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Ⅳ.道行き
第17話 明日①
しおりを挟む長く留守にしていた第2王子が、ようやく帰国した。さらには失明している。
この事実は、スターディアの王宮を大きく揺るがした。
嘆きの声に怒りの声。
王子の境遇に心を寄せるよりも、国としての損失だと叫ぶ声の方が大きかった。
フィスタの責任を問う声も上がったが、シェンバー王子が強引にねじ伏せた。王子は、事の真相を決して明かそうとはしなかった。
「失明の原因は不明。留学続行は無理とあきらめて帰国した」
それ以外は、沈黙を貫いた。
ぼくが何か言おうものなら「今すぐフィスタに叩き返す」の一言だけ。
そもそも、王子が国王や重臣たちと話し合う間、ぼくたちは部屋に軟禁状態だった。
扉を開ければ、シェンバー王子付きの近衛第二部隊が睨みを利かせている。
ぼくたちのあずかり知らぬところで話は進み、半月もすると、王子と共に南の離宮に送られた。
離宮はスターディアでも風光明媚な土地にあり、先代の王妃がこよなく愛したことで知られている。
「体のいい厄介払いと言う奴でしょうか」
「そうだろうね。表向きはゆっくり静養ってことらしいけど。でも、このまま王宮にいるよりはよさそう」
王子とレイと、ぼくたち三人に近衛が数名。
少なすぎないかと問われれば、王子はそれ以上は必要ないと返す。
「離宮には元々働いている者たちがいる。連れていくのは、これで十分だ」
「近衛たちは、もっと付いてきたがっていたんですよ」
レイがこっそり教えてくれる。
王子は結構、人気があるんだな。
宮殿は、白を基調として美しく開放的な造りだった。
花々が多いのだ。庭のあちこちに木や花が植えられていて、椅子も多く配置されている。
清水が湧く泉もあった。女神の気配が感じられて、温かい気持ちになる。
王子の部屋は一階だ。階段を使うのは負担が大きいと、光が入り庭にも出やすい部屋が用意された。
大きく窓を開け放てば、庭からよく風が通る。
柔らかな絹を纏って長椅子にくつろぐ王子の姿は、さながら一枚の絵のようだった。
「シェンバー王子、ここはとても綺麗なところです。冬とは思えないぐらい、庭にはたくさんの花が咲いています」
ぼくは、窓辺まで歩いて外を見た。丈の高い花々が勢いよく茎を伸ばし、淡い紫の花を次々に咲かせている。
「ここはスターディアでも温暖な土地だ。冬は暖かく夏は涼しい。子どもの頃は、兄たちとよく来たものだ」
懐かしい思い出を語る顔は優しかった。
スターディアに来てから、初めて見る笑顔に嬉しくなる。
ぼくは、目に映るものを片端から王子に話した。
王子がふと、ため息をつく。
「貴方は全く無謀なことばかりなさる。ようやく女神の許から戻り、これから本当に自由に生きていくことができるのに」
「自由に生きる、なんて今まで考えたことがなかった」
「殿下?」
「未来がある、なんて思ったことがなかったから」
「⋯⋯私と結婚する気はあったのに?」
ぼくはシェンバー王子を見て、ちょっと目を伏せた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「結婚は、相手が節操無しの王子だって聞いたから承知したんだ」
「は?」
「ぼくがいなくなっても、すぐに次の人が見つけられると思って」
ひどい話だと思う。
いくら王子の評判が悪くたって、相手の気持ちを全く考えていなかった。
「殿下、ちょっと、ここへいらしてください」
ぽんぽん、と王子は絹張りの長椅子を軽く手で叩く。
ぼくは言われるがままに王子の前まで歩いて、隣に座った。
「確かに私の評判は最悪でした。でも、貴方が来るのを楽しみにしていたと言ったでしょう?」
「うん」
王子は、いきなりぼくの顎を長い指で捉えた。
「私は、嬉しかったんですよ。貴方が承知してくれたと聞いて」
見惚れるような美貌が目の前にある。
「貴方のことが好きです」
「は? え? ⋯⋯ええ!?」
言われた言葉が、頭の中で明確な言葉にならない。
⋯⋯いま、今、なんて?
瞬きする間に、唇と唇が重なった。
「ん? ⋯⋯は? あ⋯⋯ん、んっ」
息を吸おうとして、唇の間から柔らかな舌が入り込む。舌と舌が絡み合って、口の端から唾液が溢れた。
口の中を好き勝手に舐めまわされて、体の力が抜ける。
ぐったりとした体で、為す術もなく抱かれるままのぼくに、王子は言った。
「⋯⋯え? こんなに簡単に? ちょ、ちょっと、殿下!?」
目が見えないくせに、この流れるような動作は何だ?
涙目になって呟くぼくに、今度は王子が黙り込む。
「えっと、それはまあ、色々⋯⋯」
取り成すように、ぼくの髪をそっと撫でる。
「貴方がこんなに何もご存知ないとは。いえ、馬鹿にしてるわけじゃありませんよ。この目のことは、気になさらなくていいのです。貴方が別に、私を何とも思ってないことはよく分かっています」
王子は、ぼくの体を支えながら続けた。
「⋯⋯やはり、国にお帰りになるべきです。貴方にとって私は、ただの罪悪感の対象でしかない」
──大臣どもが言うのです。シェンバー殿下、何とおいたわしい。もはや他国とは縁が結べそうにありません。今のフィスタとのご縁を大切にいたしましょうと。
一年などと言わず、早く帰らないと本当に帰れなくなります。
貴方は、こんな腐った国にいるべきではない。
ぼくが首を振ると、王子はもう何も言わなかった。
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