45 / 90
44.魔獣バズア
しおりを挟む「エリク────ッ!!」
俺がまっしぐらに走って行くと、エリクは破顔した。エリクの前で立ち止まると、力強く手を握ってくれる。
「エリク、え、りく……」
「ユウ様、出発前は誰でも不安になるものです。ご安心ください。これからは私たちがおります」
エリクの言葉に、じわっと涙が浮かぶ。エリクがいてくれたら大丈夫だ。わらわらと第一騎士団の騎士たちが俺たちの周りに集まってくる。
「そうですよ、ユウ様! 何しろ部隊長はこの応援に参加するために、連日、団長たちと揉めまくって……」
「あっ! バカ!」
ばちっと鋭い光が騎士たちの間で炸裂した。小さな花火が爆発したみたいな光だ。
「ひえッ」
「静かにしろ。ユウ様がびっくりなさるだろう」
エリクの言葉に、俺の涙も騎士たちの言葉も引っ込んだ。
応援部隊はエリクが隊長となって率いることになった。出発までに騎士団を数回訪ねても会えなかったのは、今回の準備に忙殺されていたらしい。俺やレトと王太子殿下は馬車に乗り込み、騎士たちに囲まれて出発した。
「ところで、ユウ殿。私のことはテオと呼んでくれ」
「テオ……様?」
「いや、呼び捨てで構わない」
「それは……不敬ってやつじゃないの?」
馬車の中でいきなり切り出されて、俺は動揺した。馬車の中にいるのは、俺と王太子殿下とレトだけだ。レトは俺の世話人なので馬車の同乗が許されている。しかし、まるで置物のように黙りこくっていた。
「私が良いというのだから、構わない。それより、私もユウと呼んでいいだろうか?」
「それは全然構わないけど」
殿下……いや、テオは嬉しそうだ。王太子なんて偉い人は、なかなか名前で呼び合うなんてことないのだろう。
南部までは宿屋に泊まりながら10日ほどかかるという。その間に、俺は魔獣について学ぶことにした。
レトに尋ねていると、向かい側で本を読んでいたテオが一緒に教えてくれた。テオは、びっくりするほど博学だ。言葉だけではイメージ出来ない俺のために、手の中に実際の魔獣を浮かび上がらせてくれる。
「まずは、今回大繁殖しているバズア」
テオの右手から淡い光が出たかと思うと、目の前に小さな魔獣が現れた。
鮮やかな緑の葉に真っ赤な花。花びらには黄色の斑点がついていて毒々しい。花の真ん中は、ぽかりと空洞になっていた。
「この中心は、餌を取り入れる口だ。奥に魔獣の命ともいえる核がある。バズアは核を潰せば死ぬが、潰さなければ再び再生する。ただし、核を潰そうと迂闊に近づけば麻痺毒のある体液をかけられ、触手に絡め取られて餌にされてしまう」
しかも、植物魔獣のバズアは自分の種を撒き散らし、どんどん増えることができる。
「こんなのがいっぱいいるの……?」
テオが頷くと光の中の画像が変わった。バズアがわさわさと増えて、蔓状の触手がうごめいている。
「ぎゃっ!!」
隣に座っていたレトと一緒に飛び上がる。
「あまりに増えると魔林の均衡が崩れかねないが、大抵は他の魔獣に食べられてしまうので問題にはならない」
「ああ、それで、今度は他の魔獣が増えちゃうのか」
「そうだ。バズアは魔力が高いからな。他の魔獣が分裂して増えたり、巨大化したりするんだ」
「ひええ……」
魔力が高いってことは、つまり食べ物として高カロリーだってこと? しかし、こんなのが食べたり食べられたりしてるところに行くのか……。
「あの、さ。テオ、第三騎士団はどんな状況か知ってる?」
ジードからの手紙は届かず、どこからもはっきりした情報は入ってこなかった。でも、王様やテオなら知っているのかもしれない。
テオの眉が曇り、藍色の瞳が僅かに伏せられた。
……胸の奥から押し寄せる、この不安な感じは何だろう。
「第三騎士団についていった魔術師から、王宮には逐一報告が届いている。あまり良い状況とは言えない」
「いい状況じゃないって……」
「行方不明になった小隊がある」
──行方不明?
「それって」
「魔林の中で消息を絶っている。現地でも必死に探しているところだ」
ジードだって決まったわけじゃない。そうだ、まだわからない。
「ユウ?」
「誰がいなくなったのかは……」
「まだ報告が上がってきていない」
そうだ、落ち着け、落ち着くんだ。
頭のどこかで冷静な声が響くのに、俺の耳はテオの言葉をうまく聞き取ることが出来なかった。
54
あなたにおすすめの小説
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。
なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。
この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい!
そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。
死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。
次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。
6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。
性描写は最終話のみに入ります。
※注意
・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。
・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる