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39.ミツドリの息子 ①
しおりを挟むオリーは、遠い日を思い出すように言葉を続けた。
蔓薔薇の門の中に吸い込まれるようにダートの姿は消えた。庭園のそんな奥まで行ったことはなくて、門を前にして胸が騒ぐ。ダートはこの門の中にいる。門からは強い魔力を感じたけれど、弾かれる感じはしなかった。
ぞくぞくと鳥肌が立ち、漠然とした恐れと、その先に何があるのか知りたい気持ちがせめぎ合う。
恐る恐る手を伸ばせば、左右に門が開く。光に包まれた道を進むと、あっという間に知らない場所に立っていた。一瞬、王宮外に転移したのかと思ったが、周囲に魔力が張りめぐらされているのを感じる。草原と光溢れる空を見ながら呆然としていると、どこかから歌声が聞こえた。振り仰げば、一羽のミツドリが頭上を飛んでいく。
空を羽ばたく鳥人の美しさに心が震えた。ミツドリが飛んだ方向に歩いていくと、大樹とたくさんのミツドリたちがいる。根元には幼い子どもたちに両手を引かれたダートが立っていた。
彼らが見ていたのは、枝に下がる一つの巣だ。大樹の枝には幾つも籠状の巣がぶら下がって、風に揺れている。でも、その巣だけは他と違う。中にある一つだけの卵が、白銀の輝きを放っている。
「オリー、その卵はもしかして⋯⋯」
「そう、ラウェル、お前だ。王族の決まりには、一つだけの卵の巣に近づいてはいけないとある」
「一つだけの卵⋯⋯」
「ああ。ミツドリが巣の中に産む卵は、通常は二つずつで、殻も巣の色に近い淡い緑だ。一つ卵は、元々の魔力が大きく、人の影響を受けやすいと言われていた」
魔力なんか自分にはないと思っていた。ミツドリのことを、僕は何も知らない。自分の一族のことなのに。
「ミツドリは元々聴覚が発達している。一つ卵の雛は、殻の中にいる時から人の声を聴き取るそうだ。心の中で強く思った声さえも」
僕は、殻の中にいた時に聴こえた声を思い出した。
──⋯⋯待っているよ、ずっと。君が目覚めるのを待っている。
「僕、眠っていた時に、誰かが待っている、って言った声を繰り返し聞いたよ。あれは⋯⋯」
──もう少し大きくなったら、出ておいで。大切な大切な君。もうすぐ会えるから⋯⋯。
「⋯⋯あれは、誰?」
まどろんでいた時に、いつも語りかけるように優しい声があった。ミツドリたちの子守歌のように、そっと包み込むような声だった。
「僕はずっと、呼んでいるのはオリーだとばかり思っていた。あれは⋯⋯」
⋯⋯オリーじゃなかったの?
僕のとまどう視線を、オリーは正面から受け止めた。
「ラウェルに最初に話しかけたのは、ダートだ。俺はあの日初めて、ミツドリたちを見た。遠目に見るミツドリは眩しくて、とても大樹に近づくことなんて出来はしない。ダートが少し経って戻ってきた時に、後を追って王宮に帰った。いつか、もっと近くでミツドリを見たいと思いながら」
オリーの言う通り、僕は殻の中で声を受け取り続けていた。ただ、殻を破った時に姿を見たのはオリーで、僕は声の主を間違えてはいない。それならば。
「ダートと、オリーと。僕は、二人の声を受け取っていたってこと?」
オリーは静かに頷いた。
カランカンに初めて連れていかれた時。呆然としている僕に、ダートは微笑んだ。屈んで目線を合わせて、たしか、「ずいぶん長くかかったな」と言ったんだ。
⋯⋯ダートは、僕が卵の時から知っていて、一番最初に話しかけてくれた。
それが本当なら、あの時の言葉は、再会の意味だったのか。
「幸い、ミツドリを間近で見たいと言う俺の願いはすぐに叶った。滅多にない一つ卵が産み落とされた後、父は研究の為に俺を大樹の元に連れて行ったんだ。一つ卵のミツドリは人と意志を通じやすいと言う。ならば、大人と子どもでは違うのかと、試すことにした」
「えっ?」
⋯⋯僕は、もっと他の声も聴いていたのだろうか。
雛の時の記憶なんてほとんどないけれど、更に自信がなくなった。
慌てる僕を見て、オリーがくすりと笑う。
「父が話しかけても、卵は何の反応も示さなかった。心で念じても同じだ。でも、俺が話しかけると、卵が仄かに輝いた。声に応じるように、魔力量が高くなることがわかったんだ」
オリーの手が、僕の髪を撫でる。優しく微笑んでいるのに、どうしてそんなに悲しい目をするんだろう。
「俺が話しかけると、一つ卵が反応するとわかった父は、度々俺を大樹の元に連れて行った。普段、人の幼い子どもが大樹の元に来ることはないから、ミツドリたちは喜んで迎えてくれる。⋯⋯俺は、ミツドリや卵に会うのが楽しみで、父の目を盗んでこっそり会いに行った」
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