41 / 72
41.希望の歌 ①
しおりを挟むオリーの瞳は、月明かりの中で驚いたように見開かれていた。
「ねえ、オリー。リシュリムのミツドリたちを守るうちに、王族の中では決まりが出来たのかもしれない⋯⋯。でも、僕は王族じゃない」
僕が生まれた時に、真っ先に抱きしめてくれたのはオリーだ。それからずっと、一緒にいてくれたのも。
「ダートが僕を大事に思ってくれたとしても、僕が好きなのはダートじゃない」
削げてしまった頬をゆっくり撫でる。傷一つない人形のように美しかった顔は、翳りが増している。
旅の途中でお金を失くしても、僕に怒られても。いつも困ったように笑っていたのに、今のオリーにあるのは悲しみだけだ。ひたひたと満ちてくる悲しみは、人の心を蝕んで弱らせていく。
僕は、目の前の胸に両手をぴたりとつけた。ひやりと指先が冷たくなる。体がふるりと震えたのに気づいて、オリーが僕の手を離そうとした。
「ラウェル、だめだ。俺から離れないと⋯⋯」
⋯⋯お前の体が弱ってしまう。
小さな呟きに、僕は首を横に振った。痺れるように冷たくなる指先を精一杯広げた。
「ここは今、悲しみでいっぱいになってる。ねえ、オリー。僕はミツドリのことをずっと知らなかったけど、それでもわかっていたことがある。オリーが教えてくれたことだよ」
──絶対に、人前で歌ってはだめだ、ラウェル。お前の一族の歌には力が宿るから、人は勝手に引き寄せられてしまう。
──じゃあ、他に誰もいなかったら歌ってもいい? オリーと二人だけなら、歌ってもいい?
──わかった。二人だけなら。
僕とオリーは、約束だ、と互いの小指をからませた。
輝く陽射しと蒼空の下で。
一面に広がる花畑で。
雨や風を避けるために潜り込んだ洞の中で。
僕はずっと歌ってきた。ミツドリの歌は自分の為だけじゃない。
「ミツドリは、いつだって、大事なもののために歌う。僕も、オリーのために歌う」
すう、と大きく息を吸い込んだ。
元々、ミツドリは唯一人の相手に向かって歌うのだと、体の奥で何かが告げた。
ミツドリは歌で人を癒す。命の輝きを歌に変えて相手を治していく。だから、歌う相手は誰でもいいわけじゃない。本当に助けたいと思ったら、命を削って唯一無二の相手を癒すんだ。
⋯⋯オリーがくれた心の代わりに、僕の命を贈ろう。
月夜の小さな家の窓辺
眠ったはずの君が泣く
歩くのに疲れて
月が照らす窓辺にもたれて
指先に仄かに淡い光が浮かぶ。僕が口にした歌がゆっくりとオリーの中に入っていく。
物心ついた時にはオリーと一緒にいた。町々で見た親子の姿に、時折オリーは目を留めていた。
僕と一緒にいるために、オリーはどれほどたくさんのものを捨ててきたんだろう。僕を生かすために、自分を後回しにしてきたんだろう。呆れるほどすぐに泣くオリー。でも、僕はこんなに綺麗に泣く人を他に知らない。
優しさを捧げて
愛しさを注いで
痛みさえも涙に隠す
自分の一族と一緒に多くの日々を過ごすことは出来なかったけれど、代わりにオリーがたくさんの愛情をくれた。
町々を巡る日々は楽しかった。二人で寄り添っていれば、嵐だって怖くはなかった。
花の代わりに月の光を
愛の代わりに命の歌を
君の眠る窓辺に送る
唯一人の君に贈る
⋯⋯この気持ちが伝わりますように。
指先に広がる温かい光が、オリーの悲しみを和らげてくれますように。
「⋯⋯ラウェル。⋯⋯ラウェル!」
気がつけばオリーの胸の中で体を揺すぶられていた。頬にぽとん、と涙が落ちてくる。ぽとん、ぽとん、と次々に落ちてくる。
「オ、リー、また⋯⋯泣いてる」
「お前が⋯⋯。あんな歌を歌うからだ」
⋯⋯せっかく、心を籠めて歌ったのに。成鳥になってから初めての歌なんだから。自分では上手に歌えたと思ったのにな。
僕は心の中でオリーに文句を言った。本当は口に出して言いたかったけど、少しも力が入らない。オリーは泣きながら、僕を叱る。
「成鳥になったばかりなのに、力を使いすぎなんだ。変化の後は、少しずつ魔力が体に馴染むのを待たなきゃいけないのに」
僕は気がついた。この涙は温かい。心を凍らせるような冷たさはここにはない。
嬉しくなって、ふふ、と笑うと、オリーが怒ったように眉を顰めた。僕の体をぎゅうっと抱きしめる。
小さな声が、ありがとう、と言った。
34
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
没落令息はクラスメイトの執着に救われる
夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのユリシーズが引き留める。
「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。
ユリシーズの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。
※FANBOXからの転載です。
※他サイトにも投稿しています。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる