、目の前にかざした。指がはっきり五本見えるし、握っても放しても、ちゃんと動く。大丈夫だ。そっと体を起こしたら、少しだけ体がふらついた。
ここは、どこなんだろう。シフと、シフの兄は?
天蓋から下がっている厚い布を掴んで開ければ、部屋の中は明るい光であふれていた。
部屋はこざっぱりとして広く、近くの小卓の上には淡い桃色の花が飾られている。甘い香りが漂っているのは、この花からだった。吸い寄せられるようにして、寝台を降りる。八重の花弁が見事で、今がちょうど満開だ。くん、と花の香りを嗅いで堪能していると、呆れたような声が聞こえた。
「本当に変わっているな、お前」
「アナン⋯⋯」
窓際の椅子に腰かけていたのは、僕を攫ってきた張本人だった。立ち上がって、つかつかとこちらに近寄ってくる。
「知らぬ場所に連れてこられて脅える様子もない。丸一日以上眠り続けたかと思えば、真っ先に興味を示すのは、花か」
「⋯⋯丸一日?」
僕は、さっと血の気が引くのがわかった。シフと一緒に納屋に向かったのは、宵の口だ。
「えっ? ちょっと待って。じゃあ、今は」
「あれから一日半経った。今は昼だ」
アナンが視線を投げると、すぐに側仕えが食事の膳を運んできた。中央の椅子のある卓に果物やパン、スープが並べられる。だが、僕はそれどころじゃなかった。カランカンの館主、ダートの顔が浮かぶ。
『お前がいないとオリーはめちゃくちゃだ』
僕は今までオリーと離れていたことなんかない。そう、丸一日なんて離れたことはなかった。
「オリー! オリーはどうしてるだろう⋯⋯」
「そのオリーの伝手にしようとお前を連れてきたんだがな。⋯⋯腹が減ってるんじゃないのか?」
「腹が減ったどころじゃない」
僕が食べないとみると、アナンは果実を一つ取って齧り始めた。のんきな様子に、僕の中に怒りが湧く。
「オリーは自分の気に入った者しか相手にしないよ! それに、僕は伝手になんかならない!」
「カランカンの噂に高い男娼を手に入れたかったのに、一目で振られたからな。大層な美人だったから何とかならないかと思ったが、手間ばかりかかる。当座は、お前でも慰めになるだろう」
「⋯⋯は?」
お前でも、って何? それに、何だか話が変だ。
「ア、アナン様は⋯⋯、オリーに一目惚れしたんじゃ、ないの?」
アナンは目を見開いたかと思うと、心底嫌そうな顔をした。食べていた果実を皿の上に投げ捨てる。
「あいにくだったな。俺は男娼ってやつが大嫌いなんだよ。お前たちのような」
「ぼ、僕は男娼じゃない⋯⋯」
「はあ? 娼妓の世話をするのは、見習いの仕込みと決まってるだろう? そうじゃなければ、何の為にわざわざ金をかけて只人をつけるような真似をする」
一般には、そうなのかもしれない。だが、僕とオリーの付人たちは男娼見習いじゃない。館主が何を考えていたのかなんて、わかるはずもなかった。
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