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57.騎士との再会
しおりを挟む甘い香りが地上から噴き上がって来る。魔力がなくても、吸い込んだ途端に体の力が抜ける。
ああ、バズアは香りで相手を引き寄せるんだっけ?
体が一気に下降し、手足に触手のような蔓が巻き付く。思ったよりもずっと力が強い。
ほんの少しだけ目を開けると、真紅の花々の中心にある口が大きく開いている。
もう、後は……喰われるだけだ。
「ユウ――――ッ!」
幻聴?
大好きな声が聞こえる。幻でも最後に聞けて良かった。
脳が痺れるような香りと共に、足に粘着質な液体がかかる。かかった部分の服が溶けていく。
不意に、驚くほど大きな金色の光が、目の前を通った。まるで鋭利な刃物を使ったかのように、繁茂していた緑が片端から切り裂かれて宙に舞う。自分の手や足を固定していた蔓からの強い力が消えた。
俺の手足からは蔓が落ち、自分の体も激しい衝撃と共に地に落ちた……はずだった。
落ちた体が浮き上がって、逞しい腕の中に抱き留められる。胸に抱えられたまま、ごろごろと地を転がった。木にぶつかって動きが止まった後も、しっかりと抱きしめられていた。目の前の胸が大きく上下している。
……まさか。
厚みのある体も逞しい腕も、ちゃんと覚えている。間違えるはずもない。それでも。
――本当に?
顔を上げたら、懐かしい瞳があった。どんな色より綺麗な色。ずっとずっと見たかった色。
「……ジー……ド」
「ああ、ユウ」
ぱちぱちと瞳を瞬いた。間違いない。
目の奥が熱くなって、膜が張ったように何も見えなくなる。自分の気持ちなんかお構いなしに勝手に涙が目の端にたまる。
嫌だ、ずっとこの瞳を見たかったんだから。泣いてる場合じゃないんだよ。
何度も瞬きしていたら、瞼にジードの唇が触れる。続けて唇にもキスをくれた。
ようやくはっきり見えた顔は、以前よりもずっと日に焼けて頬が削げていた。金色の髪は土に塗れている。それでも優しい笑顔は変わらない。俺を見る瞳には、真っ直ぐな愛情が溢れている。
「ようやく会えた」
ジードは俺をもう一度抱きしめた。
そうだ、ようやくだ。ずっとずっと会いたかった。
ジードが大きな手で俺の髪を撫で、額にキスをする。
「……もっとユウに触れていたいけど、まずは逃げよう」
二人で体を起こすと、大きな大きな影があった。近くには、さっきぶつかった木……じゃない。太い脚がある。俺たちは魔獣の腹の下にいた。
「……魔獣」
「大丈夫だ、背中に乗って」
「これに?」
ジードは頷いた。手を貸してもらって、小山のように大きな背によじ上る。何度も滑り落ちそうになったのはずっと揺れているからだ。魔獣は、夢中でバズアを食べていた。俺を食べるはずだったバズアが、魔獣に食べ尽くされて消えようとしていた。
首の後ろらしい場所まで登り、ジードが俺を抱えて座る。
バズアを食べ終えた魔獣が上を向いて、大きな咆哮を上げた。腹の底まで響くような声だ。呆然としている俺に、ジードが優しく言う。
「彼が第三騎士団の駐留地まで飛んでくれる」
魔獣は竜だった。冬の日の湖のような薄氷色の体は、なんだか魔林にいるのが不思議な気がする。もっと派手な色ばかり見てきたから。
見事な翼を広げた竜は、周りの木々を薙ぎ倒しながら空に舞い上がった。速さと安定感は、飛び蛇の比じゃない。魔林の上を飛ぶ生き物の中でも、格別に大きい気がした。
空から見ると、魔林のあちこちで爆発のように光が放たれている。少しでもあの中にいたのかと思うと、体が震えた。ぴたりと付けられた背には安心させるように力が籠もり、体を包んでくれる。
旋毛にジードの唇が触れた。初めての竜の背は怖くて振り向けない。口を開くと力が抜けてしまうような気がして声も出せない。それでも、今、俺の背中にはジードがいる。そう思っただけで、声にならないほど嬉しかった。
ぐんぐんと進んでいくと、広い魔林の終わりが見える。ゾーエンの言ったように、確かに俺たちは駐留地まであと少しのところまで来ていたんだ。魔林の向こうには、どこまでも赤茶けた大地が広がっている。
魔林を抜けた時に、ジードが手から金色の光を宙に放った。まるで花火のように幾つもの光が輝く。
「無事の帰還を知らせた」
「……うん」
ジードの手が、俺の手の上に重なる。その温もりが自分の中にゆっくりと沁み込んでいく。
竜が下降し始めると、野営地にテントが幾つも張られているのが見えた。天を突くような木々も生い茂る葉も、魔獣もいない。俺の目からは、勝手に涙が溢れていく。
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