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42.王太子の許可
しおりを挟む俺とスフェンは同時に殿下を見た。美貌の主は歌うように言葉を続ける。
「客人が揺れと共に訪れる時、エイランに新たな風が吹く」
「……?」
「我が国に昔から伝わる言葉で、揺れでやってきた客人が新しい恵みをもたらすことを言う。現にユウ殿は、果実の皮から魔力を増やす食べ物を作った。南部の魔獣を見たら、新たな知恵が浮かぶ可能性はある」
王太子殿下の言葉に俺は動揺した。ピールの効果は偶然の産物で、いつも上手くいくわけじゃない。簡単に作れそうなプリンだって見事に失敗したんだ。
「いや、あれはただの思いつきだから。魔力の効果だって、狙ったわけじゃないし」
「構わないだろう。確かに成果はあったのだから。……ユウ殿」
「はい?」
「私が許可しよう。南へ行かれることを」
……へ? 南へ行ける?
「で、殿下!」
スフェンが椅子からガタンと立ち上がった。顔色が蒼白になっている。
「恐れながら、魔力のない者には危険だとしか思えません! ユウは異世界人で、魔獣がいない平穏な国から来たのです。魔獣の恐ろしさなど、少しも知らないのです!」
「……控えよ、スフェン・ルブラン」
殿下は手にしたカップを静かにソーサーに戻した。仕草は優雅なのに、発する言葉には有無を言わさぬ力がある。
スフェンは、はっとしたように唇を閉じ、深く礼をした。殿下はにっこり笑う。
「しかし、其方の心配も、もっともだ。ユウ殿には、しかるべき同行者を用意しよう」
こうして、あっという間に俺の旅立ちが決まった。
ジード、お元気ですか。
この度、俺はジードのいる南部へ行くことになりました。
王太子殿下のご好意によるものです。
俺だけでは不安だとスフェンが言うので、応援の騎士たちと一緒です。第一騎士団と第二騎士団の部隊の中に入れてもらいます。
ジードに会えると思うと、今からとても楽しみです。
「……よし! 書けた」
短いけれど、自分の様子を知らせる手紙を書いた。ジードからの手紙はこのところ、全く届いていない。大変な状況で、手紙など書く暇はないのかもしれない。
「南部の様子は日に日に変わっているとの噂です。ジード様に無事に届くといいですね。私たちも心して向かわなくては!」
「あの……さ。レト、本当に一緒に行くの?」
思わず小声になると、レトがきっぱりと言った。
「行きます! ユウ様はまだ御後見も決まっていないんですよ。王宮を出られたわけではないのですから、世話人が共に行くのは当り前です」
「……で、でもゼノがいるのに、いいの?」
「ゼノも了承しています。私がいない間、しっかり王都で留守を守ると言ってくれています」
「おおお……」
レトの声には、ゼノへの全幅の信頼が籠められていた。それでも、普段から仲のいい二人が離れるのはつらいだろうし、心配だと思う。俺はレトには王宮で待っていてもらおうと思っていた。
ところが、レトは話を聞いてすぐに自分も行くと言った。そこまでしてもらわなくても、と言ったらユウ様お一人で行かせるわけにはいきませんと叫ばれた。
「騎士ほどの力はありませんが、私にも魔力はあります。少しはお力になれるはずです」
「……ありがと、レト。本当はちょっと怖いんだ。レトが一緒に行ってくれたら、すごく心強いよ」
「ユウ様……」
レトが俺の手をぎゅっと握ってくれた。心細い時には、いつも一緒にいてくれる。俺にとって、レトは先生で家族で友だちみたいな人だ。
俺たちの出発は、応援部隊の出発と一緒だ。何があるかわからないので、一応顔見知りのところに挨拶に行った。
王立研究所へ行けば、ゼノから聞いたらしいラダと所長が神妙な顔をしている。ラダが「困った時には必ず連絡してください」と、レトに何か教えていた。
ゼノは、いつも通りの穏やかな笑顔を見せてくれる。
「レトが決めたことです。ユウ様たちの無事のお帰りをお待ちしています」
心の籠もった言葉に、胸が締め付けられた。レトを見れば、少しだけ瞳が潤んでいる。
王宮の部屋に戻る時だった。廊下を歩いていると、前方から肩を怒らせてやって来る者がいる。
「……スフェン」
「餞別だ」
眉間に皺を寄せたままのスフェンが、金鎖の付いたペンダントを差し出した。先端に付いた金の板から、ふわりと文字が浮き上がる。
「何、これ」
「それを見せれば、ルブラン公爵家の領地の者は、ユウを助けるだろう。私の友人だと書いてある」
目の奥がじわじわと熱くなった。
「スフェンは、俺が行くのに反対してるんだと思った」
「……今だって、反対だ。危険なところにわざわざ行くなんて、どうかしている。それに、こんな言い方は何だが、王太子殿下は何をお考えなのかわからない方だ」
「うん……。でも、ありがと。これ、大事にするね」
スフェンから受け取ると、手の平の上で文字は消えた。魔力を持つ者の元でだけ浮き上がるのだ。俺は、ペンダントをすぐに首にかけた。
「普段はペンダントが見えないように服の中に隠しておくんだ。騎士たちが側にいるから大丈夫だとは思うが、治安のいい場所ばかりではないからな。誘拐などされたら困る。……どうした、ユウ?」
涙がこぼれるのを、一生懸命堪えていた。
いつのまにか、自分のことを真剣に心配してくれる人がいる。それはとても嬉しいことだった。
「あり、がと。スフェン」
何とか笑顔で礼を言うと、スフェンが眉を下げて小さく笑った。
「全く、私は損な役回りばかりだ」
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