【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ

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58.駐留地への帰還

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 テントから少し離れた場所に竜が着地する。こちらに向かってくる者がいた。茶色の砂埃の中を必死に走って来る。

「ユウ様! ご、御無事でッ」
「……レト」

 ジードに抱えてもらって竜から降りた途端、レトが俺を抱きしめた。俺の顔もレトの顔も涙でぐちゃぐちゃだ。

「い、生きてらっしゃるって、ずっと……」
「うん……うん」

 魔力もない俺が生き延びるなんて誰も思わなかっただろう。それでも信じてくれるのがレトだ。レトはわんわん泣いている。

「レトこそ、無事でよかった」
「王太子殿下の魔力で助けていただきました。それに、ザウアー部隊長たちも魔林の中に探しに来てくださったんです」

 どこからか、うおおおお……と声がする。地鳴りのような音がして、今度は応援部隊の騎士たちが走って来た。エリクが先頭に立ち、泣き出しそうな顔を必死で堪えている。俺の前で膝をついて頭を下げた。

「エリク!」
「……ユウ様。よくぞご無事で。お、お守りできず、申し訳ありません」
「謝る必要なんてないよ。ミウドールに攫われるなんて思わなかった。そもそも俺、魔林がこんなすごいところだなんて思わなかったんだ」

 まるで観光気分だった。俺が来るなんて言わなかったら、エリクだって危険な任務に志願したりはしなかっただろう。

「それに、エリクが一番守らなきゃいけないのは俺じゃない。テオたちを助けてくれたんだろう?」

 エリクの瞳に光るものがあった。目の下には隈があり、疲れた顔をしている。きっとすごく心配してくれたんだ。ありがたくて申し訳なくて泣けてくる。エリクは俺がレトたちと共にいないのを知って、一人でも捜索に行こうとしたのだと騎士たちが言った。

 俺の隣にいたジードは、いつの間にか第三騎士団の騎士たちに取り囲まれていた。ジードたちが魔林に入って一週間以上経っている。救援を増やすかどうかの話し合いが連日続けられていたそうだ。

「……後はゾーエン部隊長だけだ」

 耳にした言葉に、俺は咄嗟に叫んだ。

「ゾーエンは、きっとすぐ近くまで来ていると思う。ウーロに乗って!」

 仰天する人々に、俺は馬車がミウドールに攫われた後のことを話した。ゾーエンに偶然拾われたことを聞いて、レトは泣きながら女神に感謝を捧げた。

 俺はひとまず休養を、ジードは第三騎士団の団長たちにこれまでの経緯を話すことになった。テントの中で、エリクやレトと一緒にこれまでのことを話し合う。

「ユウ様が馬車から落ちた後、今度は傾いていた馬車そのものが落ちたんです。私たちも魔林の中に真っ逆さまですが、王太子殿下の魔力で助けていただきました」

 レトを掴んでいたテオはただちに空中に体を浮かせて、地表への激突を避けた。何とか着地した後は、ミウドールを追ったエリクたちに会うまで、必死に魔林の中を歩き続けたのだという。
 
「私だけでは、とても無事ではいられませんでした。命があるのは殿下のおかげです」
「そういえば、テオは?」
「体調を崩されています。ずっと臥せっておられますが、ユウ様にはお会いになるかと思います」

 俺はすぐにテオのテントに向かった。テントの前に立つ二人の近衛騎士が仰天して俺を見る。テオに会いたいと言うと、ドゥエが中に入っていく。
 久々に見たソノワの瞳は、やはり冷たくて少しも好意は感じられなかった。

「ご無事でいらしたのですね」
「うん。何とか」
「魔力もないのに、よくもあの魔林で助かったものだ」
「……魔力がない方が助かることもあるんだよ」

 ソノワが、理解できないといった顔で俺を見る。
 ……わかってもらわなくてもいい。あの魔林の中では、人の常識では測れないことがたくさんあるんだ。
 ドゥエに促されて、テントの中に入った。

「テオ!」
「……ユウ? 無事だったのか?」

 王太子のテントは絨毯が引かれベッドもある。テオは青白い顔色のまま、藍色の瞳でじっと俺を見た。口元に笑みが浮かぶ。

「よかった。ユウには女神の加護があるとは思っていたが、流石に心配だった」
「女神の加護?」
「異世界からでやって来る者は皆、女神に愛されている。我がエイランではそう言われているんだ。大きな力ではなくて、運がいいとかそういった類のものだが」
「……確かに、あの高さからオルンの上に落ちたのは加護があったのかも」
「オルンの?」

 俺が今までのことを話すと、テオが微笑んだ。

「テオがたくさん魔獣のことを教えてくれててよかった。テオ、レトを助けてくれてありがとう」

 ベッドに投げ出されていた手を取ると、ひどく冷たい。俺は急に不安になった。テオは魔力を使いすぎたんだろうか。思わずぎゅっと力を入れると、テオはゆっくりと息を吐いた。

「これは、体の中の魔力の調整が上手くいっていないんだ。ユウ、前に言ったことを覚えている?」
「テオが持っているのは少し変わった魔力だってこと?」
「そう。使うこともできるけれど……、本当は逆なんだ」

 ――逆?

「私はね、……他の者の魔力をことごとく奪い、吸収してしまうんだよ」

 テオの宵闇のような藍色の瞳が、ひどく寂しそうな色を帯びた。
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