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第三部 父と子
第3話 贈り物探し①
しおりを挟む「⋯⋯父に、贈り物?」
イルマを抱きしめながら、シェンバーは考えこんでいた。
腕の中から一生懸命抜け出そうと動いている生き物を、さらに強く引き寄せる。
ちっとも離してくれないので、仕方なくイルマは向きを変えた。広い胸に自分の背中をつける。おさまりのいいところを見つけて、シェンバーの言葉を待った。
「毎年、父の日に贈り物はしていたはずだが、侍従任せだった。何を贈っていたのかも知らない。たぶん、侍従は報告に来ていたはずだが、関心がなかった⋯⋯」
シェンバーは、ゆっくりと思い返していた。
──スターディアにあるのは、フィスタのように揃って両親に感謝する日ではなく、父と母とそれぞれに分かれて感謝を告げる日だ。
肝心の父が関心を示さず、母もそれに倣ったために、王宮では特に何も行われなかった。父母や兄弟と顔を合わせて宴を催した覚えもなく、慣例的に贈り物をする。ただそれだけの日でしかない。
イルマのように、自分で何か作ったものを贈るだなんて考えたこともない。いや、子どもの時には⋯⋯あったのだろうか。
いくら考えても何も思い浮かばないことに、シェンバーは改めて驚いた。
「シェン。ねえ⋯⋯、シェン?」
「ん?」
腕の中のイルマの頬を、ふにふにと触る。顎にふわふわと触れる髪も心地が良かった。
「んんん⋯⋯! しゃべり⋯⋯づら」
イルマが、ぼそぼそと文句を言うところも可愛いなと思う。
ふふ、と思わず微笑みが口の端に浮かぶ。
頬をいじっていた手を取って、イルマが言う。
「じゃあ、今年はシェンが選んで何か贈ってみたらいいよ。国王陛下のお好きなものは何?」
「父の⋯⋯好きなもの?」
思わず目を見開いた。
「そう! 食べ物とか⋯⋯趣味とか。陛下は何がお好きなの?」
──父の好み?
怪訝な顔をするイルマに、戸惑いながらシェンバーは言った。
「私は⋯⋯父のことがよくわからない。父は政務に忙しくて、幼い頃から共に過ごすことは、ほとんどなかった」
──物心ついた時から見てきたのは、父の背中ばかりだった。
子どもと一緒に過ごすどころか、王妃や側室と過ごす姿もろくに見たことがない。父はいつも重臣に囲まれ、政務や会議に明け暮れていた。
大国の王なのだからと当たり前のように思っていたけれど、本当にそうだったのだろうか。
⋯⋯父はいつも、何かから逃げるようではなかったか。
「そうなんだ⋯⋯」
腕の中で黙りこむイルマに、シェンバーは不安になった。
親子の仲がいいフィスタの王族から見たら、自分はさぞ薄情に見えることだろう。
誰に何を思われても良かったが、イルマにもそう思われるのは⋯⋯寂しい。
そんな感情を、自分が持つようになったことも不思議だった。
「イルマ、私は⋯⋯」
過去は変えられないのに、自分は今更、何を言おうとしているのだろう。
「よし! シェン!! 町に行こう」
「えっ?」
「陛下の好みがわからないなら、シェンが贈りたいものを贈ればいいよ!」
イルマは、にっこり笑った。
「シェンは前に、ぼくに花のお茶を贈ってくれた。あれは、ぼくが好きそうだと思ったから。そして、シェンも好きだったんでしょう?」
「⋯⋯ああ、そうだ。確かミケリアスに勧められたんだ。神殿には茶がよく寄進されるからと分けてくれた。香り高くて美味しいからイルマもきっと、気に入ると思って」
イルマは、頷きながらシェンバーの手を取った。
「探しに行こうよ。二人で!」
イルマの黄金色の瞳が、楽し気にきらきらと輝く。
シェンバーは、吸いこまれるようにその輝きを見つめた。
「買い物に行くならガゥイがよろしいかと。店も多いですし、市場がありますよ。異国からの品も多くて面白いものを置いているそうです」
「市場? じゃあ、ガゥイにしよう!」
茶を運んできてくれたセツの助言で、行く先は決まった。
「朝早くから始まるんだって! ねえ、シェン、早起きして出かけない?」
「イルマがそうしたいなら」
「ありがとう!」
イルマの顔がぱっと明るくなる。
「市場ってわくわくする。どんなものがあるのかな」
イルマはまるで、自分のことのように嬉しそうだった。
南の離宮から馬車で一刻。ガゥイは大きな町だ。町の中にはたくさんの店があり、外れには市場と屋台が立ち並ぶ。
シェンバーは思う。
町や人々の様子を見るために、内密に訪れたことはあっても、特に買い物をしたいと思ったことはなかった。必要なら出入りの商人たちを呼びつければいいし、元々、自分から何か特に欲しいと思ったこともない。
⋯⋯たった一つを除いて。
「明日が、楽しみだな」
「うん!」
シェンバーがふわふわした髪に手を伸ばせば、黄金の瞳が楽し気に瞬いた。
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