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第二部 眼病の泉
第24話 言祝(ことほぎ)②
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「──この私と、永の年月を共に歩んでいただけますか?」
「女神の御許に旅立つ日まで?」
シェンは頷いた。
これは、結婚する二人が神官の立会いの下に女神に誓う言葉だ。
女神の湖での日々が浮かぶ。
いつとも知れぬ時を揺蕩っていたら、シェンたちが白銀の道を通って迎えに来てくれた。
「女神の許に行くのは、今度は二人一緒がいい」
「わかった」
⋯⋯本気にしなくていいのに、言ってみただけだよ。
そう言おうとして、口に出来なくなる。
シェンの瞳が、とびきり優しいからだ。
離れたくないと言えばきっと、死の旅路でも離さないでいてくれる。
ぼくは、頬を包んだシェンの両手に、自分の両手を重ねた。
「──シェンバー殿下。どんな時も、貴方と共に歩むと誓います。
ぼくがそう言った途端、何かが煌めいた。
肌に細かな水の粒を感じる。
視界に銀色の光が輝き、大気の中に風のように舞う。
砂漠に雨?
シェンも同じように感じたのだろう。
見上げれば、泉からまるで煙のように水が高く舞い上がり、ぼくたちに降り注いだ。
思わず、互いの手を握りしめたままで立ち上がる。
陽光に反射して、空中で何色にも輝く水の欠片。
霧のように細かい雫が煌めきながら静かに降りてくる。
髪に、肌に、体に。そして⋯⋯見上げたシェンの瞳の中に。
まるで光そのもののような水が、シェンの瞳の中に流れ込んだ。
「──っ!!」
シェンは、突然両手で顔を覆った。
よろけて転びそうになるところを、咄嗟に支える。
「シェン! 大丈夫?」
ぼくは顔を覆ったまま動かないシェンに叫んだ。
シェンは、しばらく立ち尽くした後に顔から手を離し、ゆっくりと瞼を開いた。
両手を見つめたまま、何度も瞬きを繰り返している。
「シェン!?」
シェンが顔を上げた時、全ての時が止まった。
長く美しいまつ毛の下に、砂漠の雲一つない青空はなかった。
冬の湖を彩る、白銀の氷雪の輝きもない。
──あったのは。
「⋯⋯イルマ?」
「うん。⋯⋯ぼくだよ」
確かめるように、シェンの手が伸ばされ、ぼくの頬を撫でる。
節くれだった手が目や鼻を丁寧にたどり、砂漠の陽で乾いた唇をなぞる。
シェンの口から、震えながら言葉が零れた。
「⋯⋯少し、痩せた。クァランで日に焼けて、前よりもずっと力強く見える。それに」
「それに?」
シェンは、ぼくの瞳をじっと見た。
「前よりもずっと⋯⋯、きれいだ」
「そんなこと言うの、シェンだけだよ」
どこにでもいるような顔立ちの、瞳の色ぐらいしか目立つところもない者に。
笑いながら、涙がいくつもこぼれた。
深い深い瑠璃色の瞳に、ぼくの姿が映っている。
女神の湖で失った、スターディアの宝石の色。
もっとよく見たいのに、涙で滲んで何も見えなくなっていく。
ごしごしと、手の甲で目をこする。
「私だけでいい。イルマを美しいと思う者は」
世界で一番眩しい微笑みが、そこにあった。
大気の中に、女神の温かな気配が静かに満ちてくる。
ぴちゃんと跳ねた水の飛沫が、懐かしい声を運んだ。
──幸せに。私の可愛い子。
それは、湖で別れの間際に、女神がぼくに囁いた言葉だ。
「今のは、私にも聞こえた」
シェンが目を丸くしてぼくを見る。
「女神は、私を赦してくださったのか⋯⋯」
「シェンだけじゃないよ。ぼくのこともだ」
大いなる女神の言祝が、細かな霧雨となって大気の中に満ちていく。
女神の許を離れて、人の世界で幸せに生きろと。
⋯⋯ずっと見守っているから、と。
ぼくたちの誓いの言葉を、女神は確かに受け取られた。
細かに降り注ぐ恵みの水の上に、次々に大小の虹がかかった。
人々は滅多に見ることのない虹に歓声を上げ、泉の女神と太陽に祈りを捧げる。
「⋯⋯フィスタは、ようやく長きに渡る軛から放たれる」
「試練の先に、女神は祝福を与えてくださった」
ぼくとシェンは静かに見つめあった。お互いの姿がはっきりと見える。
どちらからともなく口づけを交わした。
尽きることのない泉の水と、女神の愛に見守られながら。
「女神の御許に旅立つ日まで?」
シェンは頷いた。
これは、結婚する二人が神官の立会いの下に女神に誓う言葉だ。
女神の湖での日々が浮かぶ。
いつとも知れぬ時を揺蕩っていたら、シェンたちが白銀の道を通って迎えに来てくれた。
「女神の許に行くのは、今度は二人一緒がいい」
「わかった」
⋯⋯本気にしなくていいのに、言ってみただけだよ。
そう言おうとして、口に出来なくなる。
シェンの瞳が、とびきり優しいからだ。
離れたくないと言えばきっと、死の旅路でも離さないでいてくれる。
ぼくは、頬を包んだシェンの両手に、自分の両手を重ねた。
「──シェンバー殿下。どんな時も、貴方と共に歩むと誓います。
ぼくがそう言った途端、何かが煌めいた。
肌に細かな水の粒を感じる。
視界に銀色の光が輝き、大気の中に風のように舞う。
砂漠に雨?
シェンも同じように感じたのだろう。
見上げれば、泉からまるで煙のように水が高く舞い上がり、ぼくたちに降り注いだ。
思わず、互いの手を握りしめたままで立ち上がる。
陽光に反射して、空中で何色にも輝く水の欠片。
霧のように細かい雫が煌めきながら静かに降りてくる。
髪に、肌に、体に。そして⋯⋯見上げたシェンの瞳の中に。
まるで光そのもののような水が、シェンの瞳の中に流れ込んだ。
「──っ!!」
シェンは、突然両手で顔を覆った。
よろけて転びそうになるところを、咄嗟に支える。
「シェン! 大丈夫?」
ぼくは顔を覆ったまま動かないシェンに叫んだ。
シェンは、しばらく立ち尽くした後に顔から手を離し、ゆっくりと瞼を開いた。
両手を見つめたまま、何度も瞬きを繰り返している。
「シェン!?」
シェンが顔を上げた時、全ての時が止まった。
長く美しいまつ毛の下に、砂漠の雲一つない青空はなかった。
冬の湖を彩る、白銀の氷雪の輝きもない。
──あったのは。
「⋯⋯イルマ?」
「うん。⋯⋯ぼくだよ」
確かめるように、シェンの手が伸ばされ、ぼくの頬を撫でる。
節くれだった手が目や鼻を丁寧にたどり、砂漠の陽で乾いた唇をなぞる。
シェンの口から、震えながら言葉が零れた。
「⋯⋯少し、痩せた。クァランで日に焼けて、前よりもずっと力強く見える。それに」
「それに?」
シェンは、ぼくの瞳をじっと見た。
「前よりもずっと⋯⋯、きれいだ」
「そんなこと言うの、シェンだけだよ」
どこにでもいるような顔立ちの、瞳の色ぐらいしか目立つところもない者に。
笑いながら、涙がいくつもこぼれた。
深い深い瑠璃色の瞳に、ぼくの姿が映っている。
女神の湖で失った、スターディアの宝石の色。
もっとよく見たいのに、涙で滲んで何も見えなくなっていく。
ごしごしと、手の甲で目をこする。
「私だけでいい。イルマを美しいと思う者は」
世界で一番眩しい微笑みが、そこにあった。
大気の中に、女神の温かな気配が静かに満ちてくる。
ぴちゃんと跳ねた水の飛沫が、懐かしい声を運んだ。
──幸せに。私の可愛い子。
それは、湖で別れの間際に、女神がぼくに囁いた言葉だ。
「今のは、私にも聞こえた」
シェンが目を丸くしてぼくを見る。
「女神は、私を赦してくださったのか⋯⋯」
「シェンだけじゃないよ。ぼくのこともだ」
大いなる女神の言祝が、細かな霧雨となって大気の中に満ちていく。
女神の許を離れて、人の世界で幸せに生きろと。
⋯⋯ずっと見守っているから、と。
ぼくたちの誓いの言葉を、女神は確かに受け取られた。
細かに降り注ぐ恵みの水の上に、次々に大小の虹がかかった。
人々は滅多に見ることのない虹に歓声を上げ、泉の女神と太陽に祈りを捧げる。
「⋯⋯フィスタは、ようやく長きに渡る軛から放たれる」
「試練の先に、女神は祝福を与えてくださった」
ぼくとシェンは静かに見つめあった。お互いの姿がはっきりと見える。
どちらからともなく口づけを交わした。
尽きることのない泉の水と、女神の愛に見守られながら。
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