【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第47話 イルマ、子どもになる!②

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「あのね、セツがおきてこないの。いつも、ルチアといっしょにくるのに」
「今日は、御用がおありなのかもしれません。お食事の後に、お外に行かれてはどうでしょう? 殿下のお好きなものがあるかもしれません」
「ぼく、おみずのあるところがいい! あとで、いっしょにいこうね!」

 騎士が頷くと、幼いイルマは満足したように頷いた。そして、また服を引きずりながら、こちらに向かって歩いて来る。
 私に向かって手を伸ばすので、慌ててベッドを降りて抱き上げた。イルマは、私を見てにっこり笑う。

「じゃあ、これから、うたをうたいます!」



「⋯⋯いい加減になさってくださいよ、お二人とも。そこで機嫌を悪くなさってても仕方ないでしょう」

 さめざめと泣くセツと、苦り切った顔をしている私。
 レイが何とか立ち尽くす私たちを宥めようと頑張っている。

「だって⋯⋯。だって、レイ! 誰よりも長い間、イルマ様と一緒にいたのは私なのに!」
「そんなことを言ったら、誰よりもイルマのあれこれを知っているのは私だ!」

 レイが呆れた顔をして、私たちを見る。

「何を仰っているんです、お二人とも。張り合ってどうなさるんです。よろしいですか、今のイルマ殿下にとって、一番信頼が置けるのはサフィード様だってことでしょう。昔からイルマ殿下の面倒を見てこられたんですからね」

 私たちは、王宮の庭園の端にある池にやってきていた。小舟が出せるほどの広さがあり、池の中央には小島がある。守護騎士のサフィードは、そこにイルマを連れて行きたいと私に伺いを立ててきた。イルマは行きたいと言うし、私はもちろんイルマから離れたくない。そこでうち揃って、ぞろぞろとやってきたのだ。
 本当は部屋から一歩も出したくないところだが、イルマの期待に満ちた目に勝つことは出来なかった。

 池を前にしたイルマは大変な興奮状態だった。セツが王宮の衣装部屋から選び出した服を着て、騎士と手を繋いでいる。二人は池で釣りをしようとしていた。しかも、その後は釣った魚を焼いて食べようと言うのだ。

 ⋯⋯果たして、この池に魚はいたのだろうか。

 池に小舟を出したのも子どもの頃のことで、ついぞ覚えがない。

「シェーン! おっきなセツもレイもいくよー」

 元気な通る声が、私たちを呼ぶ。小舟は二艘あった。一度に二人しか乗れないので、私が座ると膝にちょこんとイルマが座る。しっかり抱えたところで、向かい側に座った騎士がかいを漕ぐ。小舟が動き出し、水の上を渡る涼しい風が心地よい。水面にさざ波が立ち、陽の光を受けて煌めく。船を操る様が見事だと言えば、騎士は微笑んだ。

「女神の湖で、何度も小舟を漕ぎましたので」

 それは、彼の主が女神の元に消えた日々を言うのだろう。水に触れようとすぐに手を伸ばすイルマをしっかり抱えながら、騎士の言葉が強く胸に沁みた。

「きもちいいねえ」
「そうだな。⋯⋯池も小舟も久しぶりだ」

 子猫の毛のような髪が、ふわふわと顎に当たってくすぐったい。騎士がはしゃぐイルマを目を細めて見ている。あっという間に小島に着き、騎士は小舟の舳先へさきを紐で杭に繋ぐ。
 ちらりと池を見れば、セツとレイが乗った小舟は、ぐるりと池を一周している。早く島に行けとセツが怒鳴っているが、櫂を取っているレイに、その気はなさそうだ。

 すぐに魚を釣るのかと思ったら、騎士がイルマと共に大きめの石を拾っている。ああ、かまどを作るんだなと納得した。大人の拳二つほどの石を馬蹄型に並べ、中に用意してきた細かな薪と枝を入れる。火を熾せば開放部が空気の通り道となり、奥に熱がこもるのだ。今は夏に近い。熾火は半刻ほどで出来るだろう。

 ちょうど戻ってきたレイとセツに、竈の番をさせることにした。セツが赤い顔をしたままなのは、たぶん竈の火のせいではない。レイはこの上なく笑顔のままだ。

 離宮の使用人が用意してくれた竿を池に垂らす。間にイルマを挟んで、騎士と三人で並ぶのは、不思議な気持ちだ。

「⋯⋯あまり竿を揺らしてはだめですよ、イルマ様。じっとしていないと」
「サフィー。おさかながいなかったら、むしをさがしたい」
「わかりました。もう少し、ご一緒に魚を待ちましょう」

 幼いイルマはじっとしていたかと思えば、自分の周りにいる生き物にすぐに意識を移す。騎士は、そんなイルマに優しく話しかける。感心して眺めていると、イルマがこちらを向いた。

「シェン、これ、もって」
「え? ああ」

 私は両手に二本の竿を持った。イルマは立ち上がって、足元ををかすめた蜥蜴とかげの後を追う。

 ⋯⋯逃げられたのか?

 追いかけた方がいいのか。と思った途端に、強いがきた。

「シェンバー殿下! 竿を引いてください!」
「何? どっちだ!?」

 ぐい、と強くしなったのはイルマの竿だった。自分の竿を投げ捨てて、イルマの竿を握りしめた。

「イルマ!」

 思いっきり叫ぶと、あっという間に幼子が戻ってくる。

「おさかな!」
「早く! 一緒に持つんだ!」

 小さな体が自分の前に滑り込む。一緒に竿を握って思いっきり引いた。大きく水音が上がり、空中に銀色の魚の体がきらめく。

「わあっ! つれたあ!」

 騎士がさっと水を入れた桶を差し出してくれた。口から針と糸を外す。桶の中でぴちぴちと跳ねる魚を見て、イルマは大喜びだ。池に釣り糸を垂れた者は、おそらく何年もいなかったのだろう。どんどん釣れる。
 イルマがセツを呼んで釣った魚を見せると、セツは、恐る恐る桶を覗き込んでいた。
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