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Ⅳ.道行き
第16話 決断②
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「殿下! もういいじゃないですか! 断られたんですから!!」
なぜかセツは、猛烈に怒っている。
「れ、レイもレイです! 殿下が折角お心を決めたのに、あんな⋯⋯」
「サフィード」
「はい、殿下」
「ぼくは、また何か間違えたんだな」
一生懸命考えて決めたけれど、王子の心を傷つけた。だからあんなにはっきりと断られたんだ。
騎士は、少し考えてから言った。
「私は、少々違うと思いますが」
「なにが?」
「シェンバー王子は、殿下のことを考えて仰ったのではないでしょうか」
「はああ? 何を仰ってるんです! サフィード様!!」
「セツ、ちょっと黙って!」
ぼくは、セツを無理やり黙らせた。
「⋯⋯女神の許に行った時のことを覚えておいでですか?」
「うん」
「私は、殿下がお戻りにならないのなら、いっそ水底で果ててしまいたかった。私には、どんな時もずっと殿下お一人しか見えておりませんでした」
「サフィー⋯⋯」
サフィードは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「でも、シェンバー王子は、ご自分が女神の許に残るから、私と殿下をフィスタに戻してほしいと言われたのです。湖畔屋敷にいる間も度々立ち寄られて、私に殿下の話をしていかれました。⋯⋯本当は、優しい方なのだと思います」
「王子は⋯⋯ぼくのことを考えてくれたのかな」
「推測でしかありませんが」
「サフィーこそ、いつも優しい。今だってこうして慰めてくれる」
夜空の月でも取ろうとしてくれた。
ぼくの大事な守護騎士。
「ありがとう、サフィ―ド。どうしたらいいのか、もう一度考えてみる」
◇◆
黒髪の騎士が廊下を歩いて行くと、ラウド王子が声を掛けた。
「どうして、騎士っていうのは自分の気持ちをちゃんと言わないのかねえ」
「⋯⋯何のお話です、ラウド殿下」
「お前も、シェンバー王子もだよ。戦うことは得意なくせに、肝心のことは遠回しになる」
「⋯⋯お伝えしてますよ」
「ふーん」
「後は、イルマ殿下がお決めになることです」
ラウド王子は、肩をすくめた。
「以前、父上が仰っていたことがある。イルマは、愛することを知らぬ。全ての好意に背を向けていると。そして、それは明日を教えられなかった自分たちの責任だと。あいつは今からでも、自分で考えて、その手で選ばなければだめなんだ」
独り言のように呟いて通りすぎる王子の姿を、サフィードは黙って見送った。
シェンバー王子が、スターディアに帰る日がやってきた。
王宮の門に、たくさんの見送りの者たちが立ち並ぶ。
アレイド王太子が、きょろきょろと周りを見回す。
「ん? イルマ、イルマはどこに行った?」
式典の途中から、イルマ王子の姿は見当たらなかった。
弟王子たちがそっと、長兄を見ながら囁き合う。
「今はイルマどころではないでしょう。時々、アレイド兄上にこの国をお任せしても大丈夫なのかと心配ですよ」
「そのために俺たちがいるのだろう。お前もうろうろしていないで、国の為に働け!」
「心外ですね! うろうろしていたことが国の為だったんですからね!!」
二番目と三番目の王子が口汚く言い争っていたところに、王女の声が響き渡った。
「イルマ! しっかりやるのですよ!!」
三人の王子はぎょっとして、サリア王女の叫んだ先を見た。
馬車の御者の一人が、小さく手を振っている。
シェンバー王子は、馬車に乗り込むところだった。一瞬、不思議そうに首を傾げる。その目には、日差しを避けるための布が巻かれていた。
「え、あ、あれは⋯⋯」
白馬に乗って付き従う護衛にも、侍従にも、どこかで見た者たちがいた。
「えええー⋯⋯」
王子たちの口から、情けない声が漏れた。
「ユーディト様、あれは」
「⋯⋯イルマらしいな」
宰相府の役人たちは、顔を見合わせ、大きく手を振った。
黄金色の瞳は、一際大きく手を振る友人の姿をすぐに見つけた。銀色の髪に翡翠の瞳。柔らかな笑顔をしっかりと心に焼き付けた。隣にたたずむ華奢な姿も、懸命に手を振ってくれている。
たくさんの見送りの声の中にかき消されそうになりながら、元気な声が響く。
「 いってきまーす!!!」
久々に人前に出た王妃は、冬の日差しのように穏やかな笑顔で微笑んでいた。
「ねえ、陛下。思い出しますわ。昔、乳母のルチアが言ったのです」
──王妃様、殿下に「明日」をお教えしましょう。
たくさんの人に愛され、守られるだけの世界ではなく。
温室の花のように、真綿にくるまれ愛でられた末に散るのではなく。
嵐に会い、寒さに凍え、野辺に倒れる世界で。
もう一度頭を上げてたくましく咲くことができる御子に育てましょう。
苦難に遭っても生き、未来を信じて人を愛せるように。
「私たちが伝えきれなかったことを、あの子は自分の手で掴むことが出来るでしょうか」
◆◇
「⋯⋯どうして、ここにいらっしゃるのです」
地獄の底から湧いたような声が響く。⋯⋯怖い。
無事に到着はしたものの、王子に見つかるのは早かった。
「絶対、フィスタには戻らないから」
「何をふざけたことを言っておいでなのです。貴方はここがどこか、わかっていらっしゃるのですか?」
「スターディア」
白銀の瞳から、怒りの炎が吹き上がりそうだ。
ぼくは、フィスタの父王からの親書を取り出して、読み上げた。
「⋯⋯両王子の婚約期間の延長を希望する。フィスタ国王ディベルト・セレ⋯⋯」
最後まで読み終わる前に、親書をシェンバー王子に取り上げられそうになる。
ぼくは、サフィードに親書を投げ渡しながら叫んだ。
「一年間! シェンバー王子の目になって働くから!!」
「必要ないと言ったでしょう!」
「必要ないかどうか、やってみなければわからないじゃないか!!」
王子は、ぼくを睨みつけた後に黄金の髪をかきあげた。
そして、一際大きなため息をついた。
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