翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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番外編 王太子の訪問

4.ミシューの幸せ

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「――――で? ミシュー、其方はこんな呪われた一族と共にいると言うのか?」
「兄上!」
「事実だろう。北の辺境伯家がそんな密事を抱えているとは知らなかった。しかも、エドマンドは其方の姿を変えた元凶だ」

 エドマンドの体がびくりと跳ねた。僕は膝で握られた彼の拳に、自分の手を重ねた。

「お言葉ですが、僕たちの婚姻は王家と辺境伯家を結び付けるものです。そして民にも歓迎されております」
「……其方は?」

 兄がわずかに眉を寄せ、心配げに僕を見る。

「それで……いいのか? ……幸せ、なのか?」
「兄上……」

 まさか、兄にそんなことを言われるとは思わなかった。

 幼い頃から、兄は王宮の奥深く隠者のように暮らす僕の元によくやってきた。世事に疎い弟に宮廷や市井の話を聞かせ、流行はやりの菓子や本を贈ってくれた。
 いつも突然やってきては、風のように去っていく。僕はろくに受け答えもできず、ただ兄の話を聞いているだけだった。

「兄上……あの」
「何だ?」

 僕はエドマンドの拳に重ねた手に力を込めた。まっすぐに前を向くと、晴れ渡った空のような瞳と目が合った。

「僕は……しあわせ、です」

 一言ずつ、はっきりと伝えた。今の自分の気持ちを全部込めて。

「エドマンドが、僕を幸せにしてくれたんです」
「……そうか」

 ぽつりと呟く兄の言葉に、頭の隅で何かが弾けた。

 ――ミシュー、泣くな。俺がいる。
 ――ミシューが幸せになるまで、側にいるから。

(ああ、あれは母が亡くなった時だ)

 葬儀で泣き続ける僕の手を取ったのは、父王ではなく王太子である兄だった。幼い弟を慰めようと、繰り返し囁いてくれた。そして、王太子としての教育が本格的に始まるまで、しょっちゅう自分の宮を抜け出して会いに来てくれたのだ。

「兄上は……ずっと、心配してくださったんですね」
「違う」
「え?」
「今も心配している。幼子のように泣いていないかと気になるんだ」

 ぶっきらぼうに話す姿に、本当に泣きたくなってしまった。
 幼い僕には、忙しい兄が時間を作って会いに来てくれる大変さがわからなかった。現れては去っていく兄を見送りながら、また来てくれるのかなとぼんやり思っているだけだった。
 僕たちの話を黙って聞いていたエドマンドが、兄に向かって口を開いた。

「王太子殿下。ロフォールの男は唯一と決めた相手に終生の愛を誓います。ミシュー殿下が、どんな時もお幸せに過ごされますよう全力を尽くします」
「……違えることがあったなら、ミシューは王宮に連れ帰る」
「決して、そのようなことにはなりません」

 兄とエドマンドは互いに視線を逸らさない。目に見えない火花が散っていそうで、見ている方が緊張する。僕がそっとエドマンドに体を寄せると、兄は小さくため息をついた。

「ゾーン!」

 床からするりと現れた魔術師は、兄から用件は終わったと告げられた。僕たちに目を向けた魔術師の瞳がきらりと輝く。

「古来から一番の魔力は、やはり『愛』なんですね。現代の魔力など到底及ばぬ領域ですねえ……」

 部屋の中が一瞬、しんと静まり返った。

「ゾーン! お前はもう口をきくな! 帰るぞ!」
「……」

 無言になった魔術師は仕事が早い。兄が「ミシュー、また来る!」と叫ぶのと、兄たちの姿が消えるのは同時だった。
 貴賓室から王宮に帰ったのかと驚いたが、エドマンドは転移魔法陣のある部屋に移ったのだろうと言う。各辺境伯家と王宮にはそれぞれ、転移魔法陣が固定された部屋がある。その部屋からじゃないと、流石に長距離の移動は難しいとのことだった。

 僕がほうっと息を吐くと、エドマンドが僕の手を握る。

「ごめんね。……まるで嵐みたいだったね」
「ミシューが謝ることではないでしょう? それに、ちゃんと兄君に言ってくださったではないですか」

 ――エドマンドが、僕を幸せにしてくれたんです。

「それは……だって、本当のことだから」
「……とても嬉しかった」

 自分の言葉ながら恥ずかしくなっていると、翼が広がってふわりと体が浮き上がる。天井まで飛び上がるのかと思ったら、少しだけ横に移動してエドマンドの膝の上に乗せられた。

「え? ええっ!」
「……うまくできました」
「い、いつのまに」

(これも鍛錬の成果なんだろうか?)

 満面の笑みを浮かべたエドマンドは僕をぎゅうっと抱きしめて、とびきり優しい口づけをくれた。



 後日、兄から手紙が届いた。

 どうやら転移魔法陣を勝手に使ったことで父と宰相から散々小言をくらったようで、今度はちゃんと馬車を使って訪問するとあった。
 エドマンドに手紙を見せると、しっかり眉間に皺を寄せている。

「ミシュー、実は私も王太子殿下からお手紙を頂戴しました」
「え? そうなの?」
「約束を忘れるな。ついでに婚姻の式には必ず自分を呼べとあります……」

 他にも何か書かれていたのか、エドマンドの表情は暗い。僕がじっと見つめると、形のいい眉がへにゃりと下がる。慰めたくなって頬に口づければ、宵闇色の瞳が輝いた。

「ねえ、エドマンド。いいお天気だから散歩しよう!」

 微笑んで頷くエドマンドと手を繋いで外に出る。頭上に広がる空はいつもよりずっと明るくて、兄の瞳のようだった。




 ~・~・~・~・~・~・~
 お読みいただきありがとうございました。
 これにて完結となります。

 皆様、どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。
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