【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第27話 我が道を①

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 ルチアが滞在してくれるなら、案内したい場所がたくさんある。ああ、それよりもたくさん話がしたいな。
 イルマはそう言って、嬉しそうに顔をほころばせた。



 白薔薇に囲まれた四阿あずまやで、当の乳母はくつろいでいた。こんなことになるとはねえ、なんてのんびりと呟きながら。傍らの息子が、やんわりと母をたしなめる。

「だから最初から、名代なんか立てなければよかったんですよ」
「だって今更でしょう。殿下はご自分の足で立派に歩んでおられるのに。のこのこと顔を出すなんて、と思ったのよ」
「泣かせてしまったではないですか。おかげでセツには揃って怒られるし。⋯⋯殿下が母上に向かって走ってこられたお姿は、幼い頃を思い出しましたよ」
「⋯⋯あら」
「おや、お見えになられたようだ。王子の騎士殿が」

 小道を足早に、黒髪の騎士がやってくる。王妃の近衛騎士は、四阿の外に出て優雅に礼をした。サフィードも礼を返し、ルチアの姿を見て、ほっと息をつく。

「⋯⋯まだこちらに滞在なさると聞いて、急ぎまかり越しました」
「あまり長くはいられませんが。殿下の晴れ姿やサフィード様のお元気なお姿を拝見して、悔いなくフィスタに戻れます」

 ルチアは一段と雄々しくなった守護騎士に目を細めた。サフィードは穏やかな微笑みを浮かべている。わずかに疲れが見えるのが気にかかる。

「お疲れなのではありませんか。今日の日まで殿下を無事にお見守りくださるのは、さぞ骨が折れたことでしょう」
「何ほどのこともありません。殿下のお側でお守りできれば、それが私の喜びです。ですが⋯⋯」
「サフィード様?」

 サフィードは迷っていた。自分の中で、答えを出すべきなのはわかっている。それでも心は揺れる。まるで難破しかけた船のように、安心できる港は遠く、進むべき先が見えない。
 灯のようなルチアに、教えを請いたいと願う心は軟弱なのか。守護騎士は、自分で自分の心を掴みかねていた。

「どうぞお掛けになって」

 ルチアは柔らかく声をかけた。サフィードは一瞬迷ったが、ルチアに向かい合うように腰を下ろす。膝の上で指を組みながら、言葉をゆっくりと絞り出した。

「⋯⋯守護騎士は、イルマ殿下に必要でしょうか?」

 何度も自問してきたことだけれど、言葉にしてしまえばひどく重い。自分の存在意義は常に、主を守ることだ。主を失った守護騎士に何の価値があるだろうか。過去に祝福の子を失くした守護騎士が後を追った例がある。その気持ちが、サフィードには痛いほどよくわかった。

 ルチアの碧青の瞳が、まっすぐにサフィードを捉えた。その瞳を見ていると、何もかもをさらけ出してしまいたくなる。

「陛下に、フィスタに戻ってはどうかと問われました。イルマ殿下にも、自分の幸せを考えるようにと。様々な困難を乗り越え、殿下はご立派に成長されました。傍らに立つ唯一人のご伴侶を得て、この国には王族を守る手練れの者たちもいる。私がお側でお守りする必要があるのかと考えています」

 自分がフィスタに戻っても、主は問題なく日々を送れる。その事実は身を切られるような辛さを伴っている。だがそれは、愚かな感傷だ。自分こそが主を守りたいと思う執着の表れでしかない。真に望むべきは、主の身の平穏と幸いなのだから。

「サフィード様は、フィスタに戻りたいとお思いですか?」
「いいえ」
「イルマ殿下がお戻りになると仰ったら?」
「参ります」

 故国に愛着がないわけではないが、それは些細なものだった。ルチアの口から、軽やかな笑い声が上がる。

「⋯⋯ふふ。さすがはヴァルツの御子でいらっしゃる。ご存知でしょうか? ヴァルツ伯爵家の殿方が社交界で何と言われていたかを」
「は?」

 実家は武門の家で、男たちは忠義第一の者ばかりだ。幼い頃から「主が滅ぶ時は己が滅ぶ時と心得よ」と口を酸っぱくして父に言われていた。

「年頃の姫君たちの間でよく囁かれていたものです。ヴァルツの殿方は王家と結婚済みだ、と」
「⋯⋯」
「貴族なんて政略結婚が当たり前です。それでも多少は夢を抱くもの。でもね、ヴァルツ家の殿方はどなたも皆、幼い頃から王家に忠節を誓われるでしょう。自分たちが二の次なのは最初からわかっていますから、あまり良い評判はたちません」

 王家に事あらば、何を置いても駆けつける。家族が優先されることなどない家だった。サフィードは、母や叔母たちが折々にため息をついていた理由が、ようやくわかった気がした。

「まあ、私なぞは、と言われておりましたので。ヴァルツ家の殿方どころの話ではありませんが」

 サフィードは、はっとしてルチアを見た。穏やかに微笑んでいるけれど、ルチアは夫を次々に亡くして、今の夫は三度目の結婚だ。波乱に富んだ人生は、イルマ王子自身よりもフィスタの貴族たちの間では有名だった。

「望まれて結ばれても、相手に添い遂げられるとは限りません。私は今の夫である男爵と結婚した時に思ったのです。泣くのはもうやめよう、と。悩んでもみっともなくても、自分の意志でやれることはやってみようと。⋯⋯サフィード様、選べる余地があるのなら、どうぞご自分の心をよくご覧になって」
「自分の、⋯⋯心を?」
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