81 / 202
第二部 眼病の泉
第9話 遭遇①
しおりを挟む「王子たるもの、むやみに頭を下げてはならぬ」
ずっと、そう言われてきた。
だけど、ぼくは国を継ぐわけでもなければ、もはや女神の名を掲げるわけでもない。
サフィードの苦し気な視線だけが胸に痛い。
ごめん、サフィー。ぼくは主として失格だ。
申し訳なさが胸に渦を巻く。それでも。
ぼくは顔を上げて砂漠の民を見つめた。精悍な顔立ちの男は、ぼくの視線を真っ向から受け止める。
「セリム、お願いだ。シェンバー王子と従者たちの行方を探してくれ」
「承知した」
砂漠の民は、ぼくの手を取って立ち上がらせた。
「太陽は地に伏せるものではない。貴方の輝きは全てを照らすもの。⋯⋯約束しよう。スターディアの王子たちを探し出すことを」
それから彼は、ぼくの前で膝を折った。砂漠の民の忠誠を誓う仕草だ。
割って入ったのはサフィードだった。
サフィードはぼくの前に立ち、セリムを睨み据える。
「イルマ王子に、其方ごときの忠誠はいらぬ」
冷え切った空気が場を支配した。
「これは手厳しい。では、騎士殿のお心に叶うように努めよう」
燃えるようなサフィードの瞳に対してセリムの瞳は冬の湖のようだった。暗く、深く、底がしれない。
「これより砂漠の部族に声を掛けに行く。三日のうちには手掛かりが掴めると思う」
「⋯⋯無茶はするなよ」
ハートゥーンの言葉に、セリムの口許がかすかに微笑んだ。
セリムの知らせが届くまで、ぼくに出来ることはないのか。
せめて、と神殿の書庫に赴いて、クァラン砂漠についての文献を片端から読んだ。
どこまでも砂の海が広がる地に神の恵みたる泉が湧いた。そこに、人々は泉の女神を祀って村を作った。
ふと目に付いた一文があった。
「眼病の泉?」
「ああ、ラーナの泉ですね」
書庫にいた神官が、ぼくの呟きを聞いて言った。
「知ってるの?」
「クァラン砂漠の中では、有名な泉ですよ。少々お待ちを」
―――――――
ある村に、親を早くに亡くして二人きりの兄妹がいた。病で視力を失くした兄の為に、妹は毎朝毎晩、女神に祈った。来る日も来る日も祈りを捧げる姿に、泉の女神が姿を現して告げた。
「暁の星の下に白い岩がある。岩と岩の間に湧く水を兄の目に垂らしなさい」
妹は村長と兄に別れを告げて旅に出た。女神に導かれた妹は、長い旅路の末に泉の水を見つける。
―――――――
伝説を教えてくれた神官は、奥の戸棚から一枚の地図を持ってきた。
地図には砂漠の村々が書き込まれていた。その昔、神官の一人が砂漠を隊商と共に旅しながら書きあげたものだそうだ。
机の上に広げると、丁寧に説明してくれる。
ぼくたちがいるのは、砂漠の入り口であるタブラ。そこよりずっと東には隣国ナヴァン。神官の指は、東南の一点を差した。
「伝説にある妹の名がラーナです。その名をとってラーナの泉と言われます。泉の水で視力が戻った兄と妹は、女神に感謝して、その後の一生を泉の元で暮らしたとか」
「ラーナの泉は今もあるの?」
ぼくが尋ねると、神官は頷いた。
「本当に治るのかな」
「もとは眼病を治したと言う泉ですが、今や万病に効くとも言われています。病が治った話もたくさん聞きます。ただ、泉は砂漠の民に厳重に守られているそうです。この地図も昔からありますが、どこまで正確な物かはわかりません」
ぼくは神官に礼を言って、書庫を出た。
眼病の泉。胸が高鳴るのがわかった。
シェンの穏やかな銀色の瞳が浮かぶ。同時にミケリアス王子の瑠璃色の瞳も。
⋯⋯もし、もう一度シェンの瞳が見えるようになったなら。
「イルマ様! 市場に行きませんか? ハートゥーン殿が案内してくださるそうです」
セツが走ってきた。
市場に行っている暇があるのかと聞けば、ハートゥーンは毎日閉じこもって報告を受けていたって仕方がないと言う。
「本当に必要な時は、向こうからやってきますから!」
確かにそんなものかもしれない。
58
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる