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40.ミツドリの息子 ②
しおりを挟む⋯⋯自分の言葉で光輝く卵。一目見た時から魅かれた。
これは自分のミツドリだ。少しずつ大きくなる卵の中に、どんな子がいるんだろう。
幼体のミツドリたちが、殻の中のラウェルの思念や様子を教えてくれる。
『今、笑ったよ』
『君が話すと喜ぶよ。くるん、って殻の中で転がってる』
どんな言葉が一番喜ぶんだろうと聞けば、彼らは顔を見合わせて笑う。
『ミツドリは、愛情で育つんだよ。人にも大事な言葉があるでしょう?』
「好き」かな? ⋯⋯大好き?
ミツドリたちはとても仲がいい。見つめ合いながら、微笑みながら耳元で囁き合っている。
大樹の根元に座って、二羽のミツドリが肩を並べる姿をじっと見る。
一羽が囁く言葉に、もう一羽がぱっと顔を輝かせた。
──愛してる。
それは、「好き」よりもずっと強い。
俺は、卵のすぐ側まで魔力で飛んで、呟いてみた。
──待っているよ。⋯⋯愛している。
「卵が仄かに光り始めた。その時初めて、ほんの少しだけど、眠っているラウェルの姿が見えたんだ」
「僕が?」
「丸くなって幸せそうに眠っていた。すぐに見えなくなったけれど、その日から毎回、同じ言葉を囁いた。囁くたびに少しずつ、俺にもラウェルの気配がわかるようになった。でも、子どもの俺はわかっていなかったんだ。それが、雛の⋯⋯、ラウェルの誕生を待っていたダートに、どれだけひどいことだったかを」
「ダートが、僕を待ってた?」
オリーは目を伏せた。瞳の中に翳がよぎる。
「ダートはずっと、ラウェルが孵化する時を待っていた。雛は、一番先に見たものを慕う性質がある。ダートは、自分と番う可能性のある一つ卵の雛の誕生を、待ち望んでいたんだ」
『ねえ、もうじき会えるね、ぼくのミツドリ。君は、ぼくとずっと一緒なんだって。早く会いたいな。待っているからね。ぼくのことを呼んでね』
ミツドリは、最初に殻を破って出会った相手と絆を繋ぐと言われる。
一に相手を認識し、二に名を呼んで記憶し、三に体を繋いで生涯の伴侶⋯⋯、無二の番と成す。これで生涯、ミツドリは相手から離れることがない。
オリーの言葉に、僕の体の中で何かがドクン、と大きく脈打った。
頬が熱くなって、少しずつ、体が熱くなる。オリーに触れている体がざわざわして、背中がぞくぞくする。あの不思議な感覚がまたやってくる。
「名⋯⋯を、呼ぶ?」
「そうだ。ラウェルが生まれた日、俺は一人だけで門をくぐった。もうすぐ生まれる雛がどうしても気になって仕方がなかった」
ドクン、ドクンと胸の中で渦を巻く。
あの日、殻を破ってすぐに出会った。生まれた僕を抱きしめた声。
「⋯⋯生まれた! ぼくのミツドリ!!」
(──だれ?)
「ぼく? オリヴィエだよ」
(──お⋯⋯りー?)
「うん! オリーだ」
(──オリー。オ、リ⋯⋯ヴィ⋯⋯エ)
「⋯⋯オリヴィエ」
「そうだ、ラウェル。⋯⋯あの日、生まれたばかりのお前は俺をオリーと呼んだ。⋯⋯嬉しかった。そして、成鳥がお前の名付けを行ったんだ。俺は、名付けられたばかりのお前の名を呼んだ。俺の希望と」
たくさんのミツドリたちに祝福をもらったあの日。
僕はオリーの名を呼び、オリーは僕の名を呼んだ。
──僕たちの間には、あの時確かに、二人だけの絆が結ばれた。
「だが、俺はダートが待っていた大事な存在を、勝手に横取りしたのも同然だ」
「⋯⋯だから、オリーはひどいことをしたって、言ったの?」
「ああ。ミツドリの元に王族の決まりも守らずに忍び込んで、名を交わしたんだ。十分大きな罪だ」
「でも、オリー」
「ラウェル?」
僕は、真っ直ぐに手を伸ばした。両手でオリーの頬を包めば、ひやりと冷たい。
「ミツドリは⋯⋯、王族の道具じゃないよ」
オリーが息を呑んで黙り込む。空色の瞳が瞬きもせずに僕を見ている。
「⋯⋯オリーの父上が言ったんでしょう? 僕は、誰かに決められた、誰かのものじゃない。僕は、自分の好きな人は自分で選ぶ」
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