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第三部 父と子
第1話 感謝の日①
しおりを挟む東の果て、クァラン砂漠から南の離宮に戻って一か月が経つ。
イルマたちは、ようやく離宮での穏やかな日々を取り戻していた。
シェンバー王子は、よく風の通る窓際の長椅子に座っていた。
午前中は強い日差しも入らず、晴れ渡った外の景色がよく見える。
侍従のセツとイルマ王子が、先ほどから熱心に話し込んでいる。
イルマが頷き、セツが箱を抱えたまま踵を返して扉の向こうに去った。明らかにほっとした様子のイルマが振り返る。
「シェン! ごめんね。待たせてしまって」
イルマは、シェンバーを見てにっこり笑った。シェンバーの胸は、ドキンと跳ねる。
──イルマは気づいていないんだろうな。
シェンバーは、胸の中でこっそり呟く。
この一週間、ろくに相手をしてもらえなかったのだ。
イルマは話しかけても上の空で、すぐに自分の部屋にこもってしまう。さりげなくセツに探りを入れても、こちらも何やら忙しそうで適当にあしらわれてしまう。
レイも同じことを思っていたようで、
「お二人とも何をやってらっしゃるんでしょう⋯⋯」
と首をひねっていた。
今だって、久しぶりにイルマが自分からシェンバーの部屋に来たかと思えば、セツが最後の確認だと走ってきた。
「イルマ、終わったのか?」
「何が?」
きょとんとした顔を向けられて、シェンバーは高鳴る胸を抑えつけた。
──可愛いな⋯⋯。
しょっちゅう思っているのだが、すぐに口に出すのはうっとうしがられるだろうかと、最近は心配になる。
見えない時があっただけに、目から直接受ける刺激は大きい。この生き物は、時々やたらと無防備になるので注意しなくては。
「⋯⋯ずっと、忙しそうだったから。何をしてるのかと思って」
「ああ! ようやく全部揃ったんだ。これで、何とか間に合いそうなんだよ」
イルマは、きらきらと目を輝かせた。
「間に合うって、何に?」
「感謝の日!」
目を丸くしていると、イルマが教えてくれた。
フィスタには、年に一度、両親に感謝の気持ちを伝える日がある。
父と母にそれぞれ、自分の想いがこもったものを贈って、皆で一緒に食事をとるのだ。
「そういえば、フィスタには親が子どもの為に菓子を焼く日もあったな⋯⋯」
女神の愛情深い土地では、人々の感情も細やかなのだろうか。
「うん! 感謝の日は、子どもから親に感謝を伝えるんだ。気持ちを表せばいいから何でもいいんだけど、大抵自分が作ったものを渡すんだよ」
「⋯⋯イルマは何を贈ったんだ?」
イルマは、指を折って数え始めた。
「えっと、今年はね。スターディアのものを色々入れようと思って、あれこれ用意したんだ。スターディアのお茶に、南でしか採れない花の香水。出入りの商人が宝石に詳しくて、父上と母上の瞳の色の宝石を使った、お揃いの腕輪を作ってもらったんだ。あと、母上には刺繍の入った手巾を三枚作って、父上には同じく刺繍の入った枕!」
⋯⋯眩暈がしそうだった。なんだ、その愛情にあふれた贈り物の数々は。
シェンバーは危うく、自分も欲しいと言いそうになった言葉を飲み込んだ。
「そうか。父君と母君は、さぞかしお喜びだろうな」
「うん! 昔から、何を渡しても喜んでくださるんだ。兄上たちみたいに、自分で何か用意することが出来なかった時は、歌を歌ったこともあったよ」
シェンバーは、思わず胸を押さえた。
幼いイルマが一生懸命歌を口ずさむ姿は、想像した瞬間に強い衝撃をもたらした。よろけそうになるのを必死で踏みとどまる。
「シェン、どうしたの?」
「⋯⋯いや、ちょっと驚いただけだ」
シェンバーは、イルマの顎を捉えて、あっという間に唇を重ねた。
──可愛すぎるだろう、この生き物は。
顔中に降ってくる口づけに慌てて胸を押し返しながら、必死でイルマは言った。
「シェ、シェンは!? シェンは何を贈ったの?」
「⋯⋯贈る?」
「そう! スターディアにもあるでしょう? えっと、こっちでは父の日だっけ? 国王陛下に何を贈ったの?」
「⋯⋯父に?」
シェンバーは、イルマをしっかりと腕に抱いたまま、黙り込んだ。
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