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第三部 父と子
第33話 奥庭②
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亡き父王は、国を大きくすることを至上としていた。
国土を拡大しただけでは混乱が続き、人心の乱れは不安と反乱を呼ぶ。急激に肥大した国をいかに盤石のものとしていくかが早急の課題だった。
私は王太子として早くから政務に関わり、朝から晩まで少しの余裕もない日々を送っていた。
ルーウィックは、私より5歳年下の心優しい王子だった。
本当は剣を持つよりも、楽を奏でるほうが好きだったのだろう。
夕暮れが近くなると奥庭の四阿で、よくリュートを奏でていた。傍らで聴いてもいいかと問えば、いつでもと微笑む。政務の合間に弟と過ごす時間が好きだった。
私が訪れれば、弟はいつも優しい調べの曲を奏でてくれる。それが日々に疲れた私の為だったと後で知った。
ある時、他国の王族を交えて晩餐会が開かれた。
私たちはいつも、食事の初めにそっと杯を交換する。ずっと、それは儀礼的なものだと思っていた。なぜなら私たちの口にするものは全て、事前に毒見役が確かめるのだから。
晩餐会が終ろうとする頃、弟の顔色がひどく悪いのに気がついた。姿勢を保てずにふらついたところを咄嗟に支える。弟は、その晩遅くに昏睡状態に陥った。
戦場でもないのに、第二王子が王太子の盾になる日など来るはずがない。そう思い続けていた私は、なんと愚かで傲慢だったのか。
父が平定した国の中には、我が国に根強い憎しみを抱く国も多かった。その一つが15の弟の命を奪おうとしていた。狙われたのは私だったのに。
古くから薬学が盛んだった王家に仕えていた薬師が、生き延びて王宮に入り込んでいた。盛られたのは果実酒に混ぜられた遅効性の毒。秘薬とされ、味も匂いも色もない。
弟の昏睡状態が続く間に、二人の毒見役が死んだ。
私はずっと、弟の側についていた。誰が何と言おうとも離れずに、弟の髪を撫で、手を握り、話しかけ続ける。そうしなければ、すぐに女神の元に行ってしまうと思ったから。
弟の隣にいたくて、夜も一つの部屋で眠った。
二日目の朝、弟の声が聞こえたような気がした。いつの間に微睡んでいたのか、私を見つめる瑠璃色の瞳があった。
はね起きて手を握りしめると、冷え切った手がわずかに握り返してくる。冷たい手が哀れで少しでも熱を移したくて、必死でさすった。
唇がほんの少し開いてゆっくりと形を作る。切れ切れに息を吐きながら、言葉を伝えようとする。
私は必死に弟の唇の動きを追った。一言も漏らさず全てを聞き取りたかった。手を握り小さく頷いて返せば、弟の瞳が揺れる。
「⋯⋯」
わずかな言葉をたしかに受け止めた。私が名を呼ぶと、弟はゆっくりと瞬きをした。
それが、最期だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの日、ルーウィックが目の前で倒れるまで、私は何もわかっていなかった。弟の犠牲の上に、この身は今日までのうのうと生きている」
長い間、国王の中に在った記憶は、静かな哀しみで満ちている。
シェンバーは思わず声をかけた。
「⋯⋯父上。この国は以前よりもずっと平和な日々が続いています。領土の拡大よりも内政に父上が尽力されたおかげです」
「まだだ、まだ足りぬ。弟ばかりか、生き写しの其方までが毒に倒れたではないか。私の力が至らぬばかりに」
国王は大きく頭を振り、息子をひたと見つめた。その瞳は後悔に満ち、遠い過去に思いを馳せていた。
「父上、しっかりご覧ください。私は生きています。毒に倒れはしても現世に戻ってきました。女神の愛し子の助力を得て」
「⋯⋯助力を?」
「毒に侵された体を救ってくれたのは、死出の道で会ったイルマです。幼いイルマが身の内の毒を癒してくれた。私はその時に見た黄金の瞳をずっと忘れられませんでした」
イルマの中に眠っていた記憶が揺れる。
『ちが、でてる』
まっしろなかお。くちとむねにひろがる、あかいしみ。
⋯⋯はやくとめなくちゃ。あれは、わるいもの。
いたいところに、てをあてたらきっとなおる。いつもルチアがしてくれるもん。
⋯⋯げんきになって。
たくさんおねがいしたら、しみがなくなっていく。
ふう、よかった。
『これでもう、いたくないよ』
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