【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第三部 父と子

第32話 奥庭①

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「奥庭を開く」

 国王からの使いが届けたのは、たった一言だった。


 数日後、シェンバーとイルマは連れ立って、本宮殿の奥庭に向かっていた。

「ねえ、シェン。奥庭はどのくらい閉ざされていたの?」
「叔父上が亡くなったのは、兄が生まれるよりも前だから30年は経つ」
「⋯⋯その間、誰かが世話をしてたのかな」
「わからない。子どもの頃に、何度かこっそり入ってみようとしたけれど無理だった」

 イルマは幼いシェンバーの姿を想像して、目を見開いた。
「シェンでもそんなことするんだ⋯⋯」
「子どもなら誰でもするだろう?」

 ⋯⋯なんとなく可愛い子ども時代が想像できなかったんだけど。
 口にするのは止めて、イルマはにこにこと微笑んだ。

 隅々まで手入れの行き届いた庭を歩き、小道の一本を奥へ奥へと辿る。
 目の前に一面の高い鉄柵と、大人の背の高さほどもある生垣が見えた。獅子が剣を咥えた紋章が描かれた鋼鉄の扉はひどく錆びて、異様な存在感を示している。

 自分たちよりも先に、そこに集まっている人々がいた。
 国王と王妃、宰相に王太子、ミケリアス王子。

「来たか」
 国王は、イルマとシェンバーの姿を見て微笑んだ。

「あの⋯⋯ぼくも、入ってもいいんでしょうか?」
 イルマは扉の前に集った人々を見て、あらためて言った。
 ここにいるのは、宰相と王家の血筋の者たちだ。シェンバーと共に来るよう言われたけれど、自分がいるのは相応しくないように思われた。

「其方にもいてほしいのだ、イルマ王子。ルーウィックの想いを伝えた其方に、共に見てほしい」
 穏やかな言葉とは裏腹に王の顔色は悪く、疲弊しているのが伝わってきた。夜会の日から、ろくに眠っていないのかもしれない。

 イルマが頷くと、王は扉に目を向けた。

「⋯⋯開けよ」

 国王の絞り出すような声を聞き、長く閉ざされていた扉に鍵が差し込まれる。軋んだ音と共に、獅子の扉が力を込めて開かれた。

 庭を見た人々は息を呑んだ。

 王妃の口からは小さな悲鳴が漏れ、崩れそうになる体を隣にいた王太子が支える。
「母上!」
「エルダシオン。こんな⋯⋯! ルーの、あの子の庭が⋯⋯」

 広々とした庭だった。
 かつては四方に小道が伸び、季節の花々が咲き誇り、一面に花の香りが漂っていた。
 風の通り道にある四阿あずまやには心地よい風が吹いて、しばしの休息に誘われたはずだった。

 当時の華やかな面影は微塵もない。

 小道はところどころ崩れ、花なのか雑草なのかもわからぬものが生い茂っている。刈り込まれていた低木は大きく枝が伸びて蔦が巻き付き、鬱蒼とした影を作っていた。
 それでも時折、人の手が入っているのだろう。小道には人が歩けるだけの幅があるのが見えた。

 戸惑う視線を投げる宰相に、王は自ら先に立って庭に足を踏み入れた。

「シェンバー、イルマ王子と共に先に行け。私たちは母上が落ち着かれてから後を追う」

 王太子とミケリアスが両脇から、呆然と立ち尽くす王妃を支えている。
 兄の言葉にシェンバーはイルマを伴って歩き出した。二人の少し先に、王の背中があった。
 王はただ真っ直ぐに、一つの場所をめがけて歩を進めていく。

「⋯⋯四阿に向かっているんだ」
 イルマが夢の中の記憶を辿りながら言った。
「ルーウィック殿下が、いつも陛下を待っていらしたあの場所へ」



 頭上に太陽は輝き、小鳥のさえずりが聞こえる。
 ⋯⋯居るはずはないとわかっていたのに、心のどこかで居てほしいと思っていたことに気づく。
 穏やかな光の中で自分を待っていた者の姿は、どこにもない。

 朽ちた建物の残骸だけが目の前にあった。
 屋根はとうに外れ、支えていた支柱は壊れて転がっている。残ったものも下手に触れたら崩れてしまうのではないかと思われた。

 王はかつて自分が何度も腰かけたものの残骸に触れた。ぼろぼろと見る間に形を失っていく。
 すぐ近くにシェンバーとイルマの姿を認めて、王は口を開いた。

「昔話を⋯⋯、聞いてくれるか」
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