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37.オリーの贖罪 ①
しおりを挟む僕は思わず、自分の唇に指をあてた。触れられた場所がほんのりと熱を持ち、オリーの唇の後をなぞるように指が動く。
目が合ったオリーは、何かを堪えているような顔をした。
「そんな仕草にさえ、こっちはうろたえるのに」
「⋯⋯うろたえる?」
オリーは僕の背中に回した手に力を籠めた。ぐっと引き寄せられて、ぴたりと胸に頬を当てる。⋯⋯あたたかい。トクトクと鳴るオリーの心臓の音に安心して、すぐに体の力を抜いた。頭の上から、低い呟きが聞こえる。
「ラウェル、俺は⋯⋯、本当は、ラウェルの側にいていい人間じゃないんだ。こうしてラウェルに触れることすら⋯⋯、許されないことだ」
「どうして? 僕はオリーの腕の中がいい。ここにいるのが一番安心するもの」
「⋯⋯ダートが、大樹の元で言った言葉を覚えているか?」
ズキンと胸が痛み、ダートの叫びがよみがえる。
──オリーがお前の側にいたのは、贖罪の為。
──ミツドリの安寧を奪ったのは⋯⋯王弟であり、ミツドリの第一の研究者だった男だ。
真っ黒な男たちの影。
次々に倒れて、息絶えるミツドリたち。悲鳴と共に舞う血しぶき。
体に細かく震えが走って、ぎゅっとオリーの服を掴む。オリーから、後悔と悲しみがひたひたと漂ってきた。さざ波のように、何度も、何度も。
「ラウェルが王宮からいなくなった後、ダートは半狂乱になって俺の手首の拘束具を壊した。そして、叫んだんだ。全ての魔力を⋯⋯、お前の命を削ってでも、ラウェルの行方をたどれと」
僕はオリーの手首に何もないのを見た。その手首は、以前見た時よりも一回り細くなっている。オリーの頬は肉が削げ、瞳は憂いを帯びていた。
「僕を探して、力を使って、そんなに痩せてしまったの? ダートは僕にあんなに優しいのに、どうしてオリーにばかりひどいことを言うの?」
「⋯⋯わけを聞いたら、お前は俺を軽蔑するだろう。俺は、お前にもダートにもひどいことをしているから」
僕にも、ダートにも?
「俺の父はリシュリムの王の末弟で、ミツドリの研究者だった。ミツドリに魅せられて、彼らがどうしたら幸せに生きられるかと、生涯を研究に捧げた男だった」
ミツドリをそんなに愛していた人が、どうして⋯⋯?
僕はオリーの膝に乗ったまま、体を起こした。部屋の中には月明かりしかない。二人きりの静かな夜に、オリーの言葉がゆっくりと響いていく。
「ラウェル、父は保護されているとはいえ、一つの空間の中で閉じ込められるように暮らすミツドリたちが本当に幸せなのかと考えた。ミツドリは元々この世界のあちこちにいた種族だ。例え数が少なくなっても、自然の中で生きるのが本来の在り方ではないかと思ったんだ」
「でも、ミツドリは人に追われて、数を減らしたんでしょう? 人が増えたらもっと少なくなっちゃう」
「一つの群れの数が少なくなっても、他の群れがいれば、そちらと番うこともできるだろう。淘汰の中で、新たに強い種が生まれるかもしれない。ある時、保護と言う名の隔離をやめてはどうかと兄王たちに進言した。⋯⋯ことごとく反対されたけれど」
王も宰相も王弟の考えを否定した。王族たちは口々にあり得ないと言った。
ミツドリが哀れだと。弱いものを守るのは当たり前だと。
「たしかに、ミツドリは人の感情に弱い。でも、彼らには何者からも自由になる翼がある。弱いと決めつけて、私たちはミツドリの生き方を狭めてはいないのだろうか⋯⋯。父がそう話したのをよく覚えている」
自由になる翼。
僕はカランカンで働きながら、いつも自分が蒼空を探していたことを思い出した。どこまでも広がる蒼空と、山々の稜線。陽射しに輝き、風に揺れるたくさんの花々。
ここを出たい、といつも思っていた。新たな空気を吸って、足元に茂る草を踏みしめたいと。
カランカンにいれば温かい寝床も、毎日の食事もあった。時折ダングリムの街の中で買い物を楽しむことだって出来た。
⋯⋯それでも。
僕はもう一度、外の世界へ行きたかった。オリーと一緒に旅をしたいと思っていた。
「オリー、僕はカランカンにいた時もずっと外に行きたかった。僕はまだ飛んだことがないけど、ミツドリなら⋯⋯外を自由に飛びたいと思うのかもしれない」
まだ白銀の殻の中で、外に出る時を待っていた頃。うとうとと殻の中で眠っていると、いつも歌声が聞こえてきた。優しい歌の中にたくさんの景色が流れ込む。急峻な山並みや深い谷。流れる大河の姿もあった。その上を自在に羽ばたく鳥たち。あれは遠い日のミツドリたちの故郷の記憶も入っていたのだろうか。
オリーの手が、優しく僕の髪を撫でた。
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