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第二部 眼病の泉
第10話 遭遇②
しおりを挟むセツとサフィードと共に、再び賑やかな市場を訪れた。
中央に泉があり、その周辺で食事をとる者が多い。
陽射しを避けて木陰に入って休む。
ハートゥーンから、香ばしい肉の炙り焼きと、平たくて大きなパンを渡された。
「肉を挟んで食べるんです! さあ、しっかり食べて元気を出さないと、砂漠に行く前に倒れますよ!!」
香辛料がきいた肉は、噛みしめると口の中に肉汁が溢れる。
「⋯⋯美味しい」
「あの商人、いいとこありますね」
セツが同じように、肉を挟んだパンに齧りつきながら言う。
「イルマ様があまり召し上がらないのを心配しているんですよ」
タブラに来てから、ぼくはめっきり食欲が落ちていた。
セツたちに心配されるので食べてはいるが、最近は食事そのものがどうでもいい。
商人は、両手にたくさんの果実を抱えて戻ってきた。
布を広げ、小ぶりな丸い果実や棘のある不思議な形の果実を置いていく。
「これは瑞々しくて食べやすいと思います。あと、こちらは甘みが強くて栄養がある」
「ハートゥーン⋯⋯。ありがとう」
「え? あ、いや! 礼を言われるほどでは」
ハートゥーンは、困ったように頭をかいた。
「大切な者がいなくなっては、誰しも気落ちする。でも、再び会うためには、少しでも力を蓄えておかなくてはなりません。貴方の騎士たちも、口には出さないがずっと心配しています」
ぼくはセツとサフィードを見た。二人はずっとぼくを気遣ってくれている。
「うん、そうだよね。⋯⋯ごめん」
いつの間に、こんなに弱っていたのだろう。
ぼくは手に持っていたパンと肉を残らず食べた。
少しずつ、心と体に力を戻さなくては。
タブラの市場は広くて、1日に回りきれるものではない。
珍しいものに目を奪われながら店を覗く。人込みを歩いていると、ふっと覚えのある香りがした。
⋯⋯この香りは。
振り向いた時に、目の端に背の高い人影が見えた。
黒づくめの服の間からわずかに何かが光る。金色の糸のような髪。
──あれは!
「ちょっと、行ってくる」
ぼくは、隣にいたセツに一声かけると、走り出した。
「ええっ! イルマ様!!」
人と人との間を縫うようにして、長身の人影は歩いて行く。
たてこんだ露店や、行き交う人々の間を迷うことも躊躇することもない。
⋯⋯違うかもしれない。
あんなふうに、人込みの間を問題なく歩けるはずがない。
でも、後姿が似ている。
シェンの纏う香りと同じだ。
──行かないで。
急ぐあまりに、うっかり人にぶつかって、一瞬目を閉じた。
「気をつけろ!」
「あ、すみません」
顔を上げれば、追っていたはずの人影はない。
市場を抜けた先には、道の両脇に煉瓦や石を使って作られた家々が建っている。
真昼の明るい道の下、往来の人の姿はまばらだった。
「シェン! シェン!!」
叫んでも答える人はいない。
思わず建物の影に頽れそうになった時だった。
「⋯⋯イルマ」
押し殺した声がする。
大きな手がぼくの腕を掴んで、胸の中に抱きしめた。
「⋯⋯シェン!?」
顔を上げようとしたら、両目を手で塞がれた。
でも、この手は。
剣の鍛練で硬くなった武骨な指は。
これは、シェンだ。確かにシェンだ。ぼくが間違えるはずはない。
目から手が外され、厚い胸に抱き寄せられる。シェンは口許以外の全てを黒い布で覆っていた。
嬉しくて嬉しくて、目の奥が熱い。
「⋯⋯もう、神殿に帰るんだ」
懐かしい声が降ってくる。
「シェ⋯ン⋯⋯も、一緒に行こう?」
答えはなかった。
「殿下、もう刻限です。お早く!」
小さな声が聞こえた。
ぼくを抱きしめた体が離れようとする。
慌てて布の上から腕を掴んだ。
──どうして、離れようとするんだ。
ようやく会えたのに。
「嫌だ! ⋯シェ⋯⋯!!」
そっと、ぼくの唇に優しく唇が重なる。
瞬間、腹に衝撃を受けて、ぼくの意識は暗闇の中に消えた。
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