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76.ユウの決断
しおりを挟む運命、って聞いても今までよくわからなかったけど。
人生をこっちの意思に関係なく振り回すものなら意地が悪い。選ぶのだけはいつでも自己責任、って言ってくるんだろう。
真っ黒なローブを纏った男が俺の目の前に立つ。
この世界では珍しい黒髪黒目で、背もそんなに高くない。俺より少し小さいぐらいだ。見た感じは穏やかで、ごく普通の印象を受ける。とても、この道において右に出る者はないと言われるような、力のある存在には思えなかった。
彼は静かに、俺を見た。会うのは今日が二度目だ。
会ってもらえるだけでも大変なことで、彼が納得した者しか引き受けてはもらえないと聞いた。
初めて会った時に、俺の話を全部聞き終えた彼は、じっと俺を見た。そして、貴方はよく考えた方がいいと言った。何度も何度も考えましたと言ったら、彼は俺を見つめてしばらく考え込んでいた。そして、今日を指定されたのだ。
「客人殿、準備はよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です。後のことは頼んであります」
「これが最後の確認です。帰還術はこちらの世界から、元々いらした世界に渡るものです。完全に一方しかない。もし、こちらに少しでも残るお気持ちがあるなら、考え直された方がいいでしょう」
「何度も考えて……。決めました」
「……わかりました。では、こちらへ」
自分の目の前に、直系1メートル位の丸い輪がある。輪の中は虹色に揺らめいて、ずっと見ているとくらくらしてくる。
「私が詠唱を始めたら、輪の中心に進んでください」
俺は、こちらに来てからずっとしまいこんでいた制服を着て、革靴を履いていた。クローゼットの中にあったブレザーの上下にネクタイ。ずっと馴染んでいたはずの服が、今では違和感しかない。
自分の後ろを振り返った。
真っ青な顔のレトと、唇を引き結んだテオが立っている。初めて相談した日から、ずっと真剣に話を聞いてくれた。二人とも何度も、他に方法がないか考えようと言ってくれた。
「ごめん、二人とも。最後まで迷惑かけて」
「ユウ」
「……ユウ様」
「テオ、皆に伝えてください。レト、手紙を……お願いします」
テオが頷き、レトも涙を堪えながら頷いてくれた。
「……ありがとう」
俺は精一杯の笑顔を作った。最後の顔は笑顔でいたかった。テオの端正な顔が歪む。レトは笑おうとしたのだろう。眉が寄ったかと思うと、見る間にくしゃくしゃになる。それでも必死に目をこすって、俺を見送ろうとしてくれた。
そうだ、と思った。俺は耳にピアスのように付けていた超小型の翻訳機を取った。これでもう、彼らの言葉は聞こえない。レトの元まで歩いて、翻訳機を渡す。受け取ったレトの手は震えていた。
俺は今度こそ前を見て、輪の中に進んだ。魔術師の澄んだ声が大きくなって、自分の体に響いていく。足元の虹色の光が渦を巻いて立ち上り、下から少しずつ、巻き付くように俺の体を包んでいく。
……ああ、ここに来た時によく似てる。
あの時は、学校の駐輪場にいた。体が大きく揺れて気がついたら、魔獣に喰われそうになっていたんだ。助けてくれたのは、ジードだった。
魔林でバズアの元に落ちていくところを助けてくれたのも。
食堂で、たくさんの人の視線から遮ってくれたのも。
――いつだって、進んで俺を庇ってくれた。
……好きだよ、ジード。
異世界で出会った俺の騎士。
俺のことをずっと大事に思ってくれた騎士。
ちゃんと、話をしなくてごめん。
何度も言おうと思ったけど、言えなくてごめん。
手紙、読んでくれるかな。きっと、すごく怒るよな。
せめて嫌わないでいてくれたら……いいな。そう思うのは虫がよすぎるだろうか。
体が段々熱くなって大きく揺れる。目の前が虹色に包まれて、何も見えない。自分の周りにあるのは、光の輝きだけだ。
ごめん、ジード。
――……俺、元の世界に、帰るね。
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