200 / 202
第四部 婚礼
第46話 ◆番外編おまけ◆ イルマ、子どもになる!①
しおりを挟むそれは何の前触れもなく起きた出来事だった。敬愛する女神は果たして、私に恩寵を授けられたのか、たまたま悪戯な御心をお示しになられたのか。人であるこの身にはわかるはずもないが、ただ一つだけ確かなことがある。
⋯⋯目覚めたばかりの私の隣にいるのは、五つになるかどうかという幼子だった。
丸い瞳にふっくらした頬の子どもがすやすやと眠っている。髪は栗色で柔らかく、まるで子猫の毛のようだ。呆然と見守っていると、幼子は体をふるりと震わせた。小さな手で目をこすり、ふわあと一つあくびをする。その後、両手を頭上にぴんと伸ばした。
子どもが身に纏っているのは、私の伴侶の寝衣だ。まるで上掛けのように体にゆるゆると巻き付き、その様が何とも愛らしい。
目をこすっていた幼子が、むくりと起き上がった。
⋯⋯まさか。
心が震え、ごくりとつばを飲み込む。
幼子はぱちぱちと瞳を瞬きながら、くるりと辺りを見回す。起き上がっていた私を見て、目を見開いた。そして、不思議そうに聞いてくる。
「だあれ? かみのけ、きらきら」
たどたどしい言葉も、何とも愛らしい。
小さな手は、私の髪にそっと触れた。彼の瞳こそ、誰よりもきらきらと輝いている。世に二つとない黄金の瞳。食い入るように見つめる私に、幼子はにっこり笑った。
「めがみさまみたい」
私が震えながら両手を広げると、幼子は、ぽすんと胸の中に入ってきた。まだ眠いのだろう。目をこすりながら私の胸に体を預けてくる。そっと抱きしめれば、頬をすり寄せる。
⋯⋯何という警戒心のなさだ。どれだけ愛されて育ったら、こうなるんだ?
私は衝撃に言葉もなかった。
コンコン、と扉を叩く音がする。
はっとして、胸の中の幼き者をしっかりと抱きしめた。
「シェンバー殿下! どうぞ、その方をこちらにお渡しください!」
「嫌だ! 私が面倒を見る!」
「何を仰います! 主の世話をするのは臣下の役目です!」
「今回は特別だ。誓いを交わした相手の面倒を見ることこそ、伴侶の役目だろう!」
部屋の中に入って朝の挨拶を告げた侍従は、私たちを見て目を丸くした。しかし、先日のこともあり、彼はすぐに状況を見てとった。
腕の中にいる可愛らしい生き物を、例え伴侶の侍従であっても渡すものか。私は自分の膝に幼子を抱えたままだ。
美貌の侍従に眦を吊り上げて睨みつけられたのは初めてだが、一歩も引く気はない。
「お言葉ですが、そのままでは、御着替えすらままならないではありませんか?」
「では、其方がよさげな服を用意してきてくれ。私はこの子と共に待っている」
火花が放たれた気がした。
ここで気圧されてなるものか、と思った時だ。じっと、侍従を見つめていた幼子が口を開いた。
「⋯⋯ルチア?」
「セツ、セツです! イルマ様ッ!」
「ルチアじゃないの? あれ、セツがいないよ。まだ起きてないのかな⋯⋯」
きょろきょろと辺りを見回す幼子に、侍従は、うっ、と言葉を詰まらせた。
年端もいかぬ子に、この状況がわかるはずもない。何しろ、自分たちでさえ、何故こうなっているのかわからないのだ。私は膝の上の子の体を、くるりと自分の方に向かせた。
「えっと、イルマ?」
「うん。ぼく、イルマだよ」
「私はシェンだ。その⋯⋯、イルマはいくつなんだ?」
「このあいだ、5さいになったよ!」
嬉しそうに小さな手をぱっと広げて話す姿に、胸の奥がぎゅっと掴まれる。何だ、この愛おしさは。
「ッ! イルマ様!」
泣きそうな声が聞こえる。目の前に、倒れそうになりながら胸を抑えている者がいる。私はなんとか言葉を絞り出した。
「⋯⋯そうか、5歳になったのか。大きくなったな」
「うん! ちちうえやあにうえたちもそういってた! あのね。みんながおくりものをくれたから、おかえしに、うたをうたったの」
「歌を⋯⋯」
「みんな、よろこんでくれたよ。えっと⋯⋯、シェンもききたい?」
思わず強く頷くと、傍らのセツも何度も頷いている。
「じゃあ、うたうね!」
コンコン、と扉がもう一度叩かれる。
セツが大急ぎで出て行くと、顔を出したのはレイとイルマの騎士だった。中に入ってきたレイは、私と幼いイルマをかわるがわる見て、茫然としている。
黒髪の騎士は、幼子だけを見つめて目を瞠っていた。
腕の中の幼子が、するりと腕の中から抜け出した。まるでドレスのように寝衣を引きずりながら、騎士のところに、とことこと歩いていく。ぴたりと立ち止まると、騎士を見上げた。
「サフィーに、にてる」
騎士は、さっと幼子の前に跪いた。
「殿下の知っている方に、ですか?」
「うん! サフィーはね、さいきんぼくのところにきてくれるの。いろんなことをしってるんだよ!」
「⋯⋯私も、サフィーと呼ばれております」
「おんなじ!」
嬉しそうに笑う子に、騎士も微笑む。何と言うことだろう。幼い彼の中に全く存在感のない私では、勝ち目がないではないか。
95
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです!
名前が * ゆるゆ になりました。
これからもどうぞよろしくお願い致します!
表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜
MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。
竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。
※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる