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Ⅳ.道行き
第18話 明日②
しおりを挟む王子はそれから毎日、朝の女神への祈りと、日々の食事の時間をぼくと一緒に過ごした。
身の回りの世話のほとんどはレイが行っている。自然に、話し相手や散歩がぼくの役割になった。
毎日、庭の花が咲いたことや、どんな鳥が来るかを話した。空の色、雲の様子。散歩の時は、腕を掴んでもらって一緒に歩く。王子が読みたいと言った本を代わりに読むこともある。
王子は、ぼくの話をいつも静かに聞いている。
途中で口を挟むことはなく、聞き終わってから自分の思うことを話すのだ。
何だか、ぼくばかり話している気がする。
⋯⋯王子は、楽しいのだろうか。
ただの罪悪感。
そう言われた言葉が、ずっと耳の奥に残っている。
ある時、近隣の貴族たちが挨拶にやってきた。
シェンバー王子が、応対するのは自分だけでいいと言うので部屋にいた。
窓を開けると賑やかな話し声が聞こえてくる。
庭の四阿にいる人々の姿が見えた。
恰幅のいい貴族たち。側にいるのは、その子息や令嬢たちだろう。
王子の隣で鈴を鳴らすような声がする。王子が微笑み、それを見てさらに華やいだ声が続く。
見るともなしに眺めていると、どんどん気分が沈んでいく。
自室のベッドに寝転がった。
「どうなさったんです? イルマ様」
「何でもない。セツ、今日はもう、夕食はいらない」
どうせ、あの貴族たちは夕食も共にするのだろう。料理人たちが何日も前から張り切っていた。
「どこか、お加減が悪いのですか」
心配してくれるセツに首を振り、窓を閉めてくれるように頼む。
横になって目を閉じると、いつのまにか眠ってしまった。
夕闇が降りた気配がする。
うとうととまどろんでいると、誰かが、そっと近寄ってくる。
ひそひそと囁く声。
⋯⋯だれ?セツ?
汗ばんだ額に、冷たい指が当たるのが気持ちよかった。
⋯⋯サフィード?
窓が少しだけ開けられ、空気が入れ替えられる。
ぼくはもう一度、眠りに落ちた。
朝になっても、体がだるくて起き上がれなかった。珍しく風邪をひいたようだ。
仕方なく、ベッドで寝ていた。
「心配してらっしゃいますよ」
「誰が?」
「シェンバー王子です」
ぼくの怪訝な表情に、セツが気の毒そうな顔をする。
「イルマ様が昨夜も食事をとらず、今朝もお出ましにならないので大層気にかけておいでです」
「ただの風邪だと思うから、大丈夫だよ。今日は寝てるって伝えて」
喉が痛い、と言うと、サフィードがマウロの実を漬けた花の蜜を持ってきてくれた。
セツが湯に溶いて渡してくれる。
体を起こして、少しずつ口に含んだ。
「サフィー、いつもこれを持ってきてくれるね」
「昔から、殿下がお好きでしたので」
「ありがとう、美味しい」
騎士の微笑みは、ゆっくりと心を温めていく。
「⋯⋯もう、国に帰った方がいいだろうか」
「殿下?」
「ぼくは、何の役に立つっていうんだろう。これは、ただの自己満足だ。王子には罪悪感でここにいるだけだと言われた。サフィーだって、ぼくに付いてこんなところまで来てしまって」
思わず呟くと、サフィードは言った。
「⋯⋯例え罪悪感からでも、殿下は王子の役にたちたいと思っておいででしょう? 愛情とは、自己満足が大きいと思います。私が殿下のお側にいることも同じではないかと」
「サフィー?」
「忠節とは何なのかと考える時があります。私が忠誠を捧げるのは国家ではない、殿下にです。こんな私は騎士として失格でしょう。でも、この生き方しか出来そうもありません」
「サフィー⋯⋯」
「お心のままに、お進みください」
サフィードの瞳は、どこまでも深い優しさと愛情を湛えている。ぼくは返す言葉を持たなかった。
扉が叩かれ、セツが取り次ぎに出た。
レイを伴って、シェンバー王子が入ってくる。
「王子? どうして?」
ぼくの部屋は二階なので、階段を上がらなければならない。王子が部屋に来ることは今までなかったのに。
「熱を出されたと聞いたので、様子を見に」
「大したことないんだ。ちょっとだるくて喉が痛いだけ。でも、サフィードが持ってきてくれたマウロの蜜漬けがあるから大丈夫」
「⋯⋯そうですか」
セツがベッド脇に椅子を用意する。腰かけた王子が手を伸ばして、ぼくの額に触れた。あれ、この感触。
冷たい指が、昨夜を思い出させる。
「ねえ、王子。もしかして昨夜、ぼくの部屋に来た?」
「⋯⋯心配だったので」
「あれは、サフィードじゃなかったんだ⋯⋯」
王子の表情が曇る。
「まだ少し熱い」
「王子にうつったら困るから、触らない方がいいよ」
「うつりませんよ。これでも、殿下よりは鍛えていますから」
思わずむっとして黙ると、王子が笑った。
「⋯⋯王子、昨日はもっと楽しそうだったのに」
思わず、余計なことを言ってしまう。
「何がですか?」
「庭で、楽しそうに笑っていた」
「庭で?」
「⋯⋯うん。窓を開けたら、見えたんだ。王子は、いつもよりずっと楽しそうだった」
──ぼくと二人だけの時よりも。
「本当に、貴方は全くわかってない」
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