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17.生きる力
しおりを挟む「え? 出発は二週間後じゃ……」
「少し前に、南部で魔獣が村を襲った事件があった。魔獣たちの均衡が崩れていると一報が入って、急遽一週間早まったんだ」
知らなかったのか、とスフェンが驚いている。
「ジードから聞いていなかったのか? 毎日一緒に食事をとっているんだろう?」
「最近は忙しいからって、一日置き位しか会ってない……」
それじゃあジードは、本当にすぐ旅立ってしまう。
「……スフェン、俺、どうしよう」
体が震えた。ジードはもうすぐ出発する。
謝らなきゃ。一刻も早く、ジードに会わなきゃ。
スフェンは、「ユウ!」と鋭く名を呼んだ。びっくりしてスフェンを見れば、普段のスフェンからは考えられない、微塵も甘さのない瞳があった。
「まずは食事だ! しっかり食べてから考えろ。空腹で良い知恵は出ない」
「う、うん」
「お待たせしましたあ!」
笑顔の店員が大きなトレイにバジュラという魚の燻製が乗った鉄板を持ってきた。焼きたての魚はじゅうじゅう音を立てている。スフェンは熱々のバジュラを俺の皿にどんどん取り分けた。
「ユウ、焼き立てが一番だ。すぐに食べろ」
柑橘のような絞り汁をさっとかけた料理は、魚の身がほろりと口の中でほぐれ、噛み締めれば香ばしさと甘みが溢れてくる。
相変わらず綺麗な所作で品があるのに、スフェンは公爵家にいた時とは違って勢いよく食べた。思わずつられて口にしたら、驚くほど美味しい。がつがつ食べ始めた俺を見てスフェンが笑う。
「美味い食事は生きる力をくれる。ユウの作ろうとしているものも、そうじゃないのか?」
スフェンの言葉にはっとした。
「……元の世界にいた時は、俺の作ったものを食べて、元気が出たって言われた」
「ユウの料理には、力があるんだな。今日はしっかり食べて、ゆっくり寝ることだ。あと一週間ある。ジードに話す時間ぐらいとれるだろう。それにユウには、やることがあるはずだ」
「うん……」
「ユウの料理が出来たら、真っ先に私に……と言いたいところだが、間に合うならジードに食べさせろ。きっとユウの心が伝わる」
スフェンの言葉は偉そうなのに、目の奥が熱くなって、じわじわと涙が浮かぶ。
うろたえたスフェンが絹のハンカチを差し出してくる。心配そうな顔を見て、俺は遠慮なくハンカチを借りた。
俺には、やることがある。
お腹いっぱい食べた後、支払いは全てスフェンが持ってくれた。金を渡す際に、バジュラが特に美味かったとスフェンがほめると、店員は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。新鮮なバジュラが手に入ったのと、今年はリュムの出来がいいんです」
「……リュム?」
「お客様はご存知ないですか? バジュラの上に香りづけに絞った果実です」
知らないと言えば、厨房に行って幾つも持ってきてくれた。目が覚めるような鮮やかなグリーン。どうぞ、と渡されたリュムは10センチくらいの球形で、表面はつるりとしている。鼻を近づけると爽やかな香りがした。
「酸味が強いですが、これがないとバジュラ料理にならないんで」
スフェンも頷く。
「……あの、これ。他にはどんな料理になるんですか?」
「料理の香りづけや味付けです。飲み物にも入れますが、そのぐらいかな」
酸味が強くて、香り高い。
「すみません。何個か譲ってもらえませんか? あ、値段が高いのかな?」
緊張しながら聞けば店員は噴き出して、手にしたリュムをそのままくれた。厨房から、さらに持ってきてくれる。あちこちに植えられている果樹の実で、たくさん穫れるらしい。
俺はスフェンと共に王宮に戻り、籠にリュムを入れた。部屋中に清々しい香りが満ちていく。ベッドに入ってすぐに眠った。
翌日すぐに、騎士棟をたずねた。
たくさんの騎士たちに好奇心いっぱいの目で見られて、正直怖かった。それでも、勇気を出して受付で「第三騎士団のジード・センブルクを」と言えば、実家に戻っていると答えが返ってきた。家族に会える者は会っておけとの通達があったらしい。
ああ、そうか。……無事に帰れる保証なんかない、ってスフェンが言ってた。
ぎゅっと胸が痛くなる。
ジードが帰ってきたら謝ろう。そして、渡すんだ。俺が作ったスイーツを。
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