【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第三部 父と子

第34話 再生①

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「そんなことが⋯⋯」
 国王は、イルマを見て柔らかな微笑を浮かべた。
「礼を言わねばならんな。ありがとう、イルマ王子」

 イルマは何と言っていいのかわからなかった。
 子どもの頃のことで、相手が誰かも知らなかったのだから。

 シェンバーがイルマの手を握った。
 遠い昔の記憶を思い出す。ただ二人だけで手を繋いで歩いたことを。

「シェンバーはルーウィックが生まれ変わったのかと思うほど、弟によく似ていた。容姿だけではない、自分から何も望まぬところもそっくりだった。そんな息子が初めて自分からフィスタの王子との婚姻を望んだ時、何とか叶えてやりたいと思った。其方たちは、遥か昔に出会っていたのだな」
「父上⋯⋯」

 王の言葉はシェンバーには衝撃だった。そこにあったのは、国王としての立場でも政略でもない。一人の親として子を想う心だった。長い間、父は自分たちに、妻子に関心が無いのだとばかり思っていた。

 いつのまにか、王妃を支えた王太子とミケリアスが側に立っていた。
 王妃の頬には涙が伝っている。

「⋯⋯シェンバーが生まれた時のことを覚えています。陛下は、私にはこの子を腕に抱く資格がないと仰った。この命は眩しすぎると」

 王妃はイルマとシェンバーを見て口許に笑みを浮かべた。

「ルーは、私には本当の弟のようでした。元々従兄弟いとこ同士でよく似ていると言われていましたし、仲が良かったのです。倒れたルーの快癒を神殿で祈っていた私の前に、あの子が現れました。ルーは私の手に水晶を渡して消えてしまった⋯⋯」

 王妃の手には、イルマが手渡した幻影水晶があった。

「南の離宮に近いガゥイの市場で、王妃様がお持ちの石がぼくを呼びました。その日から何度も夢を見ました。売っていた老婆が言ったのです。幻影水晶は、想いを告げる石だと」
「想いを⋯⋯」
 王妃の美しい手が、何度も優しく透明な水晶を撫でた。
「水晶の中の影が消えたのは⋯⋯、あの子が想いを告げられたから?」

「王弟殿下はきっと、女神のもとで安らいでおられます。殿下は国王陛下がご自分を責めずに、この庭で穏やかに過ごしてくださることを願っています」

 国王は黙ったまま、ゆっくりと荒れ果てた庭を見回した。

「亡き父も私も、弟の愛したこの庭に足を踏み入れることができなかった。庭師が手入れを願い出ていると聞いて、わずかに立ち入りを許してはきたが。庭がどうなっているのか、この目で確かめもしなかった。⋯⋯こんなに荒れ果ててしまったのも無理はない」

 弟と過ごした懐かしい面影は既にない。国王の悲しみと後悔に、イルマは胸を突かれた。
 王の視線を追ったイルマは、朽ちた四阿の先に清浄な空気を感じた。

「⋯⋯陛下。女神の祝福を受けた子と呼ばれていても、ぼくにはさしたる力もありません。時折、水や女神の気配を感じることが出来るだけです」
「イルマ王子?」
「でも、少しだけお役に立てるかもしれません」

 イルマの耳は清らかな水の囁きを受け取っている。
 ⋯⋯王弟殿下と眺めた泉がこの先にあるはずだ。

 滾々と湧いていた泉の姿は見当たらず、緑が生い茂っている。草や枝をかき分けていくと、清水が岩の隙間から小さく湧き出て、窪みに水たまりが出来ているのが見えた。
 泉は涸れてはいなかった。端から水が零れて周囲に潤いを与えている。

「よかった。ここにいてくれたんだね」
 イルマが手を触れると水が輝いた。泉の精霊の気配がする。
「少しだけ力を貸してほしいんだ。あの時現世の姿を映したように、女神の高き座所を⋯⋯」

 ゆっくりと水が湧いてくる。
 水は純度を増し、泉の中に朧げな人影を映し出す。

 ──お願いだ。もう少し。

「陛下!」
 イルマは叫んだ。

 シェンバーと共に後を追いかけて来た王が、慌てて小さな水たまりをのぞく。鏡のように水の表面が静かになった。
 白絹を纏った王子が、輝く水の中で微笑んでいる。

「ルーウィック!!」
 必死で目を凝らす王の顔が、不意に歪んだ。泉を見つめ続ける瞳が揺れて涙を堪えている。
「⋯⋯其方は、あの時と同じことを言うのだな。死の床で言葉を振り絞ったあの時と」

『兄⋯⋯上。りっぱ⋯⋯な、王に』
 ⋯⋯私はずっと見守っています。愛する兄上と、この国を。どうか幸せに生きてください。

 遠い日に自分に抱きついて何度も大好きと笑った弟。その優しい微笑を、言葉を。王は胸に深く焼きつけた。
 小さな泉が何も映さなくなっても、王は長い間、泉の前から動こうとはしなかった。
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