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85.結婚と言われても
しおりを挟む「結婚……と言われましても、ですね」
驚きすぎて変な言葉遣いになる。ジードが、さっと青ざめた。
「ま、まさかユウは、他に誰か」
「はあ?」
誰かって何だ。ジードは言葉が続かずに、俺を見たまま固まっている。微妙な空気が流れたので、何とか心を落ち着けて、はっきり言った。
「俺はジードが好きだよ。他の人と結婚なんて、考えたこともない」
ジードの顔がぱっと明るくなる。碧の瞳が、まるで陽を浴びた新緑みたいにきらきらと輝いた。
「じゃあ!」
「いや! そもそも結婚なんて思ったこともないから。ちょっと考えさせて!」
「……考える?」
「だって俺、この国のことよく知らないんだよ。結婚相手の数とか性別とか、色々あるよね?」
ジードの眉が上がり、きりっとした表情になる。
「エイランでは女神に誓って伴侶は唯一人だけと定められている。性別や種族は問わない。もちろん、俺はユウしか考えたことがない」
「あっ……そう」
かあっと頬が熱くなる。嬉しいけどいきなり真っ向から言われると、動悸が激しくなるじゃないか。ドッドドッと鳴り続けて、胸が苦しい。
「もし子どもが必要なら、専門の魔術師がいる」
子ども? 子どもって……。
だめだ、俺のキャパは狭すぎる。いきなりの結婚話に子どもの話なんかされても、猫や犬しか浮かばない。もこもこしたのが、頭の中でみゃーみゃーきゅうきゅう言ってる。
「……無理」
「ユウ!」
「急に結婚なんて言われても考えられない。俺の国では、十代で結婚する人はすごく少ないんだ。ずっと先の話なんだよ。それに、今の俺には何もない」
ジードは、鼻先が触れ合うほど顔を近づけて、真剣な瞳で言う。
「俺はユウさえいてくれればいいんだ」
「そ、それは嬉しいけど……。結婚して暮らすには金がいるだろ。俺、帰還術で使っちゃったし」
「金の心配はいらない。第三騎士団は魔獣相手な分だけ、他の騎士団より給料が高い」
危険手当でもついてんのか? そう言えば、魔獣討伐の報奨金もかなりの額だったとロドスがラダに自慢していたっけ。
「いや、ジードだけが稼ぐのは変じゃない? 俺も自分で働けるようになりたい」
「ユウは、この先二人で生きることを考えてくれるんだな?」
それは、まあ……、と言ったらジードは嬉しそうに笑った。
「ならば、まずは一緒に住もう。ここは俺の屋敷なんだ」
「えっ」
この、お貴族様ー!! と思った途端に抱きしめられた。ちょっと待てと言っても全然聞かない。何度もキスをされ、いつの間にかレトに会いに王宮に向かうことになっていた。
「ユウ様! ユウ様ああっ!」
「レト――ッ!」
王宮の応接室に通されて待っていたら、レトが飛び込んできた。俺たちは抱き合って、わんわん泣いた。
レトは王宮で選抜され、客人に付けられる世話人だ。世話人は、客人が王宮に入ってから出るのを見届けるまでが一連の仕事になる。俺が元の世界に帰った時点で世話人の仕事は仮終了となり、記録だけが残されていた。
「無事に戻られて本当に良かった。ジード様の元でお暮らしになるなら、最後に書類を出していただきます。これを出されたら、私の務めも全て終了となります」
「レト、……本当にありがとう」
「ユウ様のお側で過ごすことができて、とても幸せな日々でした」
レトが泣きながら微笑む。俺もすぐに目の前が涙で滲んでしまう。
「戻られたならもう一度王宮で暮らす決まりですが、先日はジード様がご自宅に連れ帰ってしまわれたので……。でも、こうしてお二人の門出に立ち会えるとは感無量です。どうぞこちらに御手をお願いします」
国王陛下に提出する書類に、俺とジードはそれぞれ手をかざす。書面に俺たちの名が浮かび上がり、レトが立会人となって届け出が受理された。
涙ぐむレトが、ご婚約おめでとうございます、と言った。
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