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77.元の世界で
しおりを挟む俺が戻ってから、周囲は大騒ぎだった。
目を開けたら、高校の駐輪場に立っていた。俺が異世界に行く前に、揺れにあった場所だ。
魔術師の帰還術は見事に成功して、俺は元の世界に戻ったのだ。
今はいつで、何時なんだ?
駐輪場のすぐ近くには、昇降口に繋がる小さなロータリーがある。ロータリーの中央には、時計塔があった。時刻はお昼だ。でも、校舎が静かなのは何でだろう? そういえば、駐輪場だってガラガラだった。そして、じりじりと陽が照りつけて暑い。
「……お前、さ、佐田?」
振り返ると、小柄な男が立っていた。大きな瞳が丸くなって、半袖姿でこちらを呆然と見ている。手に持っていたコンビニの袋を落として、あっという間に顔がぐしゃぐしゃになる。
「……花井?」
「おっ、お前、今まで! どこ行ってたんだよ!」
体を掴んでゆさぶる友人から、今が7月の終わりで夏休みだと知った。
時間の流れは、向こうとこっちでは全く違っていた。俺が異世界に飛ばされたのは一学期の中間テスト前だった。そう、たしか6月の真ん中だったんだ。向こうには9か月位いたはずなのに、こちらでは一か月半しか経っていない。
こちらの一か月が向こうの半年になるのか。
同じ家政部の花井は、俺の親友と呼べる男だった。部活に出るどころじゃなくなった花井が泣きながらスマホを貸してくれたので、俺はものすごく久しぶりに自宅に電話した。一番上の姉が出て「姉さん、俺だけど」と言った途端に無言になり、いきなり電話を切られた。花井が泣きながら代わりにかけてくれて、そこから大騒ぎになった。
車を飛ばして学校に駆けつけた姉は、俺を見た途端、泣き崩れた。花井も一緒に自宅に行き、帰宅した家族は皆、魂が抜けたような顔になって、その後もみくちゃにされた。父親も会社から早退してきた。
「……母さんは?」
おそらく家にいないとわかっていたけれど、俺は姉たちに聞いた。
「病院。後で一緒に行こうね」
「悠ちゃんが帰ってきたから、すぐによくなるよ」
たくさん俺の事を心配した母は、頑張って頑張って、とうとう倒れてしまった。病院に面会に行ったら、母は黙って俺の手を取った。久しぶりに触れた母親の手が細くて、胸がぎゅっと痛くなる。親の涙を見たことなんて、今まであったんだろうか。
その後、警察や学校に連絡して、病院で検査を受けた。いなくなった間どこにいたかを聞かれたので、素直に打ち明けた。ごまかしきれる自信がなかったからだが、何だか長い名前の病名がついた。健康診断もされたけれど、体には問題がない。
取材させてほしい、と言う声もあったけれど、親と学校が強く拒否して庇ってくれた。まだ高校生だし、人が見つかった話は安心感と共にすぐに消える。
確かにあの日、大きな地震があった。でも、行方不明になったのは俺だけだ。駐輪場の近くにはケーキの材料が入った保冷バッグが落ちていたから、誘拐かと思われたらしい。高校生男子なので、もちろん友人間のトラブルや家出の可能性も考慮された。ただ、駐輪場には既に自転車が停められていたので謎が深まったようだった。
夏休みはあっという間に過ぎて、二学期が始まった。しばらくは、あちこちで話題の中心にされていた。ただ、学校では俺に直接、いなくなった間の話を聞くのはタブー視されている。何か事件に巻き込まれたのだという噂がたっていたからだ。ちょうどいいのでそのままにしておいた。異世界の話をまともに信じてもらえるとは、流石に思わない。
花井にだけは、俺は異世界で暮らしていたことを打ち明けた。
「……佐田の話を聞いてて、一つ不思議なことがあるんだけど」
「一つか。花井もだいぶ俺の話に慣れたよな」
ねえ! 聞いてても全然わかんないよ。不思議なことばっかりなんだけど! と最初のうちは叫んでいたのに。
「今も全然わからないことだらけだよ。異世界もだけど、佐田だって、すっかり落ち着いた感じになってるし、口調も変わってるし」
「俺、向こうに行って色々学んだと思う」
「え?」
「自分よりデカい奴らしかいない世界だと、何だか最初から土俵が違うっていうか、自分を大きく見せる必要がないっていうか」
「ふぅん。ぼくが不思議なのはさ……、どうして佐田は、こっちに帰ってきたのかってことなんだ」
「えっ?」
花井が長い睫毛を伏せて、小声になる。
「もちろん、佐田が帰ってきてくれて嬉しいよ。でもさ、佐田はその、異世界の話が楽しそうで、時々すごく……」
寂しそうに見えるから、と花井は言った。
「花井の……、気のせいだよ」
「そうか、ごめん。変なこと言って」
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